2019/08/29

【観劇 ロンドン】"The Doctor" (Almeida Theatre, 2019.8.26)

"The Doctor"

Almeida Theatre 公演
観劇日:2019.8.26 19:30-22:20
劇場:Almeida Theatre

演出:Robert Icke
脚本:Robert Icke(Arthur Schnitzler, "Professor Bernhardi"に基づく)
セット&コスチューム・デザイン:Hildegard Bechtler
照明:Natasha Chivers
音響・音楽:Tom Gibbons

出演:
Juliet Stevenson (Professor Ruth Wolff)
Pamela Nombete (a doctor)
Paul Higgins (a catholic priest)
Mariah Louca (a PR director of the hospital)
Daniel Rabin (a doctor)
Olivier Alvin-Wilson ()
Nathalie Armin (a politician)
Kirsty Rider (a trainee doctor)
Joy Richardson (Ruth's partner)

☆☆☆☆☆ / 5

『1984年』を劇にして演出したロバート・アイクの、アルメイダのassociate directorとしては最後になる演出作品。前評判通り素晴らしかった。但、全体的な流れは理解出来たが、今回も小さめの声で話しているところはほとんど分からなくてフラストレーションが溜まった。テキストを買って終わりの方を読みながら帰ってきて、大分理解出来た。

原作は20世紀初めのオーストリアの作家で医師、アルチュール・シュニッツラーの2012年の劇、『ベルンハルディ教授』(Arthur Schnitzler, "Professor Bernhardi")。これを演出のアイク自身が、設定を現代イギリスに置き換えたアダプテーション。

場面設定は現代の大病院。ユダヤ人のルース・ウルフ教授はその病院を代表する医師で、創立メンバーのひとり。ある時、自分で避妊しようとして重度の敗血症になり死が確実となっている少女の治療をしていた。そこへ突然やって来たカトリックの司祭が、両親の賛同を得ているので少女に死の前の告解の儀式を行いたいと要求する。しかし、ウルフは、本人の同意を得ていないということで、病院のガイドラインに沿って拒否する。これが病院の外の世界で宗教を軽視した行為として広く報道され、宗教だけでなく、人種、文化、階級等々に関する論争が巻き起こり、彼女は医者としてだけでなく、ひとりの人間としてのモラルを多方面から問われる事態に発展する。病院の運営委員会においても、カトリックの医師から激しく追及を受ける。更に、その頃病院では新しい病棟の建設が計画されていたが、その資金確保にも暗雲が立ちこめ、院内政治においてもウルフは苦境に立たされ、マスコミやSNSを通じて謂わば民衆裁判に遭うという状態になる。同僚は彼女を非難し、友人は離れていき、自宅にまで彼女を脅迫する人達がやって来て怒鳴ったりドアを乱打したり、車に鈎十字の落書きをしたりして、ウルフが身の危険を感じる状況だ。ついには、政治家が介入して第三者機関による調査をすることとなる。最終的には彼女は10年間、医師資格を停止するという宣告を受け、職業人としての命を絶たれるという、現代版『民衆の敵』。

ウルフは、医療の倫理として、患者の同意を得ていない場合、患者の病状にとってもっとも良いと医師が判断した治療法が家族や宗教者の判断に優先するとして、自分は間違ってなかったと頑固に主張する。しかし、それは、反カトリック、(ウルフがユダヤ人だったので)ユダヤ人のキリスト教徒差別、(司祭が黒人だったので)黒人差別、(ウルフが高級私立学校の学歴を持っていたので)エリートの傲慢、等々と様々の専門家や利益団体代表から糾弾される。ウルフは若い頃の堕胎など個人的な事も暴き立てられ、社会的な火炙り状態になり、観客から見ると同情せざるを得ないが、一方で医師としての倫理に固執し一切妥協しない姿は、従前から、同僚達からも頑固で尊大な態度として嫌がられていた。

原作者シュニッツラーはユダヤ人医師であり、原作は第1次大戦頃のオーストリアにあったユダヤ人差別などを反映していると思われるが、現代に置き換えると、ウルフが受けた激しい非難や結果としての医師免許の停止という筋書きには、やや無理がある気がした。但、ユダヤ人が、グループとしては大きな資金力と政治力を持ち、高学歴の富裕層に多いという事実により、彼らを敵視する人々もいることは事実だ。医療の問題については、このケースは既に死が決定的になっていた患者に対する最後の告解の儀式の是非という判断が非常に困難なケースであり、20世紀初めのウィーンならともかく、21世紀の現在においては、担当医がこれほどの社会的制裁を課せられるとは考えにくいと私は思うので、劇の核心部分においてやや説得力を欠く気がした。

セット・デザインのヒルデガード・ベクトラーはイギリスの舞台美術の大御所で、先日の"Hansard"の舞台も担当していたが、この作品も効果的なセットだった。ほぼ何もない円形舞台に会議用の長机と幾つかの椅子が置かれているだけ。病院内での会議や、ウルフが半強制的に出演させられテレビの討論番組を通じて、マスコミやSNS、テレビを見ている視聴者も陪審として参加して、ウルフが一種の「人民裁判」にかけられる様子を上手く伝えるセットだった。

ロバート・アイクの舞台にしばしば出ているというジュリエット・スティーヴンスンの熱演が素晴らしかったし、彼女を弁護したり非難したりする役の助演者達も皆説得力があった。今回の渡英で観た最後の劇だったが、私の力不足で台詞が分からないところは多かったとは言え、大変満足して劇場を後にした。

斜め前に柱があり少し視野がさえぎられる席だったので、値段は20ポンド(今のレートで2600円)。でも、見づらさは、小さなアルメイダでは、ほとんど苦にならない程度。世界的なスタッフと主演者による上演をこの値段で見られるなんて、ロンドンの演劇はやはり素晴らしく、その為にイギリスまでわざわざ行く甲斐があると思った。但、以前に増して台詞が分からなくなっているので、そうできる場合には前もってテキストを読んで出かけようと思う。それにしても、今回は体調悪くて、劇もたった5本しか見られず、他にはろくに何もできず、年齢をひしひしと感じた。

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