2014/02/19

『今に響く声:12世紀の修道女』(ビンゲンのヒルデガルト作、歌曲コンサート)

『今に響く声:12世紀の修道女』(ビンゲンのヒルデガルト作、歌曲コンサート)
佐藤裕希恵(歌唱)

2013.2.18   19:30-21:00
東京オペラ・シティー3階 近江楽堂

道路の隅にたくさん雪が積み上げられ、凍るように冷たい風が吹きすさぶ夜、標題のコンサートに行って来た。素晴らしい歌声を聞き、心が暖かくなって帰宅した。体調が悪いのを押していったのだが、休まなくて本当に良かった。

ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(Hildegard von Bingen, 1098−1179)は12世紀のドイツのベネディクト会尼僧院の院長だった女性。私は、英語圏以外の中世の事についてろくに知識を持ち合わせず、彼女の多くの作品の何も読んだことがないのだが、名前だけはよく読んだり聞いたりしている。12世紀のダビンチみたいな、ルネサンス的な才能を持ち合わせた知識人だった。神秘的宗教家(a mystic)として最も高名だが、その他にも今の分類で言えば、哲学者、神学者、音楽家、詩人、自然科学者、医学者、家政学者、等々として、様々のジャンルに渡る文章をラテン語で残しているし、女子修道院長という、指導者としても活躍した。12世紀は、近代初期以前に、古典や人文学の知識が花開いた時期として「12世紀ルネサンス」と呼ばれることがあるが、彼女はそういう時代の立役者の1人だ。やはり学者で、尼僧院長だった(アルジャントューユの)エロイーズとほぼ同時代の女性でもある。

私が特に興味を持ったのは、彼女がラテン典礼劇(Latin liturgical drama)、それも、内容から言って最初の道徳劇(a morality play)を書いていることだ。『ダニエル劇』などと共に、12世紀の典礼劇の最高傑作のひとつに数えられている『諸徳目の秩序』(”Ordo Virtutum”)がその作品。

今回は、この春東京芸大の修士課程を修了され、また、現在スイス、バーゼルにある古楽専門の音楽大学、Scola Cantorum Basiliensis、に籍を置いて研鑽を積んでおられる佐藤裕希恵さんが、ヒルデガルトの歌曲4篇(前半)と、”Ordo Virtutum”の抜粋を約1時間半をかけて歌って下さった。 大変美しい声で、心の中を清らかな水が流れていくような時間を過ごすことが出来た。

”Ordo Virtutum”は、後の英語やその他の西欧言語の道徳劇のように、抽象的な徳を擬人化した登場人物(無垢、信仰、希望、従順、神への畏れ、等々)と、悪魔が、人の魂(Anima)をめぐって争うという作品。私は英訳も読んだことがなかったが、今回一夜漬けで、ラテン語原典を半分ちょっと読んで出かけた。面白いのは、徳目の台詞は歌として唱われるが、悪魔の台詞は、音楽が付いていないそうだ。美しい、正に天の歌声のような音楽に、悪魔の台詞は似合わないからだろう。劇として多くの人によってオペラやミュージカルのように演じられるときは、悪魔の台詞は、役者の色々な工夫、大げさなジェスチャーとか威嚇や誘惑の仕草、そしてしゃがれ声など、色々な事がやれそうだ。後の道徳劇と異なり、悪徳のキャラクターは出てこず、悪は悪魔のみで表現される。尼僧院だから、悪魔を演じたのも尼僧だったのだろうか。それとも、その時は、男性の修道士などが「特別出演」したのかしら(^_^)。勇ましく、りりしい女たち(Virtutes)が、力を合わせてデビルをやっつけて、悩んでいる人の魂(Anima)を破滅から救うなんて、考えると楽しい劇だ。

