2013/11/12

映画『あなたになら言える秘密のこと』("The Secret Life of Words")


『あなたになら言える秘密のこと』("The Secret Life of Words")
          スペイン映画、2005年、日本公開2007年

監督・脚本:イザベル・コイシェ
制作:アウグスティン&ペドロ・アルモドバル、エステル・ガルシア
撮影:ジャン=クロード・ラリュー

出演:
サラ・ポーリー (ハンナ)
ティム・ロビンス (ジョゼフ)
ハビエル・カマラ (サイモン)
エディー・マーサン (ビクター)
スティーブン・マッキントッシュ (医師)
ジュリィー・クリスティ (インゲ、心理カウンセラー)

☆☆☆☆ / 5

しばらく前に、イザベル・コイシェ監督、サラ・ポーリー主演の『死ぬまでにしたい10のこと』を見て、とても感銘を受けたので、同じ2人、そしてまたアルモドバル兄弟(アウグスティンはペドロの弟)が制作で協力したもう一つの作品のDVDを買って、見た。スペイン映画だが、英語の作品。舞台も主にUK。

ストーリーは:
過去の苦難の記憶を胸に秘め、誰とも言葉を交わすことなくひたすら孤独な毎日を送る若い女性、ハンナ。工場でも黙々と仕事をこなす彼女だったが、ある日、働き過ぎが問題となり、無理やり1ヵ月の休暇を取らされてしまう。宛てもなく長距離バスに乗り込んだ彼女は、ひょんなことから海の真ん中に浮かぶ油田掘削所でジョゼフという男性の看護をして過ごすことに。彼は事故でひどい火傷を負い、一時的に視力を失っていた。それでもユーモアを失わないジョゼフは彼女に名前や出身地を質問するが、ハンナは決して答えようとしない。この油田掘削所で働いている男たちは、それぞれに事情を抱えた者たちばかり。閉ざされた空間でそんな風変わりな男たちと生活を共にするうち、ハンナも少しずつ人間らしい感情を取り戻していくが…。(粗筋はwww.allcinema.netより引用)

見始めてすぐに引き込まれた。静かな始まりだが、主人公の日常の一コマ一コマ(工場の風景、ひとり暮らしのアパート、上役との面接、そして、バスの中や海辺のホテルの一部屋等々)が何故か印象的。私の好きな俳優、エディー・マーサンが出て来て、これからどうなるのかな、とワクワク。でもその後は、静かに静かに物語が進む。主な舞台は海上の油田基地。事故で火災が起こりその後は掘削を停止中。そこに残った10人にも満たない男達とハンナの静かな日々。火災で大やけどや骨折をし一時的に失明してもいるジョゼフの看護に、今は工場労働者だがかって看護婦をした経験のあるハンナが派遣される。どちらも心に深い傷を負ったふたりが、共に取り返しのつかないトラウマに悩まされているだけに、お互いに対し徐々に心を開いていける。

そこまでは、ありそうなストーリー。飾り気の無い演出と、俳優達の名演が楽しいが、ついうとうとした時もあって、5分くらい前に戻って見なおしたりもした。しかし、終わりに近くなって、ハンナが過去の話をしはじめたところで、それまで伏されていた彼女の過去に、聴衆は愕然とする。今の彼女の静かな日常と、彼女の語る過去とのギャップは凄まじい。

目の前で苦しむジョゼフの大火傷や失明が、ハンナが負った過去の心の傷の一種のメタファーとして機能しているように思う。ジョゼフが置かれている盲目の暗闇や全身の痛みは、ハンナの心の鏡のようだ。

真面目すぎて休暇を取らないハンナは、勤務していた工場の管理職の男に、南国のビーチなどに出かけて長期休暇を取るように勧められた。しかし、彼女の出かけたのは寒々しい北の海辺。北海の大海原に、鉄の櫓に支えられてぽつんと立つ油田基地が、ハンナにとって、そしてそこで事故に遭ったジョゼフにとっても療養所か保養地のような役割を果たす。外国人、同性愛者、孤独な海洋学者、地上勤務になじめない物静かな管理職など、普通の暮らしからはみ出てしまった者達が、平和に共存し、そうあるべき世界のミクロコスモスを作る。北の海の絶え間なく押し寄せる波や、甲板にたたきつける雨が、不思議な優しさをかもし出す。

