Guardianオンライン版の演劇セクションを見ていたら、イギリスの地方演劇に詳しいリン・ガードナーが、”See Breeze”(「浜風」とでも訳すべきか)という演目について紹介していた。
これは通常の演劇公演では無く、ランカスター近郊の町、Morecambeに残るWinter Gardensという古くてあまり使われていない劇場(より正確には、ミュージック・ホール)に生気を吹き込むために企画され、ライティング・ショーと音楽と演劇の混在したような総合的で公演場所を特定された (site-specific) エンタテインメントのようである。その予告編で内容の一端が分かる。
私はランカスター州に行った事も無いし、劇場の名前も今まで聞いたことがなかったが、今回初めてこの劇場について知って、ヴィクトリア朝演劇が如何に華やかに栄えていたか、あらためて驚いた。この町、Morecambe、は町議会に運営されていると同時に、ランカスター市議会管轄の行政区域に入るそうで、ランカスター市の一部のようだ。ヴィクトリア朝に多数の観光客を集めた海辺の保養地とのことだ。北部の工業地帯の労働者など、庶民が集っていたのだろう。
凄いのは席数で、2000席以上。劇場ならぬ、野球場かサッカー場のような規模。日本の劇場で匹敵する大きさというと東京の大きな商業劇場だろうが、帝劇でも1880席程度である。新国立劇場の中劇場が約1000席、オペラ劇場が約1800席。巨大と思いがちなナショナルのオリヴィエ・シアターが1180席だから、地方の劇場で2000席という数が如何に凄いか想像出来る。
この劇場にはホームページがあり、この劇場の歴史と現在の様子を紹介したビデオがある。
リン・ガードナーも書いているが、この劇場の魅力は、ビクトリア朝の雰囲気を伝える歴史価値だけでなく、かっての栄華を偲ばせつつ、今、時代に取り残され、徐々に寂れて朽ちつつあるという、その巨大なアンティークのような性格、滅びつつあるものの美しさ、が人々を惹きつけるようだ。また、こういう古い地方劇場が、Royal Shakespeare Theatreのような高尚な演劇の殿堂ではなく、大衆的なミュージック・ホールとして誕生し、そうした昔の派手で庶民的な雰囲気を感じさせることも、魅力のひとつではなかろうか。
Morecambeというと、私が思い出したのは、20世紀中盤、イギリスで最も良く知られた2人組コメディアン、Morecambe and Wiseのひとり、Eric Morecambeだ。彼は、自分の芸名を彼が生まれたこのランカスターの町の名前から取ったそうである。
これに関連したことで、もうひとつ、Guardianの劇評で、マンチェスターのVictoria Bathsという施設で行われた”Romeo and Juliet”の公演のAlfred Hicklingによる劇評があった。
Victoria Bathsという施設は、ヴィクトリア朝にできた室内プール施設で、近年、修復が進められ、往年の美しさを取り戻しつつあるようだ。現在修復途中で、日頃はプールとしては使われてはいない模様であり、そこでこの劇が演じられた。将来は更に修復を進めて、プールを使えるようにするらしい。この美しいアールデコ調の施設の写真がDaiily Mailのウェッブ・ページにあった。
この2つの施設の維持と修復には、地元の人々のボランティア活動や沢山の人々の寄付が大きな役割を果たしている。かっての国力を失い、経済的に苦しい地域も多いにもかかわらず、こういう古い施設を何とか保存しようとするイギリス人の熱意には大変感心する。
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