2016/05/06

“King Lear“ (NT Live) 『リア王』(ナショナル・シアター・ライブ)

観劇日:2016.5.3  15:15-18:15(休憩1回)
劇場:キネマ旬報シアター(柏駅前)

演出:Sam Mendes
セット:Anthony Ward
照明:Paul Pyant
音響:Paul Arditti
音楽:Paddy Cunian

出演:
Simon Russell Beale (Lear)
Kate Fleetwood (Goneril)
Anna Maxwell Martin (Regan)
Olivia Vinall (Cordelia)
Stephen Boxer (The Earl of Gloucester)
Stanley Townsend (The Earl of Kent)
Adrian Scarborough (Fool)
Tom Brooke (Edgar)
Sam Troughton (Edmund)
Paapa Essiedu (The Duke of Burgundy)

☆☆☆☆ / 5

ゴールデンウィークの真ん中の一日、我が家からはかなり遠い柏市にあるキネマ旬報シアターまで電車に乗って、サイモン・ラッセル・ビール主演、サム・メンデス演出の『リア王』を見に出かけた。ラッセル・ビールは映画やテレビなどでは主役をすることはなく、出ても本当に小さな脇役程度だが、イギリスの演劇ファンの間では絶大な人気を誇り、ナショナルやロイヤル・シェイクスピアに出る時は主役。次はRSCでプロスペローを演じると聞いた。彼の巧さは、シェイクスピアの台詞を韻文として謳いあげる能力の高さにあると思う。そういう意味で、古典的な役者だ。彼は音楽が大好きなようで、BBCのクラシック番組の司会をやったこともある。台詞をメロディアスに発音する力はそんなところから来ているのかも知れない。しかし、今回の公演では、専制的なリアの性格を強調するためか、力んだ台詞が多くて、彼の長所が目立たなかった印象。

休憩の後にサム・メンデスやラッセル・ビール、その他の専門家のインタビューがあって、そこでラッセル・ビールがリアの認知症のことを意識したと述べていた。また、専門家が、リアの狂気は、、認知症の中でも特にレビー小体認知症を思わせる点があると指摘していた。そう言われると、狂気と正気がまだらに現れる後半は、確かにリアは認知症に苦しんでいたのかも知れない。そういう目で見ると、そもそも自分の感情のコントロールが聞かなくなり、ゴネリルやリーガンから見ても常識をはずれた判断をしてしまう冒頭の部分から、リアは既に認知症の症状を持っていたと言えるだろう。そういうことを恐らく意識して演出された舞台かな。

全体としてオーソドックスで、特に奇抜な点はないと思うが、黒っぽいセットと衣装で統一された冒頭の宮廷のシーンは、儀式的で、独裁国家の雰囲気をかもし出していた。しかし、特にナチスとか、現代の強権的な国家などを連想させるわけではなく、権力に溺れた者の自滅を普遍的に描こうとしているようだ。身体的な狂気と、政治的独裁のおごりが重なり、リアは怒りの爆発の中で、当然の結果として自らを滅ぼし、人間らしさを失っていくというストーリーに見える。嵐のシーン以降も、そういう流れだから、なかなか老王の哀れさは感じられず、いよいよ最後、コーディリアとの再会の場面になって、やっと人生のはかなさを感じさせるリアになった。俳優サイモン・ラッセル・ビールがまだ若く、演技がエネルギッシュで、身体的な弱々しさを感じないという点も一因だろう。デレク・ジャコビやナイジェル・ホーソンの悲しみのリアとは対照的な、謂わば、怒りのリア。でも、最後になって、その狂った怒りから目覚めたときの哀れさは胸を打つ。

その怒りが最も端的、かつ効果的に現れるのが、ショッキングなフールの殺害の場面。リアの制御不能の狂気を上手く表現していた。

ケイト・フリートウッドの、冷たい面構えのゴネリル、人間くさい邪悪さに溢れたアンナ・マックスウェル・マーティンのリーガンの姉妹が印象的。これらの役は実に良い役で、どの俳優も目立つ。エイドリアン・スカーバラのフールは、あまりに普通すぎた。その他、脇役陣も安定した演技。主役の役作りについては、私の好みのリアとは言いがたいが、プロダクション全体としては大いに満足できた。

これはナショナル・シアターの一番大きな劇場、オリヴィエでの公演。NTライブで見ることの長所は、劇場ではなかなか分からない俳優の表情がよく見えること。しかし、欠点としては、オリヴィエの大きな舞台や劇場全体を包むスケールの大きさが消えてしまい、ドンマーのような小劇場とかウェストエンドの商業劇場の額縁舞台を見るのとあまり違った感じがしないこと。特に冒頭の宮殿のシーンは、儀式の感覚がかなり失われ、マイナスだったのではないか。また、これまでのNTライブでも感じたが、ボリュームが大きすぎる。耳鳴りがしそうなくらいの音で、台詞の味わいが消えかねない。普通の映画では圧倒的な音量で観客を包み込むことが多いが、演劇では観客は能動的に、耳を澄まして台詞に聞き入る。舞台を再現した映像では、普通の映画とは違った音量設定にすべきでは。

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