2009/11/29

"Our Class" (National Theatre, 2009.11.28)


ポーランド人によるユダヤ人虐殺と戦後史
"Our Class"
National Theatre公演
観劇日: 2009.11.28 14:30-17:40
劇場: Cottesloe, National Theatre

☆☆☆☆ / 5

演出:Bijan Sheibani
脚本:Tadeusz Słobodzianek
翻訳:Ryan Craig
美術:Bunny Christie
照明:Jon Clark
音響:Ian Dickinson
音楽:Sophie Solomon
振付:Aline David

出演:
Sinead Matthews (Dora)
Lee Ingleby (Zygmunt)
Amanda Hale (Rachelka, later Marianna)
Justin Salinger (Abram)
Paul Hickey (Menachem)
Jason Watlkins (Heniek)
Rhys Rusbatch (Rysiek)
Edward Hogg (Jakub Katz)
Michael Gould (Władek)
Tamzin Griffin (Zocha)

ポーランドは第2次世界大戦以前、東欧でも恐らく最大級のユダヤ人・コミュニティーを持っていた。そこではイディシュというゲルマン語系言語が話され、優れた文化が育まれた。アメリカに移住し、後にノーベル賞を受賞したIssac Bashevis Singerはそこで生まれた作家である。そのポーランドのユダヤ人社会が、ナチス・ドイツによる大量虐殺により、壊滅的な打撃をこうむったのは日本人でも良く知っているとおりだが(アウシュビッツの収容所はポーランドにある)、そうした虐殺はあくまでドイツ人によるとされてきた。しかし、近年の調査で、ナチスによる虐殺だけでなく、ポーランド人自身による積極的な虐殺がなされたことがわかったようである。この劇は、1,600人くらいのユダヤ人が納屋に集められ、ポーランド人達により火をつけられて殺されたとされるJadwabneという小さな町を主な舞台にしており、虐殺へ至る経緯と、関係した人々のその後の個人史を辿る。

作者Tadeusz Słobodzianekは、Jadwabneの町の子供達、クラスメート、が成長して、第2次世界大戦前後の暗い時代に、どう行動したかを描く。幼なじみ同士であるが、ある者は虐殺され、他の者は虐殺者となる。また、昔のクラスメートにレイプされる女性、生きるために仕方なく好きでもないクラスメートと結婚し、ユダヤ教を捨て、カトリックに無理矢理改宗させられる女性もいる。ユダヤ人迫害を昔からの恨みや欲望に利用する男達。しかし、中には、幼なじみのユダヤ人を救おうとして危険を冒す者も出てくるが、その場合も単なる正義感やヒロイズムだけで割り切れない、複雑な感情が絡んでいる。救う者と救われた者の関係も、男女であれば曲折を極める。迫害したポーランド人も、生き残ったユダヤ人も、誰一人として幸せな戦後の生活を送ったとは言えない。

数多くの場所や長い年月を映す劇であるから、リアリズムにするには無理がある。踊りや歌、音楽を交えて、全体にブレヒト風と言えるかもしれない、寓話風な演出。ちょっとコンプリシテを思い出すような部分もあった。Cottesloeの小さな舞台には椅子以外にはセットや道具類は置かれず、四方を観客席が囲む。出演者は出番でない時も、ステージの端に座って、裁判で自分の番を待つ証人が他の証人を見つめるように、演じられる出来事を凝視している。言葉とジェスチャーだけで、ユダヤ人の虐殺や暴行シーンを表現するが、息を飲む緊張感があり、大変力強い劇である。作者は、登場人物を、迫害する者、された者という2つに単純化しない。勿論事件の責任はポーランド人にあるのだが、ナチスの侵攻、そして、それに代わってポーランドを支配したソビエトと共産主義政府といった独裁的権力の移り変わりの中で、多面的にこの事件の関係者を描いている。しかし、暴力の連鎖の中で、常に最も苦しむのは女性であるということが、強調されていたと思う。

残念なのは、個々のクラスメートが戦後をどのように生きたかを辿る部分が劇の約3分の1を占め、そこがあまりにも長く、説明的になっていること。それまでに高まっていた緊迫感が、劇が終わる頃にはしぼんでしまった感じがした。Jadwabneの虐殺の後遺症は、その後もずっと続いていることを示すためには必要な部分ではあるが、もっと簡潔にならなかったものかと思う。

個々の俳優の技量の高さを証明する、見事に歯車の噛み合ったアンサンブル劇。特に印象に残ったのは、ポーランド人に助けられ、カトリックに改宗させられ、名前まで変えられて苦しい戦後を送るRachelka / Marianna (Amannda Hale)、虐殺を先導し、ファシスト的メンタリティーのみなぎるZygmunt(Lee Ingleby)。そして、虐殺に立ち会い、時代に流されて生きつつも自己正当化を繰り返し、やがて念願のカトリックの教区牧師になってもっともらしい言葉を並べるHeniek(Jason Watkins)など。Lee InglebyはBBCの刑事ドラマ"George Gentley"で若く野心的な刑事役でも印象的だった俳優。

ユダヤ人虐殺を全てナチスの責任に帰し、また自分達をナチスやソビエト共産主義の被害者と考えて戦後を過ごしてきた多くの東欧国民は、ドイツ人のような加害者としての戦後の清算を十分に済ませていないようだ。冷戦が終わった後に自国民のユダヤ人迫害の加害者としての役割が明らかになると、それを否定し右傾化する傾向も見られ、現在、東欧諸国における国粋主義的政党の台頭にも繋がっている。今後、東欧へ開発途上国からの移民の流入もあるだろうから、こうした傾向は一層高まるかも知れない。Jadwabneの事件を起こした社会の病魔は、現代も完全に癒えずに続いているとすると、この劇は今のヨーロッパにとって非常に切実な作品である。

同じように、戦禍や原爆の恐ろしさを強調する一方で、個人としての国民の加害責任と反省を曖昧にしてきた日本人も、同じような病巣を抱えていると思う。特に、異なる文化との共生の経験に乏しい我々は、一旦マイノリティーとの摩擦が加熱すると、世代に関わらず、激しい外国人嫌悪に走らないとも限らない。私にとっても学ぶことの多い劇だった。

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