2010/06/20

"Through a Glass Darkly" (Almeida Theatre, 2010.6.19)

精神病の女性とその家族の荒涼とした心象風景を描く
"Through a Glass Darkly"

Almeida Theatre公演
観劇日:2010.6.19  15:30-17:00
劇場:Almeida Theatre

演出:Michael Attenborough
脚本:Ingmar Bergman, adapted by Jenny Worton
美術:Tom Scutt
照明:Colin Grenfell
音響、音楽:Dan Jones

出演:
Ruth Wilson (Karin)
Justin Salinger (Martin, a doctor, Karin's husband)
Ian McElhinney (David, a novelist, Karin's father)
Dimitri Leonidas (Max, a teenager, Kain's brother)

☆☆☆ / 5

イングマール・ベルイマンの傑作映画(1963)の舞台化だそうである。私は学生時代からベルイマンはかなり好きで、特に、『第七の封印』、『処女の泉』などは、最も好きな数本の映画に入る。しかし、この作品のように、彼が現代の家族、夫婦の内面を細かく描いた作品は、観客を引きつけることを拒否しているようなところがあって、取っつきにくい。特別に大きな事件が起こるわけでも、プロットが進展していくわけでもなく、精神病(おそらく統合失調症か?)を患った女性Karinとその家族3人の荒涼とした心象風景をスケッチしたような作品である。わずかな小道具・大道具と灰色の壁––飾り気のないモノクロームの素描のような作品。家族の外に広がる世間をほとんど感じさせない、精神の孤島のドラマ。

Karinは30歳位の女性で、家族は、夫は医者のMartin、父親で小説家のDavid、そして16歳(?)で、思春期の難しい時期にさしかかっているMaxがいる。久しぶりにDavidが時間を作って、家族全員で、ある島の寒村に旅行に来ている。Karinは精神病を患っていて、最近病院から退院したばかりだ。単純でプラクティカルな人間ではあるが、大変親切で、いつも事細かく妻の状態に気をつけているMartinは、彼女の為なら何でもする人。彼のストレートな善意は、Karinにとって救いでもあるが、しかし、単純な彼はKarinを理解するのに苦労し、なかなか彼女の内面に近づけない。Karinの父Davidは、既に同じ病気で彼の妻(Karinの母)を失ったようであり、娘の病気に向き合う勇気がなく、彼女から遠ざかりがちであった。しかし、その一方では、小説家であるので、娘が狂気に落ちていく様子に冷徹な職業的好奇心を感じてもいるという複雑な気持ちである。Martinは、そういうDavidを激しく責める。精神を病んだKarinと、年齢の上で精神不安定な時期にいるMaxは、互いに頼りあい、近親相姦的な状況に陥る時もある。

Karinは病気そのものへの恐怖と共に、病気に陥って、自分が自分であることを失っていく恐怖に怯えているようだ。ごく普通に話しているかと思えば、ちょっとしたことに極端に反応して、Martinをやきもきさせる。Maxは若くて、自分のことで精一杯なので、Karinを特別扱いしないので、それがKarinには救いである。しかし、その為にMaxに接近しすぎて、お互いを傷つけあってしまう。結局、Karinを一番理解し、亡くなった妻も含め、家族の歴史を共に生きてきたのはDavidであるが、彼はKarinと正面から向き合うことが出来ないし、うっかり不用意な事を言ってしまったりもする。Karinは父との距離感に敏感に反応する。劇は、Karinの病気が悪化し、手が付けられない状況に陥るところで終わる。

ドラマとして起承転結に乏しい劇であるから、つまらないと感じる人も多いだろう。しかし、劇全体には失望した人でも、誰しも感心せざるを得ないのは、Karinを演じたRuth Wilsonの鬼気迫る精神病患者の演技である。私も、テレビ・ドラマの"Luther"を見て、この女優が悪役をこなす力に驚き、大変才能ある人だと感じた。きれいで、繊細で、味わいのある演技のできる女優は多くても、まがまがしい役を迫力をもってこなせる人はそう多くないが、Ruth Wilsonは凄い! Justin Salingerは、ひたすら妻を愛し、しかし、不器用で十分に手助け出来ずに悔しがる夫Martinを、大変上手く演じていた。他の2人も名演であり、演技だけでも充分引きつけられた作品だった。また、北欧の海辺のコテージ、そして4人の寒々しい精神風景を、Tom Scuttのデザイン、Dan Jonesの音楽・音響が見事に表現していた。

4月19日と29日の2回見た、Mark Haddon作の"Polar Bears"(Donmar Warehouse)を思い出さざるを得なかった。あれははっきりとした躁鬱病(bipolar disorder)を扱っていた。あの劇は、外の世界との繋がりをしばしば感じたし、躁鬱病の極端な浮き沈みから来るユーモアもかなりあった。全体に、今回の劇よりもずっと救いを感じさせる作品だった。病気の妻と、その妻を必死で支える夫との夫婦関係には、かなり共通するものがあったし、主演の2人、Jodhi MayとRuth Wilson、の凄まじい名演には、どちらにも感心させられた。しかし、私はJodhi Mayの主人公の方が、ずっと受け入れやすく感じる。それだけ、Ruth Wilsonの演じたKarinは、近寄りがたい精神状態であるということだろう。

最初、☆を4つ付けていたが、迷った挙げ句、3つに減らした。主として俳優の迫真の演技で説得力ある公演となっているが、テキストそのものに充分な迫力がなく、観客を引きつける力に欠けると思えたからだ。映画の場合、特にベルイマン作品では、テキストが語りすぎずに映像に語らせる部分が大きいと思うが、台詞だけではやや弱いと思える。充分見る価値のある作品だが、いまひとつ物足りなかった、という私の結論。


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2 件のコメント:

  1. ライオネル2010年6月23日 12:35

    難しそうな芝居ですね。
    う~ん、私には歯が立たなそうです。
    最近こういう素材が、芝居の傾向なのでしょうか?
    続いていますね。

    やっぱりルース・ウイルソンはうまいのですね・・・・
    その迫力ある演技を見てみたいものです。

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  2. ライオネル様、コメントありがとうございました。

    たまたま精神病に関する劇が重なりました。私はDonmar WarehouseとAlmeidaの上演作品はイギリスにいる時に上演しているのはほぼ全部見るので、こういううっとおしい作品が多くなるのでしょうが、ロンドンの劇のごく一部ですから。ウエストエンドの商業劇場ではストレートプレイでもコメディー・タッチのものが主流ですね。

    Wilsonの出ているテレビドラマの"Luther"は、きっと日本でも有料チャンネルで放映されるのではないでしょうか。大変面白いとは思いますが、主人公の個性が私には楽しくなくて、1回だけしか見ませんでしたけれど。Wilsonは、「魔性の女」、みたいな役どころで、良かったです。ある批評では、Wilsonはこの作品において、彼女の世代で最も優れた女優の一人としての評判を確立した、と褒めていましたし、他の批評家も、作品には否定的な人も、Wilsonの演技は賞賛しています。"Small Islands"というBBCの単発ドラマにでも出ていますが、これは暖かい人情もので、大変楽しめるドラマでした。日本でも放映して欲しい作品です。良いドラマだったので、ブログに書けば良かったけど,書かなかったみたいですね。 Yoshi

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