2014/08/16

“1984” (Playhouse Theatre, 2014.8.15)


劇場:Playhouse Theatre, London
2014.8.15  19:30-21:10 (no interval)

☆☆☆☆/5

An Almeida Theatre, Headlong Theatre & Nottingham Playhouse co-production

演出、脚色:Robert Icke & Duncan Macmillan
デザイン:Chloe Lamford
照明:Natasha Chivers
音響:Tom Bibbons
ビデオ・デザイン:Tim Reid

配役:
Winston: Sam Crane
Julia: Hara Yamas
O’Brien (an interrogator): Tim Dutton

“1984”というと、私にはマイケル・ラドフォードが演出し、ジョン・ハートとリチャード・バートンが出演した傑作映画のイメージが強い。SFの世界を描くには、より制約の少ないメディアであるフィルムの方がやり易いだろう。しかし、この舞台は、生の舞台の特色、感覚に直接訴える説得力を活かした、力強い公演で、1時間半強の短さにも関わらず、十分満足できた。

最初、原作にはないフレームワークで始まるので、それでなくても英語の理解に難がある私は何が起こっているか分からなかったのだが、数人の人達が本を読みつつ話し合っている。一種の読書会か、ブッククラブのような雰囲気。劇が終わる時も同じようなシーンになったのでやっと合点がいったが、1984年から約100年後の人々が(歴史家?一般読者?ブッククラブ?)、すでに忘れ去られたオーウェルの作品を再発見して、その意味を語り合っているシーンらしい。

そのシーンがやがて平凡な役所のシーンと転じ、ウィンストンや彼の同僚がおなじみの、単調な、完全にビッグ・ブラザーに管理された毎日を過ごしているのが描かれる。この辺りはやや退屈で、うとうと・・・。ウィンストンとジュリアの密会のあたりは、もっと生々しいエネルギーが欲しい気がした。しかしその一方で、ウィンストンが自分の感情を明確にできず、彼の人間性がなかなか開花しないことを的確に表現しているのかもしれないとも思える。このあたりでは、舞台の上方に大きなスクリーンを作り、そこに舞台の背後で起こっていることをビデオで映して見せる。これは私の好みを言えば観客の注意を分散させて、説得力を薄めていると思う。せっかくのライブ・シアターなんだから、なるべく舞台上のアクションに集中できるような演出にしてほしい。

後半、ウィンストンとジュリアが逮捕されるシーンからは、一気にボルテージが上がる。ステージは床も壁も天井もすべて白一色で、強い照明で照らされて観客も目がくらむ程。そこでは、尋問をする役人、オブライエンが、単調かつ冷徹な声音でウィンストンを責めたてる。ウィンストンのまわりには、オブライエンの手足となって動く数人の拷問者がいるが、まるで新型インフルエンザかエボラ熱患者の看護人みたいな、真っ白な服に顔全体を覆うマスクという異様ないでたち。ウィンストンは爪をはがされたり、歯を抜かれたりといった、言わば古典的な拷問にさらされ、最後には激しい電気ショックを科せられる。このシーンは、生のステージの迫力が凄い。こうして、ウィンストンは取り戻した人間性を再び失っていく。

最後はエピローグとしてまた最初のブック・クラブらしいシーンに逆戻り。2084年の人々はオーウェルの作品がよく理解できないらしい。未来の人々はすでにあまりにも真っ白に洗脳されていて、オーウェルの描く恐ろしささえ感じないのだろうか。ウィンストンの世界と同様、世界中で常時進行中の戦争(イラク、ガザ、アフガニスタン、ウクライナ・・・)、秘密保護法、対テロ法等の情報管理と個人の権利の制限―1984年から20年が過ぎた今、現代世界はオーウェルがフィクションで構想したのと同じくらいか、あるいは一層悪くなっているかもしれない。2084年には私は生きていないが、考えると恐ろしい。

主な俳優3人は共に説得力ある演技だった。特に、尋問官オブライエンを演じたTim Duttonが強い印象を残した。後半の尋問室のセットと照明も、このプロダクションの大きな強みだろう。



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