2010/05/02

"Ruined" (Almeida Theatre, 2010.5.1)

戦争の陰で生きる女性達の苦しみを描く
"Ruined"

Almeida Theatre公演
観劇日:2010.5.1 15:00-17:30
劇場:Almeida Theatre

演出:Indhu Rubasingham
脚本:Lynn Nottage
美術:Robert Jones
照明:Oliver Fenwick
音響:Christopher Shutt
作曲:Dominic Kanza
音楽:Akintayo Akinbode
振付:Coral Messam

出演:
Jenny Jules (Mama Nadi)
Lucian Msamati (Christian)
Pippa Bennett-Warner (Sophie)
Michelle Asante (Salima)
Kehinde Fadipe (Josephine)
Steve Toussaint (Commander Osembenga)
Okezie Morro (Jerome Kisembe)
Silas Carson (Mr Harari, a white trader)

☆☆☆☆☆ / 5

最近、良い劇に出会うことが多くて幸運!DonmarやAlmeidaでははずれはほとんどないが、この作品は中でも特に良い。アメリカで既に大成功し、2009年のピューリッツア賞に輝いた脚本である。

アメリカ人女性劇作家Lynn Nottageの発想はアフリカ、コンゴ民主共和国で続いている内戦の戦場を舞台に、現代版の『肝っ玉母さんとその子供達』(ベルトルト・ブレヒト)を書くことだったそうである。それで、実際にコンゴに行って戦争に遭遇した女性たちを取材して彼女が感じたのは、ブレヒトの作品では女性の苦しみが十分に取り上げられていないと言う事。それで、Nottageは、ブレヒト作品を出発点としつつ、戦争における女性の苦難、特にレイプの被害に注目したこの作品を書き上げた。標題の"Ruined"は、激しい性暴力を受け、肉体的にも取り返しのつかない傷害を負った人々を指すとのこと。公演パンフレットを和訳して引用すると、

「こうした多くの女性は恐るべき傷害を受けている。多くの場合、彼女たちは長期にわたり、女性器や肛門の傷に苦しみ続ける。こうした傷は、しばしば命を脅かすほどひどく、また、将来にわたって、妊娠や出産で問題を起こし、出血や潰瘍、重篤な感染症を伴うひどい裂傷などを引き起こす。こうした性暴力による酷い病気や傷害をかかえた女性やレイプの被害にあった女性は、特にコンゴ民主共和国の内戦に関連しては、"Ruined"と呼ばれている。」 (Amnesty InternationalのHeather Harveyによる)

更に、パンフレットによると、コンゴなどアフリカの紛争地域では、レイプが地域住民の士気をくじくのに効果的として、政府軍や反政府軍の作戦として組織的に行われているとのことだ。

また、この作品は、こうしたアフリカの内戦の背後には、日本などのアジア諸国を含め、先進国が先端的な工業製品を作るために必要な貴重な鉱物(スズ、タングステン、タンタルム、金など)を内戦を行っている政府や国内の反乱軍が資金集めのために奪い合っている状況があることも教えてくれる。映画『ブラッド・ダイヤモンド』でも取り上げられた問題である。この舞台でも、唯一の白人Mr Harariは、政府軍であろうと反乱軍であろうと、取引をする商人だ。

物語は、コンゴの戦場に近い場所で酒場を営むMama Nadiの店を舞台にしている。彼女は女ひとり、気丈に荒っぽい兵隊達を相手にしつつ、10人の女性をホステスとしてかかえて、商売に励んでいる。お店の常連、Mr Harari同様、彼女にとって、政府軍も反乱軍も関係なく、お金を落としてくれる客なら誰でも良い。彼女の店に物資を運び、かつ彼女自身にご執心の中年男Christianも常連だが、ある日、彼は自分の姪のSophieとその友達Salimaを、店で雇ってくれるようにと連れてくる。2人とも、戦争で兵士に襲われてレイプされ、しかしその為に家族からはRuinedとの烙印を押され、行き場がない者達だ。Sophieは体に酷い傷を負っているらしく、男に触られるだけで激しい拒否反応を示す。Mama Nadiは、商品としては使い物にならないSophieを雇うことを非常に渋るが、仲の良いChristianに説き伏せられる。更に、金の亡者のように見える彼女だが、内心は何とか自分の店の若い娘達を守りたいと必死なのである。

女性達は客に酒を飲ませ、極めてセクシュアルな踊りを踊り、歌を歌い、そして時々、酒場の裏へ客の兵士達と消えていく。Salimaのように酷いレイプにあっていながらも、売春行為をして生きて行かざるを得ない女性達の姿が大変悲しい。やがて戦況は急を告げ、反乱軍と政府軍が店のある地域で交戦。店にも森から銃撃の音が聞こえてくる。ChristianはMama Nadiに一緒にキンシャサに逃げて商売を出直そうと誘うが、Mama Nadiは自分の娘達を置き去りには出来ないと客の来なくなった店に留まる。やがて、反乱軍兵士が店を訪れ、その後、政府軍の司令官Osembengaが反乱軍をかくまったとMama Nadiを恫喝する。司令官はSophieを抱こうとするが、Sophieは激しく反発して彼を非常に怒らせてしまった。Mama Nadiのビジネスは勿論、自分や店の娘達の命も危なくなる・・・。

