2010/06/03

"The Late Middle Classes"(Donmar Warehouse、2010.5.2)

抑圧された感情が爆発する時
"The Late Middle Classes"

Donmar Warehouse公演
観劇日:2010.5.2  7:30-10:15
劇場:Donmar Warehouse

演出:David Leveaux
脚本:Simon Gray
美術:Mike Britton
照明:Hugh Vanstone
音響:Simon Baker for Autograph
作曲:Corin Buckeridge

出演:
Robert Glenister (Mr Brownlow, a piano teacher of Holly)
Helen McCrory (Celia, wife)
Peter Sullivan (Charles, husband and a pathologist)
Eleanor Bron (Ellie, Brownlow's mother)
Harvey Allpress (Holly, a teen-age son)

☆☆☆ ☆ / 5

かって、David Leveauxの演出作品を見るために度々ベニサン・ピットに通ったものだった。その後、Leveauxは東京であまり仕事をしなくなり、ベニサン・ピットに行くこともほとんどなくなった。昨年閉館されたという。そのLeveauxの演出作品を見るのは久しぶり。なかなか良かった。カワードやラティガンみたいな、a middle-class drawing room drama。結構辛辣なところもある家庭劇。子役も含め、俳優の演技が秀逸。

場所はイングランドのある島。戦争が終わってはいるが、まだ配給が残り、食糧不足の50年代初頭らしい。夫Charlesは仕事熱心なpathologist(病理医)。妻Celiaはテニスに興じ、息子Hollyの教育、進学が最大の関心事のようだ。中流、それも医者であるからupper middle classか。Celiaは何とか息子にロンドンのWestminster School(名門の高級私立学校、パブリック・スクール)に、奨学金を取って進学してもらい、自分達一家もロンドンに移り住みたいと思っている。息子HollyはMr Brownlowというオーストリアからの移民してきた音楽家にピアノを習っている。とても親切な,いや親切すぎるくらいの独身の音楽教師で、母親と二人暮らし。母親は大陸での、そして以前に済んでいたイギリスの地方都市での迫害や差別の記憶から、自宅から一歩も外出出来ないが、レッスンにやってくるHollyを自分の孫のように可愛がる。

一見平和な、地方の豊かで上品な家庭。前半では、性に目覚めて、ヌード写真を見たり自慰行為を始めたHollyにどう性教育をするか、しないかで、夫婦がコミカルな会話をする。しかしこうした大変平凡な中流の夫婦の間、そして、Brownlow親子と地域社会の間にも、見えない大きな溝があって、いつ亀裂が大きくなるか分からない一触即発の状態だった。ある時、Mr BrownlowがHollyを連れてロンドンへコンサートを聞きに行くという行事があったが、予定の時間になってもHollyが帰宅しておらず、Charlesは疑惑に駆られてBrownlow家へ押しかける。一方CeliaはCharlesが、外で、忙しい病理医の仕事だけをしているのではないことを嗅ぎつける。こうした事をきっかけに、人々の閉ざされた心の中の澱が表面に一気にあふれ出る・・・。

Simon Grayの脚本には幾つか、この劇を特徴づける目立つディテールが配置されている。島の出来事であるのは、人々の心の閉鎖性を強調するのか、また、家から出られないBrownlow夫人は、「ユダヤ人」という言葉に過剰に反応し、警察に酷く怯えている。隣人に玉子を頼んでも、ひとつしか分けて貰えないという時代の貧しさ、不自由さ、死体解剖に明け暮れる病理医というCharlesの職業(しかし、自分達の心や暮らしの「病理」には無知、無関心。Brownlow夫人が何度も口にするイギリス人の閉鎖性と「ジェントルマン」であること。彼女が感じる大陸との文化の違いや、よそ者、外国人に対する差別。

戦争は終わり、平和は取り戻したが、まだ豊かさまでは戻ってきていない。また、戦後の新しい、自由で開放的な風俗やモラルの形成が行われる前の1950年代の中流家庭の病理を詳細に捉えた作品だと思う。2009年3月にCottesloeで見た、"Mrs Affleck"と似た雰囲気(Ibsenの”Little Eyolf"を50年代のケントの海辺の町に移した翻案作品)。 でもこちらの方が、格段に説得力があった。時代的にも、雰囲気もラティガンに似たところがある。しかし、ラティガンのほうが人を見る目は温かな気がする。作者グレイの視点は、かなり突き放したところにあるようだ。それぞれが心の孤島に暮らして、自分の気持ちを上手く表現する相手も場所もないが、しかし、子供のHollyにだけは、心を開くことが出来る。そのHollyをめぐってトラブルになり、見せかけの平和が破壊されると言うわけだ。

素晴らしい演技。Robert Glenisterは先日まで毎週、BBC 1の"Ashes to Ashes"でとんでもないbullyの、下品でうるさい刑事をやっていたが、ここでは繊細な音楽家。しかも2つの年代を上手く使い分ける。Peter Sullivanのrepressed English male、そして賑やかで陽気な表面が、尚更隠された不安と不満を指し示すHelen McCroryのCeliaも大変巧みに演じられていた。子役のHarvey Allpressの上手さにも脱帽!

久々のDavid Leveaux演出作品だったが、東京での公演を思い出しても、彼はこうした抑圧された感情を表現した劇の演出が非常に上手いように見える。


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