2011/07/07

"The Pride" (Crucible Theatre, Sheffield, 2011.7.5)

愛、孤独、アイデンティティー
"The Pride"





Crucible Theatre公演
観劇日:2011.7.5 19:45-22:00
劇場:Studio, Crucible Theatre, Sheffield

演出:Daniel Evans
脚本:Alexi Kaye Cambell
セット、衣装デザイン:James Cotterill
照明:Johanna Town
作曲:Olly Fox

出演:
1958年
Daniel Evans (Oliver, a children's author)
Jamie Sives (Phillip, a businessman)
Claire Price (Sylvia, Oliver's wife and a painter)
Jay Simpson (The Doctor)

2008年
Daniel Evans (Oliver, a freelance writer)
Jamie Sives (Phillip)
Claire Price (Sylvia, an actor)
Jay Simpson (The Man in Nazi cosume / Peter [a magazine editor] )

☆☆☆☆☆ / 5

この劇は実に台詞が素晴らしい。それで、まずは台詞を一部引用したい。親しい友人同志のSylviaとOliverの会話(2008年のシーン、訳文は下にあり):

OLIVER. Sometimes . . .

SYLVIA. What?

OLIVER. Do you ever get that thing?

SYLVIA. What thing?

OLIVER. When you've just fallen asleep, just before the dreams begin. Or maybe just after you've woken up and your eyes are open even though your mind might still be dreaming.

SYLVIA. What about it?

OIVER. The brevity of life strikes you. The brevity. The randomness. A flash in the pan.

SYLVIA. I've had that.

OLIVER. And I kind of feel then that the only thing that matters is finding some meaning, some reason, something you can slap the face of brevity with. And say I was here. I existed. I was. And then I think that the only two ways to do that are through work and relationships. How you changed people. How people changed you. And how you held on. To each other. Or at least gave it a damn good try. That's what defines your flash in the pan.

SYLVIA. Amen. (p. 94)

Text: Alexi Kaye Chambell, The Pride (London: Nick Hern Books, 2008)

(拙訳)
OLIVER. 時々ね・・・。

SYLVIA. なに?

OLIVER. ああいう気持ち感じることある?

SYLVIA. 何のこと?

OLIVER. 今にも眠りそうになっている時、ちょうど夢が始まりそうな時。それとか、目が覚めてまぶたが開こうとしてるけど頭はまだ夢の中っていうような時ね。

SYLVIA. それで・・・。

OLIVER. 人生の短さにぎょっとするんだよね。あっという間。いい加減で。まぐれの連続みたいな感じ。

SYLVIA. 私も感じたことある。

OLIVER. それで唯一大事なことがあるとしたら、その人生の短さに抵抗するために、何かその意味っていうか、理由を見つけることだと思うんだ。そして、俺はここに居たぞって言えるような。存在したんだ、生きてたんだってね。それをやれるにはふたつしか方法がなくて、仕事と人間関係だと思う。どうほかの人を変えたか。ほかの人が自分をどう変えたか。そしてその人間関係を続けたかどうか。お互いに。少なくとも続けようと精一杯やってみたかどうか。それが、人生のまぐれを決めていくんだよね。

SYLVIA. 異議なし。
(訳文終わり)

名前は同じだが血縁と言ったような直接の関係はない3人の男女、Oliver, Philip, Sylvia、の、1958年と2008年の人間関係を通じて、愛、孤独、アイデンティティーというような人間の基本的な問題に正面から取り組んだ作品。更に、OliverとPhilipはどちらのシーンでも同性愛で、お互いに引かれ合い、関係を持つので、それぞれの時代においてゲイの人々がどう扱われているか、半世紀の間にゲイの人を取り巻く環境が如何に変わったかも鮮やかに示してくれる。しかし、狭い意味のゲイの人達を扱った劇ではなく、現代人の多くが感じる孤独感を掘り下げた作品である。

