内乱の中の群像を鮮やかに描く傑作
"White Guard"
National Theatre公演
観劇日: 2010.4.11 14:15-17:10
劇場: Lyttelton, National Theatre
演出:Howard Davis
原作:Mikhail Bulgakov
翻訳:Andrew Upton
美術:Bunny Christie
照明:Neil Austin
音響:Christopher Shutt
音楽:Dominic Muldowney
衣装:Stephanie Arditti
出演:
Richard Henders (Nicholai Vasilievich Turbin)
Daniel Flynn (Alexei Vasilievich Turbin, Nicholai's elder brother)
Justine Mitchell (Elena Vasilievna Turbin, Nicholai and Alexei's sister)
Pip Carter (Larion, the Turbins' cousin, a student)
Paul Higgins (Victor, captain of the White Army)
Nick Fletcher (Alexander, captain of the White Army)
Kevin Doyle (Colonel Vladimir Talberg, Deputy War Minister and Elena's husband)
Conleth Hill (Leonid Shervinsky, lieutenant to the Hetman, the Ukrainian leader)
Anthony Calf (The Hetman, Ukrainian leader appointed by the Germans)
Gunnar Cauthery (a cobbler)
Paul Dodds (a Cossack farmer)
Barry McCarthy (a school caretaker)
Mark Healy (General von Shratt, a German officer)
☆☆☆☆☆ / 5
ロンドンでほぼ毎週劇を見ている私でも何ヶ月に一回出会えるかという素晴らしい公演で、大いに堪能した。この位満足できたのは、おそらく昨年11月に見たペドロ・カルデロンの"Life is a Dream"以来だと思う。ロシア帝政崩壊後のウクライナの首都キエフ。この地に残ったツァー軍(White Guard)に地元の国民軍が攻め入る一方、ひたひたと東から押し寄せるボルシェビキの軍隊。歴史が刻々と塗り替えられて行く時、三つどもえの内乱の中で何とか生き抜こうとする上流階級のTurbin一家とその周囲に集う人々の苦悩を描く。当時のウクライナやロシアの特殊な状況の面白さ、EUと大国ロシアの間で揺れ動き、現在も政情の安定しないウクライナ共和国にも繋がる現代性、そして、そのような特定の歴史的事件や場所を越えて、内乱の中、ある一家がどう生き抜いて行くかという、ユニバーサルな広がりを持つ人間ドラマ。世界のどこにいても、特に戦争を体験した世代には、非常に切実に感じられる劇に違いない。日本の新国立劇場などでやっても、良いスタッフと俳優が揃えば、きっと日本人にも強くアピールできる名作戯曲だと感じた。Lytteltonの大きなステージを目一杯生かした、豪華な、素晴らしいリアリズムのセット、雰囲気豊かな音楽・音響やコスチューム、沢山の演技力ある役者達、そしてHoward Daviesの一点の隙も感じさせない演出。スタッフも含めてイギリスの国立劇場の底力を遺憾なく発揮する公演である。
劇は、キエフの豊かな一家Turbin家の居間から始まる。Nichilai TurbinとAlexei Turbinは軍人で、White Guard(白軍、白衛軍、ツァー軍)の一員。Elenaの夫は、その白軍により支えられたドイツの傀儡政権の軍の副大臣。しかし、本国における戦況が危うくなっているドイツ軍が撤退し、農民などが中心に作られたウクライナ国民軍(the Ukrainian People's Nationalist Forces)がWhite Guardを脅かす。傀儡政権の首班Hetmanはドイツに逃げ出し、Elenaの夫も、妻をほったらかしにしてベルリンに脱出。White Guardの将校であるNicholaiやAlexei は持ち場を守ろうとするが、軍はトップから総崩れになり、体をなさなくなって、部隊の解散を余儀なくされる。Elenaは以前から彼女に言い寄っていたプレイポーイの軍高官Leonidを頼って生きる。そのLeonidはWhite Guardが崩壊しようとする今、素早く次の時代に適応して生き延びようと奔走する。
情け容赦のない国民軍の将校が行きがかりのコサックの農民を惨殺するシーン。ドイツ軍が無惨にHetmanを見捨てるシーン。音楽を愛し、兵士にはまったく向いていないNicholaiの大怪我。そして、Elenaの安全は一顧だにしない夫のVladimir Talberg。戦争の醜さが繰り返し描かれる。
Turbin家の居間のシーンは、チェーホフの劇を思わせる。賑やかな食卓に軍人や学生の男達が集い、歌を歌い、詩を吟じ、何度もウォッカで乾杯。しかし、時には国の行く方、軍人としての身の処し方をめぐり、激しい口論にもなる。一人、居候の若い学生のLarionだけが、ひたすら戦争も口論も嫌だ、と言い続ける。彼はこの劇の道化役。リアの供をして嫌々ながら荒れ野にかり出されたフールの役割だ。彼らは皆Elenaに夢中で、隙をうかがっては彼女に言い寄る。そういうTurbin家の、戦場が近くて、しかし精神的にはどこかかけ離れてもいる居間のシーンの合間に、実際に弾丸も飛ぶ戦場のシーンが挟まれる。Turbin家に集う上品な人々とはまったく種類の違う、粗野で怪物の様な国民軍の兵士、そしてTurbin兄弟にも死の影が迫る・・・。
この劇はモスクワ芸術座で繰り返しロングランをしたそうであるが、当時のボルシェビキ寄りの批評家には酷評されたとのこと。にもかかわらず、ブルガーコフの劇や小説の中で、唯一長い間公の劇場で見ることが出来たのは、ジョセフ・スターリンがこの劇を大変好んだからだそうである。何とも不思議なことだが、ボルシェビキが批判されているわけではなく、背景として、台詞の中でキエフに忍び寄っていると告げられるのみで、赤軍の軍人や共産党員が登場人物として出てくることはない。その不気味な影は、おそらくAndrew Upton(ケイト・ブランシェットの夫でもある劇作家)の翻案においては、ロシア語脚本より強調されているのではないかと推測する。いずれにせよ、具体的なキャラクターにはなっていなくても、ボルシェビキの巨大な影は、デンマークに迫るノルウェー軍同様、謂わば目前に迫る最後の審判の日の暗雲となって重くのしかかる。
上記のキャスト・リストに書ききれない、非常に多くの登場人物を擁する劇。主要な俳優は皆素晴らしかったが、特にプレイポーイの将校を演じたConleth Hill、道化役で学生のPip Carter、そして勿論男達の憧憬を一身に集めるElenaのJustine Mitchellなど、強い印象を残した。また、わずかな出番の脇役で、靴屋、小学校の管理人、Leonidの召使いなどの庶民も印象的。こういう大がかりなアンサンブル劇は、さすがソビエト・ロシア時代の劇という感じがする。今の劇作家がこういう劇を書いても、演劇の盛んなイギリスでさえ、商業劇場で上演できる劇団や興行主はまったく無いだろう。国立では、RSCはイギリスの古典が主要な演目なので、今回のような劇は、National Theatreだけが公演を出来るのではないだろうか。Olivierで軽妙な"London Assurance"、Lytteltonでは重々しい"White Guard"。どちらもかなり珍しい作品を選んでいるが、その組み合わせの妙も含めて、ニック・ハイトナーの選択眼の良さに感服。
(追記)先週土曜に続き、この日も体調はかなり悪く、体がだるい。でも劇の間はまったく眠くもならず、集中して見ることが出来た。やはり劇の出来が良いと見ている間は他のことを忘れられる。終わった後、観客の拍手も盛大だった。各紙のリビューも満点が多いようだ。
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