2022/05/03

C.J. Sansom, "Tombland"に描かれた巡回裁判(assize)に見られる論点

 前回のブログで感想を書いたC.J.サンソムの"Tombland"には、チューダー朝期の巡回裁判(assize)の描写がある。私は中世・初期近代の法に関すること全般に関心があるが、特に裁判については強い興味を持っており、この作品の裁判の場面を面白く読んだ。そもそも主人公で探偵役のマシュー・シャードレイクは上級法廷弁護士(serjeant-at-law)のようである。この作品ではほとんどの場合、単にlawyerと呼ばれているが、巡回裁判で同業のフラワーデュー弁護士に会ったときに、相手から"Serjeant Shardlake?" (Pan Books edition, p. 217) と呼び止められているところを見ると、"serjeant-at-law"(上級法廷弁護士)のようだ。こうした法廷弁護士の主な仕事場は、少なくとも中世末期においては、ロンドンのウェストミンスター・ホールにあった王室裁判所のはずであるが、ウェストミンスターの裁判所が休廷している期間には地方を巡回する裁判で裁判官などを務めることもあった。チョーサーの『カンタベリ物語』の冒頭で紹介されるカンタベリに赴く巡礼のひとりも上級法廷弁護士である。彼は「たびたび巡回裁判の判事を勤めたが、それも/開封勅許状と全権委任状によるものだった」(Justice he was ful often in assise, / By patente and by plein commissioun.)とあり、裁判官として巡回裁判を取り仕切っていたことが分かる(和訳は『カンタベリ物語』共同新訳版、p. 23、原文はペンギンブックス版、ed. Jill Mann, ll. 314-15)。

 この部分に付けられた訳注は「上級法廷弁護士」を次のように説明している:「国王裁判所(法廷)で従事する特別の弁護士集団で、民事高等裁判所 Court of Common Pleas で弁護を行った」とある。また、"assise"(「巡回裁判」)に付けられている注は、「州の裁判法廷で、ある一定期間、民事訴訟を扱った。巡回裁判判事は王室訓令による」と書かれている。ジル・マンによるペンギン版の新しいエディションにもやや詳しいが大体において同じような内容の注がついており、参考文献が付記されている(pp. 810-11)。

 これらの注を見、更に "Tombland" をふり返って見ると、幾らか分からない点が出てくる。まず、serjeant-at-lawがCourt of Common Pleasで弁論を行った法廷弁護士とすると、他のウェストミンスー法廷、つまり王座裁判所(King's Bench)とか、大法官庁(the Chancery)で活動した法律家はどういった人々か、やはりserjeants-at-lawなのだろうか?更に、注によると assizes では民事事件を扱ったとあるが、1972年まで続いた長い巡回裁判の歴史では、民事と刑事の両方を扱ったのが原則のようである。"Tombland"でも、巡回裁判が数日開かれるが、最初は民事を扱い、最後に刑事事件を扱っている。作者のサンソムは、前回のブログでも書いたように暦史学の博士号を持ち、事務弁護士としてのキャリアも長いので、このあたりの事実は確認した上で描いているだろう。巻末の参考文献には、裁判の記述については、J.S. Cockburn, "A History of English Assizes 1558-1714" (Cambridge UP, 1972) が特に参考になったとある(p. 866)。J.S. コックバーンはイングランド初期近代の法制史における大家で、2010年に亡くなられたが、彼の何冊かの本は今もスタンダード・ワークとして参照されていると思う。私もこの本は持っていて、博士論文を書いた時に一部参照したが、通読はしてないので、一度熟読したいと思っている。中世後期、assizesとは別に、刑事裁判のためには、oyer and terminer と、gaol delibery という2つの特別法廷が各地を巡回していたが、これらは assizes を開く裁判官により開かれるようになったらしい。近代初期にはおそらく assizes において民事も刑事も扱われるようになったのではないか(J.H. Baker, "An Introduction to English Legal History", 4th ed. [Butterworths, 2002], pp. 20-22 参照)。

 "Tombland" の裁判と関係する場面(pp. 210-11)を読んで、2,3面白い点に気づいた。巡回裁判の裁判官や助手などの一行がノリッジの街に入る場面もそのひとつ。騎馬の一行は、裁判官を筆頭に黒服に身を包んだ助手、書記官など。そして彼らの後には地元のジェントリや王室の役人が、それぞれ数名のお付きの者と共に、やってくる。総勢約50人ほどの行列(procession)である。町の中心のギルドホール(市庁舎にあたる)まで来ると、市長やその他ノリッジの有力商人達が出迎え、晩餐会などが開かれる。王族や大貴族の都市入場のように、王室の裁判官の到来は、地方の都市にとって大きな行事であり、地方の人々にとって王権の発揚を直接目にする機会でもある。そしてもちろん、町の人々も多く集まってこれらの行列を出迎えたことだろう。ドラマティックな一種のパフォーマンスとして興味深い行事だ。この巡回裁判判事(assize judges)の到着時における演劇的とも言える歓迎ぶりについては、上記コックバーンの著書が記しているが、鐘の音や音楽、そして時によってはラテン語の式辞、などで出迎えられたとあり(pp. 65-66)、サンソムをこれを参考にして書いたのだろう。