粗筋だけ見ると、非常に陰惨なお話のようにも見えるが、とにかく賑やかな劇で、楽しいシーンがいっぱい。アフリカのジャングルのトタン屋根の酒場。カラフルなセットと衣装や照明。生の音楽に合わせて、Sophieが歌い、JosephineやSalimaが体を激しくくねらせて踊る。テンポの良い会話を、役者の演技力が支え、ユーモアもたっぷり。それぞれのキャラクターも個性が良く出ていて、魅力的。特に美人のMama Nadi(Jenney Jules)と臆病だが気の良いChristian (Lucian Musamati) の丁々発止のやり取りは楽しめる。Mama Nadiに破局が訪れた後、最後の幕切れは希望を抱かせる(ここはアメリカ人の作品らしい?)エンディングで、ほっとする。

Jenny Julesは、ほっそりした体ながら、口をへの字に曲げて、啖呵を切ると,迫力満点。複雑なキャラクターを名演。Lucian Musamatiはしばらく前にBBCで放映されたドラマ、"The No. 1 Lady's Detective Agency"でやっていた役柄とそっくりだが、あのドラマでと同様、ちょっと強い女性をサポートする役柄がうまい!大変表情豊かな俳優だ。酒場の女性達を演じた俳優も皆それぞれに魅力的。また、Commander Osambengaを演じたSteve Toussaintは堂々とした体躯で、恐ろしさを良く伝えていた。

上記のように、セットや照明、音楽、振付などが、劇の効果を格段に高めていて、裏方の力を強く感じさせた。演出のIndhu Rubasinghamは名前からしてインド系の人だろうか。まだ大変若い人だが、大きな才能を感じさせ、注目株!今後の演出作品に期待したい。

(追記)先週まで3回シリーズでBBCで"Welcome to Lagos"というドキュメンタリーをやった。ナイジェリアのスラムに住む貧しいがたくましい庶民の暮らしを、肯定的に明るく描いた作品。アフリカに少しでも興味のある人には、いやアフリカの事を知らない私なんかには特に勉強にもなるし、第一、見て楽しいドキュメント。イギリスに住んでおられる方には、iPlayerでご覧になることをお勧めできます!ナイジェリアって、マスコミでは不安な政情、腐敗した政権、民族対立などが伝えられることがほとんどだが、こんな素敵な人達が住んでいるんだ、と思わせる。


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6 件のコメント:

  1. こんにちは、遊びに来ました。
    深刻な問題を扱って上等なエンターテインメントになっているのはすばらしい。
    戦争で迷惑をこうむるのは、いつも社会的弱者なんですよね。
    レイプされてRuined呼ばわりなんて、理不尽。
    それでもアフリカの人は底力がある。大地に根付いたものでしょうか。

    アフリカ関係では、BBC4でやっていた『Lost Kingdoms of Africa』も、アフリカにヨーロッパにも負けない文明があったことを検証して、興味深かったです。

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  2. Lokiさま、コメントありがとうございます。

    アメリカの劇って、テネシー・ウィリアムズなど現代古典が上演されることが多いのですが、この劇は珍しく新作でした。とても楽しくて、しかもシリアスな内容で、満点です。

    この週末にも、コンゴで新たに多数の人々が虐殺されたというニュースがありました。今のアフリカはしばらく前に比べて随分安定した国が多くなり、経済成長もめざましいと報道されていますが、紛争地帯ではまだ悲惨な事件が絶えませんね。

    "Lost Kingdom of Africa"のこと、教えてくださりありがとうございます。最近テレビやDVDなど見過ぎなんですけど、時間があったらiPlayerで見てみます。Yoshi

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  3. Yoshiさま。
    こんにちは。
    RUINED、すごい演劇ですね。とても観たくなってしまいました。
    インドで問題になっているマオ派関連の事件もそうですが、グローバル企業が元になっている途上国における鉱物の奪い合いは、本当に悲惨な結果を招いています。しかし、アフリカでは、レイプが戦略になっているとは・・・。
    Lynn Nottageの創作への姿勢が非常に素晴らしいと思いました。例えば、彼女の作品を観るのではなく、読むことも出来るのでしょうか。本当に素人ですみません。

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  4. tomokoさん、コメントありがとうございます。

    "Ruined"はピューリッツア賞を取ったくらいですから、英語では出版されています。Amazon.comか、Amazon.co.ukを検索してみて下さい。Nottageの作品は他にも幾つかプリントされています。和訳はまだないようですね。

    アフリカでは、色々な国々でレイプの被害が甚大なようです。アフリカ一の先進国、南アフリカ共和国でも非常に酷い状態です。男性の4人に1人はレイプをした経験があるという数字もあります。そちらのブログで、インドにおける家庭内暴力についても読ませていただきました。多くの国で、女性の地位向上と女性への暴力の廃絶は、まだ途についたばかりですね。Yoshi

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  5. このたび、大学のレポートでRuinedについて書くことになりました。
    作品中のRuinedという意味について書こうと思っております。
    よろしければ、Yoshiさんが、考える意味についてお伺いしたいです。

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  6. 匿名の方へ、

    コメントありがとうございます。私は2年半前にこの劇を一度見たきりなので、すっかり記憶が薄れ、今から何か意味を考えると言ってもとても無理です。書けることは、当時、上の本文に書いたと思います。むしろ、そちら様は大学の講義か演習でこの劇や背景について勉強されたのでしょうし、既に作品のテキストを読んでおられるのかも知れませんね。だとすれば、むしろ私の方こそ、是非コメント欄で何か教えていただけると嬉しく思います。 Yoshi

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