見終わって直ぐ、ほとんどの部分をもう1回見た。

映画としては、観客を惹きつける力がどれだけあるか、やや疑問に思う人もあるかもしれない。ハリウッドの娯楽作品のように、観客を始終惹きつけようとする作品では無く、見る側も理解しようとする努力が必要。ハンナやジョゼフ以外の登場人物の人生が持っている小さなドラマは印象的だが、それらが有機的に組み合わされてひとつに収斂するわけでもない。しかし、無理矢理エクサイティングにせずに、散文的で、ハンナとジョゼフのドラマの背景を作るだけのところが、かえって自然で、良いとも思える。

主役の2人はもちろんだが、エディー・マーサン、スティーブン・マッキントッシュ、ジュリー・クリスティなどのイギリス俳優の脇役がとても個性的で素晴らしい。

ハンナが語る自分の過去やナレーションとして出てくる子供の語りがどういう風に事実を反映しているのか、良く分からないところがある。トラウマを覆う深い霧のように、過去の傷が見え隠れしつつ終わる。いくらか曖昧なまま残して見る者に考えさせ、容易い解答やカタルシスを与えないのは、脚本も自ら書いたコイシェ監督の意図だろう。誰しも見て損はない、私達の多くがテレビで見、新聞で読んだ現代史を思い出すためにも。そして同じ事を繰り返さないためにも。

(付け足し)ちょっと面白かったエピソード:
・ハンナの勤めている工場の管理職(工場長か)、自分が行ってみたい南国旅行のツアーのパンフレットを山ほどため込んでいて、ハンナに、行ってみたら、と勧める。
・ビクター(エディー・マーサン)とハンナが中華らしきものを食べている店、Jポップが流れていたみたいだ。
・ビクターは、ハンナを車に載せた時、「散らかっていてごめん」と謝ったり、「汚くないか」と尋ねる。小さい子供がいてオモチャとか縫いぐるみとかが散乱しているし、子供のもどしたものが残っていたりするらしい。こういうディテールって、さすが女性の書いた脚本だね、と感心した。
・ハンナはもの凄い潔癖症か?大きい四角の石鹸を自宅に山ほどストックしており、いつも新しい石鹸を使い、多分1回使うと捨てるらしい。でも、看護婦として患者の下の世話なども平気で出来る。あの石鹸、欲しいなと思った。
・ジョセフは溲瓶でハンナに小水を取ってもらうが、その時、彼は言う、「子供の頃、お袋に最後の一滴までちゃんと出しなさいと言われたよ」。そうなんだよね、トイレを汚したり、パンツやズボンがおしっこ臭くなっちゃいけない、とお袋に良く言われたものだ(^_^)。
・機関士のふたりはむさ苦しい、毛むくじゃらで、洒落っ気なしで、無礼な言葉使いの労働者。外国の洒落た料理を作るシェフのサイモンに文句たらたらで、バーガーとフライドポテトにしろ、とうるさい。彼らはそれぞれ陸の上には愛する奥さんと小さい子供たちを持っていて、ハンナに写真を見せて悦に入ったりする。それなのに、お互いに首ったけ。ひとりが「人生は分からん」と言う台詞が素晴らしい!こういう小さなディテールの積み重ねがこの映画をとても暖かく、面白いものにしていると思う。

なお、主演のサラ・ポーリーはカナダ人だが、政治活動でも知られた人のようだ。地元の社会民主主義政党、Ontario New Demoratic Partyを支持し、選挙運動に協力したりしてきた。デモに参加して警官に殴られ、歯を折られたこともあるそうだ。彼女は映画監督としての仕事もしている。その一作、"Away from Her" (2006) は2013年にノーベル賞を受賞したカナダ人小説家アリス・マンローの短編小説に基づいた映画である。

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