尼僧院で上演されたと考えると、デビルは正に女性を(とりわけ修道女や修道女見習い[a novice])を誘惑する現実の、あるいは想像上の男、とも取れる。修道士、修道女と言えども人間だ。ウンベルト・エコ原作の映画『薔薇の名前』では、若い修道士が修道院に忍び込んだ女性と熱いひとときを過ごすシーンがあったと記憶するが、現実の修道院や尼僧院の中には、風紀が乱れたところがあったのも事実らしい。そもそも現代と違い、多くの人にとって修道会に入るのは生業のひとつでもあった。主として閉ざされた空間の中で、異性ともほとんど交わらない生活に入る十代の男女が誘惑に抗するのは、結構大変かもしれない。こういう劇は若い修道女への教育的なメッセージも持っていたのだろうか。

演劇史において、作者や俳優としての女性の存在は、大変難しく、興味深いテーマだ。中世には、女性が演劇で役者をやることはわずかしか無かったと言われてはいるが、こういう風に、女性が書いて、女性が演じた劇もあった。今で言うなら女子校・女子大演劇って感じ?

典礼劇における”Ordo”というタイトルは、英語ではserviceと訳されることもよくある。”Ordo Virtutum”のような劇は、確かに今の視点から見ると、演劇、一種の宗教ミュージカル、であるが、当時の修道院でこれを演じた尼僧達にとっては、まさに神の力を讃え、その慈悲に感謝する”service”(お勤め、勤行)であったことだろう。観客に向けたエンタティメントとしての演劇とはその目的と本質において、大きく異なる。一方では、もの凄く真面目な内容で、主として身内だけでやる劇でも、やった人は分かるように、楽しかったに違いない。中世12世紀の修道女達が、ワクワクして衣装を工夫したり、劇をやっているところなんて、想像すると楽しい。見ている方も、若い修道女なんか、「キャー、先輩ステキ!」なんて出演者の噂したりして、宝塚みたいだったかも?

勉強や趣味の読書の対象としては、私は中世の女性神秘家にはほとんど興味はない。しかし、ヒルデガルトの典礼劇は、一度最初から全体をちゃんとラテン語で読んでおこうと思った。典礼劇のラテン語は割合簡単なので、注や英訳があれば私の錆びついた語学力でも大筋はなんとか理解できる。私は、典礼劇を、20歳代、大学院生のころ、履修した授業の一環として、英訳テキストや研究論文でいくらか学んだきりだが、英語の中世劇の背景を知る上で、もうちょっと勉強しなきゃ、と思った。今回は良いきっかけになった。ラテン語も学びなおさないとなあ。

当日は、お客さんの中に、私が昔からお世話になっている高名な中世英語・英文学者の先生がおられ、終わった後、しばらくお茶を飲みつつ、色々と中世のこと、ご研究の事などうかがえて、楽しかった。若い研究者の方々の近況や就職などを色々と心配しておられた。

(捕捉)
ラテン語の典礼劇については、中世フランス演劇専攻の片山幹生先生による「フランス中世演劇史のまとめ」というサイトが、日本語の書籍以上に大変詳しい内容を持っているので、関心のある方にはお勧めしたい。このサイトは片山先生の長年の研究と博識が遺憾なく発揮された貴重なサイトで、単行本に匹敵する分量がある。ブログ形式で連載されておりフランス語中世劇についての解説がほとんどだが、最初のほうがラテン典礼劇の解説である。

今回の歌手、佐藤裕希恵さんは2014年10月にスイスの学生達に混じって、向こうの教会でこの劇の上演に参加された。その時のビデオ映像がYou-tubeにアップロードされている。白い服の徳目の中で、他の人に比べて少し背の低い女性が佐藤さん。演出家や俳優などのクレジット・タイトルはビデオの最後に出て、佐藤さんの名前も上がっている。私もまだちゃんと通しで見ていないが、今後テキストを読んだ上で、じっくり全体を見たい。"Ordo Virtutum"のビデオやオーディオはネット上にかなりある。またCDも発売されている。今回の公演は、佐藤さんのブログで知った。私は音楽について評価する能力は全く無いので、どこがどう良いとか、他の公演とくらべてどうだとか言えないが、日本で"Ordo Virtutum"を生の声で聞く貴重な機会を与えて下さったことに深く感謝したい。

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