2015/09/04

Sara Paretsky, “Critical Mass” (2013)

Sara Paretsky, “Critical Mass”

(2013; New York: Hodder & Stoughton, 2014)  465 pages.

☆☆☆☆ / 5

私にとって、ParetskyのV. I. Wawshawski シリーズは、どの作品も楽しめる定番ミステリ。2回読んだ作品もあり、今回も期待を裏切らない。ナチス時代のウィーンで原子力を研究していた科学者達と現代のシカゴのハイテク企業の間にある繋がりは何か、シカゴの女性私立探偵V. I. がいつもの様に全力で、体を張って追及する。

V. I. は親友の医者、Lotty Herschelから行く方不明の麻薬中毒患者(ジャンキー)Judy Binderの捜索依頼を受ける。Judyは消息を絶つ前に、助けを求める必死の電話をV. I. にかけていた。Judyの母親KätheとLottyは、戦前のウィーンで一緒に育った幼なじみ。Judyには息子Martinがおり、コンピューターやセキュリティーを扱うハイテク企業Metargonの研修生だったが、彼もまた消え失せてしまった。Judyに麻薬を売っていた売人Ricky Schalaflyの繋がりから、V. I. が麻薬工場と化していた打ち捨てられた農場に行くと、そこにはカラスに食い荒らされ、腐敗した売人の死体があった。更にそこに残されていた古い写真には、戦前のウィーンにあった放射線化学研究所という原子力研究機関の研究チームが写っていた。そのチームのひとりが、Kätheの母親で、天才的科学者Martina Saginorだった。Lotty、Käthe、Martinaはユダヤ人であったので、ウィーンを脱出し、アメリカに流れ着いた。その過程で、Martinaは才能を搾取され、発明を盗まれてしまう。一方、ウィーンの研究所の同僚達も、ナチスの信奉者だった者も含め、米国の「ペイパークリップ作戦」(The Project Paperclip)と呼ばれる作戦により、アメリカに移民して、立派な研究職を得ており、その中には後のMetargon関係者も含まれていた。Martinaのアメリカでの足取りは全く分かっていなかったが、V. I. は Judy BinderとMartinを捜すうちに、ウィーンの研究所におけるユダヤ人や女性科学者達の搾取と迫害、軍需ハイテク企業やアメリカ政府の国土安全保障省(The Department of Homeland Security)の暗黒部に分け入ることになる・・・・。

ミステリとは言え、リベラルな視点からアメリカの社会問題を扱うParetskyらしい作品。軍事関連のハイテク企業と、通常の法律や個人のプライバシーを国家の安全の名の下にいとも容易く踏みにじる国家安全保障省の闇。それらをたどると、ナチスによるユダヤ人迫害によって破壊された人生や、今昔の科学界の女性差別に行き着く。Project Paperclipは実際に行われた作戦で、このおかげで沢山のドイツの研究者が太平洋戦争の為の武器開発、特に原爆の開発や、その後のロケット開発の為にアメリカに連れてこられた。その中には、おそらく、ナチスの一員として残虐行為に荷担した者もかなり含まれていたのではないか、とParetskyは末尾の「歴史的ノート」に書いている。表題の”Critical Mass”とは、原子力における「臨界量」(核分裂の連鎖反応が持続する核分裂物質の最少質量)のことだそうだ。

V. I. はいつもながらエネルギッシュ。Paretskyはアクション・シーンの書き方が上手くて、息もつかせない。但、戦前のウィーン、戦後のシカゴ、そして今のシカゴと、3つの時代を行きつ戻りつするストーリーを英語で読むのは、かなり集中力を要し、私の読解力や英語力を越えている時もあった。Mr Contreras、Lotty、Max、彼女の愛犬たちなど、いつものV. I. ファミリーとの和やかなシーンが込み入ったプロットや目まぐるしいアクション・シーンを適度に和らげてくれる。全体として、大変満足感ある小説に仕上がっている。

(追記)以上を書いた後で検索して見たら、『セプテンバー・ラプソディー』というタイトルでハヤカワ・ミステリ文庫から和訳が出ていた。和訳が早々に出ているのは結構だし、短期間で翻訳された山本やよいさんにも敬意を表したい。私も、最初にパレツキーを読んだのは翻訳を通してだった。それにしても、出版社の意向だろうけど、このヤワなタイトルには不満。シリアスな社会問題を扱った内容の雰囲気をぶち壊し。女性の探偵だから女性読者が多いだろうと考え、そうなるとハードな社会小説風のタイトルだと売れない、という想定だろうか?だとしたら、パレツキーの女性ファンを馬鹿にしてないか? そもそも、訳本のパステル色の表紙のイラストが本の内容にそぐわないんだけど。英語版とえらい違いだ。

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