 サンソムの描く裁判シーンで(本書のpp. 265-92)もう一点興味深いのは、巡回裁判にかけられた被告のジョン・ブーリンのために被告側弁護人が弁論をふるうことはなく、被告本人のブーリンが自分で弁論をする点である。彼の裁判場面では、従って、彼自身が証言すると共に、現在であれば弁護人がするはずの、証人に対する質問もする。ブーリンは社会的地位のあるジェントルマンで地主であり、文字が読め、知識人ではないにしてもある程度の教育を受けていると考えられるから、たまに短気を起こして我を忘れることがあるが、弁護士のようにしっかりした質問もする。またそのために前もってシャードレイク弁護士から色々と指導を受けている。イギリスのテレビ・ドラマや映画で、法廷弁護士達の激論を見慣れた私たちには不思議なのだが、刑事裁判において被告側弁護人が登場するのは18世紀の前半に過ぎない。それまでは被告は自分自身で弁護をしなければならなかった。その余裕のある裕福な被告は、この小説でのように、法律家を雇って前もってどう弁論すべきかアドバイスを受けたと思うが、慎ましい平民などは法律家の助言を得る費用もなく、ろくに何も言えないまま沈黙したのではなかろうか。この小説にも、シャードレイクが裁判の前に被告にアドバイスを与える場面がある(pp. 256-57)。ジョン・ブーリンが「私は裁判でどういう行動をしたら良いだろうか」("... how should I conduct myself at the trial?")と尋ねると、シャードレイクは言う:「刑事案件は短時間で審理が終わります。30分以上続くことはないでしょう。裁判官の質問に正しく、正直に答えなさい。検屍官が死体の発見についての証拠を述べ、その後、ミッドナイトの納屋で斧とブーツを見つけた巡査が(証言するでしょう)」("Criminal cases are short, it should not last more than half an hour. Answer the judge's questions truthfully and honestly. The coroner will give evidence about finding the body, then the constable who discovered the axe and the boots in Midnight's stable", p. 256)。そして、p. 270以降で実際に裁判の場面が描かれるが、裁判の冒頭で、レインバード裁判官は弁護士であるシャードレイクが出席しているのを見て、彼の顔を見ながら念を押す、「強調しておかねばならないが、君は証人として証言することが出来るだけで、被告側弁護人として行動することはできないからね」("I must stress you can only give evidence as a witness, not act as counsel for the accused", p. 271)。

 この小説の描写で見る限り、被告側弁護人が登場しないだけでなく、告発側の法律家、つまり検察官にあたる人物もいない。裁判は、裁判官の差配の下で、まず裁判所書記(the clerk of the court)が告発状を読み上げ、それにより事件の概要が明らかにされる。次に、検視官(the coroner)が検屍法廷(the coroner's court)での審判の結果、告発状をにあるようにエディス・ブーリンが夫ジョンに殺害されたと認める、と証言する。その後、巡査(the constable)が証拠物件等に関する細かな事実を証言し、また証拠物件のハンマーとブーツが陪審員に提示される。それから、裁判長により予め決められている証人が順に証言し、裁判長が質問、また被告のジョン・ブーリンも、今であれば弁護士がするような反対尋問をする。ジョン・ブーリンを支援しているシャードレイク弁護士は、エディスの父親ガウェン・レイノルズの証言が納得出来ず、立ち上がって発言する、「裁判長、反論します。今の発言は証言ではなく、推論に過ぎません」("I must object, my Lord. This is speculation, not evidence")。しかし、レインバード裁判長はその発言をすぐに押しとどめる、「シャードレイク弁護士、君に警告しておいたはずだが、君はここでは被告側弁護士ではないのだよ」("I warned you, Serjeant Shardlake, you are not here as counsel", p. 273)。但、レインバードはシャードレイクの疑義に促されるように、レイノルズに疑問点を質すことになる。こういう具合で、裁判長、色々な証人、そして被告が発言しつつ裁判は進行する。

 なお、この裁判は1549年、チューダー朝中期に行われたので、裁判における言語も英語が使われていたと思うが、中世における裁判だと、文書だけでなく、口頭弁論もフランス語、特に Law French と呼ばれるやや特殊な専門的フランス語、が使用された。陪審員が議事を理解する必要があり、特に刑事裁判においては、被告も弁論を行うよう強いられているので、実際にどのくらい仏語やラテン語が使われたかは疑問も付されている。少なくとも、常時翻訳されつつ進行する必要があるだろう。このあたりは、中世の裁判を考える上で大変興味深い論点であり、英語史研究の上でも問題となるのではないか。(堀田隆一先生の英語史ブログ参照)。

 これはあくまで現代の作家がフィクションとして描いた16世紀半ばの裁判場面であるから、当時の実際の裁判とはかなり違っているかも知れないが、色々と考える機縁にはなり、興味深かった。専門外の私には分からない事が多いので、ブログ読者のコメントや訂正などあればありがたい。