58年の場面では、PhilipとSylviaは結婚しているが、表面はほがらかで明るく見える2人の夫婦仲は実は虚ろである。ある夜、挿絵作家のSylviaは一緒に仕事をしている児童文学作家のOliverを自宅に招く。OliverとPhilipの間にはすぐに強い電流が流れ始める。しかし、お堅いビジネスマンのPhilipは自分の気持ちを押し殺そうと異常なまでの努力をし、最後には彼の性的欲望を治療しようと医者にかかったりする。何しろこの頃のイギリスでは同性愛は道徳的に堕落した (pervert)、一種の病気とされ、同性愛の行為は違法であり(法律の改定は67年)、50年代には何千人もの人々が逮捕されていたくらいだった。医者は彼に薬剤による一種のショック療法を与えて、同性との性行為に嫌悪感を起こさせるような治療をすることになる。この場面が実によく書けている(以下のシーンの前で、医者が治療方法を説明したところ):

PHILIP. Yes.
  [pause]
The thing is, Doctor . . .

DOCTOR. Yes?

PHILIP. What I need to know is . . . the other things. The other feelings. I mean, the ones that aren't exclusively sexual.

DOCTOR. Yes.

PHILIP. Do they . . .  will they . . .
    There is awkward pause.

DOCTOR. The nurse will be ready for you now. And I will be seeing you again in the morning. (p. 102)

(拙訳)
PHILIP. わかりました。
[沈黙]
あのう、先生・・・。

DOCTOR. 何ですか。

PHILIP. 私が知りたいのは・・・もうひとつのことなんですが。気持ちの問題という。つまり、セックスとかそう言うのじゃない、気持ちのことなんですけど。

DOCTOR. はい。

PHILIP. そういう気持ちって・・・これから・・・。
[しばしぎこちない沈黙]

DOCTOR. そろそろ看護婦が用意しているでしょう。私は明日の朝お会いします。
(訳文終わり)

作者は、ゲイの人が何かというと彼らのセックスで定義される傾向、そしてそれが今もそれ程変わっていないかも知れないと観客に気づかせてくれる。

2008年の場面では、OliverとPhilipはくっついたり離れたりのカップルで、Sylviaは2人の悩みを聞いてやる親しい友人。2人はなかなか壊れない絆を感じてはいるのだが、精神的にも大変不安定なOliverが衝動的に相手構わずセックスをするので、真面目なPhilipは付き合いきれないと言って、関係を切ったところ。要するに異性愛、同性愛に関係なく、色々なカップルで起こりそうなシチュエーションである。半世紀経った今、ゲイの人々をめぐる環境は如何に変わったかが分かる(しかし変わらないところもあるのはOliverと雑誌編集者の会話でうかがえる)。

58年のシーンが大変押し殺された緊迫感に富み、素晴らしい。抑圧された2人の男性。Oliverは何とか自分に素直に生きたいと、積極的に出口を捜し、Philipとの関係を続けようとするが、PhilipはOliverに引かれつつも、何とかそれを押し殺し、自己否定しようと必死である。彼の無理に抑圧された感情が、暴力的な表現を取る時もある。もっとも悲痛なのは1人で苦しむSylviaである。彼女は夫がゲイであることを知るようになり、夫婦の間には超えがたい溝が出来る。彼女は、2人の関係を正直に見つめようとし、夫を理解しようと必死だが、夫は完全に自己否定をしているために、とりつく島もない。彼女は子供が出来たらその孤独感が埋められるかも知れないと、必死に望む。しかし一方で、子供を求める気持ちに疑問も感じている:

SYLVIA. But then I started to question why I wanted it so much. A child. Why it meant everything to me. The desperation. Sometimes I prayed with my whole body. I would lie next to you in bed and pray with my whole body to feel it . . . the beginning of it. The stirrings. A new life inside me. I was sure I'd know  the very night it happened.

PHILIP. For God's sake.

SYLVIA. And I thought it's natural, it's because I'm a woman. To be  a mother. That's all. So I prayed and prayed and prayed.

PHILIP. What are you saying?

