2019/08/26

【観劇 ロンドン】"Appropriate" (Donmar Warehouse, 2019.8.24)

"Appropriate" (Donmar Warehouse)

Donmar Warehouse 公演
観劇日:2019.8.24 14:30-17:00(休憩20分を含む)
劇場:Donmar warehouse

演出:Ola Ince
脚本:Branden Jacobs-Jenkins
デザイン:Fly Davis
照明:Anna Eaton
音響:Donato Wharton

出演:
Monica Dolan (Toni Lafayette)
Charles Furness (Rhys, Toni's son)
Steven Mackintosh (Bo Lafayette)
Jaimi Barbakoff (Rachael, Bo's wife)
Isabella Pappas (Cassidy, Bo & Rachael's daughter)
Edward Hoggs (Franz Lafayette)
Tafline Steen (River Rayner)

☆☆☆☆ / 5

脚本のブランドン・ジェイコブス=ジェンキンズは近年目覚ましい活躍で、イギリスでもその傑出した才能が認められつつあるアメリカの新進劇作家とのことだ。この作品はオニールやミラー、ウィリアムズの伝統をストレートに継承するアメリカ合衆国の家族劇。アメリカ文化に染みついた「ファミリー」という、ほとんど幽霊のような怨念を、現代の味付けでアップデートしてみせる。オニールやミラーと違い、シリアスでありながらも誇張された台詞の連続により、半ば喜劇とも言える仕上がりになっている。

劇の設定は、アーカンサス州にあるラファイエット家のかってのプランテーション屋敷(と言っても、そんな大邸宅ではないようだ)。時期は2011年頃の夏。屋敷の主人であった父親が亡くなり、財産を処分するために長女のトニと彼女の息子のライス、長男のボーと彼の妻レイチェルや子供達2人、そして長年音信不通だった次男のフランツとガールフレンドのリバーまでもが突然現れ、一族が空き家になった屋敷に集まる。財産を処分して、出来れば遺産の残りを手に入れたいと思っていた3人だが、父親の残したがらくたの片付けをするうちに、見たくない過去の遺物を見せられて、自分達自身の、そしてラファイエット家の過去を否応なく見直すことになった。

ブランドン・ジェイコブス=ジェンキンズは黒人作家なので、アメリカの黒人家庭をめぐる劇を見ることになるんだろうと何となく想像していたのだが、出てくるのは全員白人。但、ラファイエット家の背景として、かって一家のプランテーションでは黒人奴隷が働かされており、一家の富は奴隷労働によって作られた。そうした奴隷達の埋められた墓地が屋敷のそばにあり、不動産としての売却を難しくしている。更に父親の遺品を整理していると、写真を貼ったアルバムが見つかるが、その写真というのが、死んだ(おそらくリンチされた?)黒人の遺体を撮ったものだった。父親は表面上は露骨な差別は見せなかったようだが、公民権運動の前の南部で半生を過ごした世代であろうから、子供達は知らなかった別の顔を持っていたようだ。更に、ボーの子供がクー・クラックス・クランのマスクらしきものまで発見する。

子供達自身もそれぞれの問題を抱え、自分は一家の中でも特に苦労させられたと思っている。特にフランツは、麻薬やアル中で苦しみ、ローティーンの女児と性交をして警察に捕まった前科もある。トニは父親の介護を押しつけられたと思って不満やるかたなく、ボーは介護費用などを自分が負担したのに感謝されていないと思っている。更に彼は今までは経済的には豊かだったが、丁度失職したところで、父親の遺産が少しでも助けにならないかと思っている。

しかし、この屋敷、この家族に染みついた遺産は、ここで奴隷として働き、名もなく死んで埋められていった数知れぬ奴隷達の遺産なのであるが、ラファイエット家の誰ひとりとしてその事に思いを巡らせる人はいない。それどころか、ボーが父親が残した黒人の遺体を撮った昔の写真がマニアの間では高く売れるらしい、と聞きつけて、皆にわかに興奮する。彼らにとっては、リンチで殺されたかも知れない黒人の遺体の写真も、ボー曰く、価値ある「アンティック」にしか過ぎない。観客としては、登場人物誰ひとりとして感情移入出来ない一家である。劇の背後で白人一家のドタバタを見つめるのは、プランテーションで亡くなった多くの黒人奴隷の魂だろう。

南部のプランテーション屋敷のゴシックな雰囲気を上手く出したセット、照明、音響だった。演技も皆達者で文句のつけようがない。特にトニを演じたモニカ・ドランは迫力があった。但、いつも思うのだが、こういう風に激しく相手を責め合うアメリカのリアリズム劇の会話は、日本人の私にはなかなか想像しづらい面はある。

この前に見た"Hansard"がさっぱり分からなかったのに懲りて、今回はテキストを3分の2ほど予め読んでおいたので、台詞はほぼ理解出来、楽しめた。それに"Hansard"はテキスト自体が難しくて読んでも分からない表現が多かったが、この劇の内容はストレートで分かりやすい。でも私としては、前者の行間を読ませるような台詞のほうが好きだな。分かればの話だが(笑)。

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