2013/06/19

C. J. Sansom, "Heartstone" (2010; Pan Books, 2011)


 ☆☆☆☆★   725 pages

前回のブログでRory ClementsのJohn Shakespeareシリーズの一冊について書いたが、チューダー朝ミステリーとしてClementsの「先輩」にあたるのがこのC. J. SansomのMatthew Shardlakeシリーズ。小説の技量ではこちらの方が明らかに一枚上という印象を持つ。それは主として人物像がより深く、立体的に描き込まれているからだろう。Clementsの"Prince"を読む少し前に、Sansomの近作"Heartstone"を読んだところだったので、大分時間が経ったが、想い出しつつ紹介と感想を書いてみる。

今回の舞台はヘンリー8世の晩年、1545年のイングランド。王はフランスとの戦争を行っており、イングランド軍は南部の港湾都市ポーツマスに集結して敵艦隊の攻撃に備えつつある。主人公Matthew Shardlakeはここ数年、静かに弁護士稼業に専念して、富や権力を持たない一般市民を法律で助ける仕事を行ってきた。彼の主な仕事場はそうした名もない、貧しい市民にも開かれたThe Court of Requests。彼は今ならさしずめ"a legal aid lawyer"というところか。

ある時、Matthewはヘンリー8世の奥方、キャサリン・パーに呼ばれて宮殿に向かう。王妃の侍女Beth Calfhillの自殺した息子Michaelが生前家庭教師として教えていた姉弟EmmaとHugh Curteysの苦境について調査するようにと王妃に依頼される。彼ら二人はSir Edwin Hobbeyという豊かな新興の大地主(商人上がりのジェントリー)の被後見人(wards)であったが、Michael Calfhillの残した言葉によると、姉弟は'monstrous wrongs'(恐るべき不公正)をこうむっている、ということらしい。

Matthewと助手のBarakは、Hobbey家の顧問弁護士で、法律家としての良心は棚に上げて金儲けと地位にばかりこだわるDyrickと共に、Hobbey家の地所のある南部に旅立つ。ところが、南イングランド、ポーツマス近くのHobbey邸に着いてみると、Emma Curteysはすでに天然痘で亡くなっており、Hughと言えば、別段、虐待も不正もこうむっていない、と断言する。しかし、MatthewとBarakは、EdwinもHughも何か隠していると確信し、関係者の聞き取り調査を進める。

わき筋として、Matthewは、かって大きなトラウマを生むような事件を経験しロンドンの精神病者収容所Bedlamに入れられているEllen Fettiplaceという女性が、過去に受けた心身の暴力についてもボランティアで調査をする。彼女は、やはりポーツマスの近くの出身で、強姦の被害者であることが分かるが、これが、Curteys姉弟の件の関係者と重なることをMatthewは突き止め、2つの事件が絡み合ってくる。

この2つの事件の背後には、フランスとの不毛な戦争が暗い影を投げかけている。Matthewはヘンリーの大義なき戦争にへきえきし、またその為に多くの国民が無理矢理徴兵され、命を落とそうとしていることに悲しみと憤りを感じている。彼が以前扱った事件で遭遇した軍人、Captain Leacon(リーコン大尉)に道中偶然再会するが、Leaconがその前年のフランス遠征で見た戦場の悲惨さや、彼の受けた心の傷が生々しく語られる。小説全体から見るとマイナーな役ではあるが、この大尉と彼の率いる庶民達から徴集された兵隊の描写は大変印象的だ。

Hugh、Leacon、Ellen Fettiplace、Edwin、Dyrickなど、多くの登場人物が陰影深く描かれていて、読み応えがある。これが、Sansom作品の大きな魅力だ。

私は当時のイギリスの裁判制度に関心があるので、Matthewが仕事をするThe Court of Requests、そしてDyrickが主に仕事をするThe Court of Wardsという、ふたつのマイナーな裁判所について、少し知るきっかけになり、大変良かった。

私はこれでSansomのMatthew Shardlakeシリーズの感想を書くのは5回目のようだ。このブログでこれが3冊目。右のサイドバーにある旧ブログで2冊。関心をお持ちの方は、Sansomなどの語でサイト内の検索をして下さい。最初の作品は"Dissolution"。この作品はすでに『チューダー王朝弁護士、シャードレイク』というタイトルで集英社文庫から和訳が発売されています。


0 件のコメント:

コメントを投稿