SYLVIA. But then I realised that there was something else. I wanted a child because I was frightened of us being left alone. Philip. The two of us. Just us. Alone.  (p. 49)

(拙訳)
SYLVIA. でも、何故そんなに欲しいのか不思議でもあったわ。子供を。何故それが私にとってそれだけ大事だったのか。必死だったのよね。時々、全身で祈ってた。ベッドであなたの横に寝ていて、体中でそれを感じられるよう祈ってた・・・その始めの時を。かすかな動き。自分の体の中で生まれる新しい命。命が始まる最初の夜、それがきっと感じられると信じてたわ。

PHILIP. もうやめてくれ。

SYLVIA. そしてそう感じるのが自然だと思ってた。何故って、わたし女だから。母親になるってこと。それだけだって。それで、子供できて欲しいって、神様にお祈りして、お祈りして、お祈りして・・・。

PHILIP. 君、何が言いたいんだ。

SYLVIA. でも、それから何か別のことがあるって気がついた。子供が欲しかったのは、ふたりで残されるのが怖かったから。フィリップ、あなたと、ふたりだけで。私達、ふたりだけ・・・。
(訳文終わり)

聞いていて痛々しいことこの上ない台詞だった。

台本を7割くらい読んでから出かけたのだが、台本自体が大変面白い。チェーホフとかラティガンみたいな感じがある。現代演劇に関心のある方には、台本を読むだけでもお薦めできる。随所に輝くような台詞がある。但、欠点ではないかと思ったのは、せっかく素晴らしい台詞やシーンが多いのに、58年のシーンと2008年のシーンがかなり小刻みに交互に現れて、ややエピソディックになってしまい、劇全体としてのインパクトを薄めてしまったのではないかという点。また、全体として、2008年のシーンよりも58年のシーンの方に焦点を置いたらもっと力強い作品になったと思う。

4人の俳優は皆芸達者。Olivierを演じたDaniel EvansはCrucible Theatreの芸術監督でもあり、前任者で、大変好評だったSamuel Westに続いて、actor=directorである。端正な容姿に、50年代のお洒落なスーツとネクタイやベストがとてもよく似合っていた(写真左)。神経質そうな微笑みが印象的。Sylviaを演じたClaire Priceを私が見るのはこれが3本目。女優としては地味な人ではあるが、ルネサンスの古典も現代劇でもよどみない台詞回し。孤独感の表現が雄弁だった。

時代に合わせて照明や調度、衣服やヘアースタイルなどに大変細かく気を配ったJames Cotterillのデザインも、2つの時代の雰囲気と半世紀の時の流れを見事に浮き彫りにしていた。

この劇は2008年にRoyal Courtで1ヶ月初演されて以来、イギリスでは2度目の上演とのこと。しかし、既にアメリカ、ドイツ、スウェーデン、ギリシャで上演されているそうだ。2008年にはオリビエ賞と批評家協会賞(Critics' Circle Award)を受賞している。節操がないと思われるくらいイギリスの劇を次々と翻訳上演する日本で、未だに上演がないのは残念。是非やって欲しい。いや、ほとんどのゲイの人達が自分のアイデンティティーを隠して生きざるを得ない日本だからこそ、上演して欲しい傑作。

うーん、ロンドンだったらもう一回見るんだけど、そうできないのが悔しい。この台本、繰り返し読みたい本だ。

(追記)2011年12月、tpt (Theatre Project Tokyo)がこの劇を日暮里の小劇場、「d-倉庫」で上演することが、tptのブログで分かった。上演されるのは嬉しいが、もっと大きな商業劇場や新国立劇場などではないのが残念。

下の写真はCrucible Theatre。



2 件のコメント:

  1. はじめまして
    tptで、小川絵梨子さんが「プライド」を上演するというも、翻訳本が見つからず、あらすじもわからないので検索して、こちらにたどり着きました。 読ませていただいて、観劇してみようと思いました。ありがとうございました。
     また来月に小川さんが自身で翻訳されて上演する「夜の来訪者」についても、拝読しました。 セットと照明も重要なようですが、これも小さいスペースなのでどんなになるかと思います。読ませていただいて、とても参考になりました。
     論文が完成されることをお祈りします。

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  2. コメントありがとうございます。これは良い戯曲です!色々イギリスで劇を見ましたが、この劇は最も印象深い数本に入ります。何しろ、いつもは非常に出不精な私が、これを見るためにはるばるロンドンからシェフィールドまで出かけたくらいですから(^_^)。TPTでも、きっと楽しまれることでしょう。ゲイの人達の置かれた立場に関心のある人には勿論ですが、正面から愛と孤独を扱った現代劇として、誰にでも理解出来るお話と思います。 Yoshi

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