2010/09/15

『叔母との旅』(青山円形劇場、2010.9.12)

一糸乱れぬチームワークの素晴らしさ
『叔母との旅』 



シス・カンパニー公演
観劇日: 2010.9.12  15:00-17:10
劇場: 青山円形劇場

演出: 松村武
原作: Graham Greene
脚色: Giles Havergal (ジャイルズ・ハヴァガル)
翻訳: 小田島恒志
美術: 松井るみ
衣装: 伊賀大介
照明: 小川義雄
音響: 加藤温 
制作: シス・カンパニー

出演:
段田安則
浅野和之
高橋克実
鈴木浩介

☆☆☆☆ / 5

小説家グレアム・グリーンが1969年に発表した小説をジャイルズ・ハヴァガルが巧みに脚色。4人の俳優が20数名の人物を演じ分ける。ひとりの俳優 が複数の人物を演じ分けるのは良くあるが、それに加えてこの作品では、ひとりの登場人物を複数の人物が演じることも頻繁に起こる、つまり双方向のベクトルでコンスタントに演じ分けるのであるから、複雑だ。脚本が良く出来ているのでほとんど混乱は無いが、しかし、その脚本を生かすためには、4人、特に中心となる3人が大変な芸達者でなければいけない。台詞回しが上手く、表情豊かに登場人物を演じ分ける必要がある。更に、今回の上演では特にフィジカルな動きが、大変テンポが良く、台詞と動きが実になめらかなタイミングで結びついていて、小気味よい。

劇は、ヘンリーという銀行マンを早めに退職した極めて保守的でお堅い性格で、孤独な独身男の主人公、そして彼の叔母で、彼とは対照的に破天荒な、浮き沈みの激しい人生を送ってきたオーガスタとの世界各地への旅を描く。オーガスタは既に70歳代でありながら、彼女を慕って世界の果てまでもついてくるワーズワースという黒人の恋人や、かってはナチスに協力し、最近は非合法の怪しげなビジネスを営んでいるヴィスコンティという恋人もいる。ヘンリーは、叔母との旅を通して徐々に自分の堅い殻から抜け出して、人生の喜びと不思議さを教えられることになる。叔母との旅は、ヘンリー自身が内に秘めていたアイデンティティーを取り戻す旅となった。

役者の芸を楽しませること以外に、なぜこのように複数の役者で1人のキャラクターを演じ分けたりする必要があるのだろうか、と考えた。人間ひとりの人生、備わった性格、アイデンティティーといったものも、実は様々の要素の集まりで、常に揺れ動き、有機的に組み合わせられたり、また消えていったりして変化し続けるーそういう事を言いたいのだろうか。人生は流れゆく旅、人は常に変転し、死ぬまで自分がどんな人物かなんて分からない。世界を舞台に旅をしつつ、様々の変化を遂げるヘンリーとオーガスタを見ていると、世界は劇場、劇場は世界、そして人は皆役者と言った誰かを思い出さざるを得ない。観客席に囲まれた(ベケットにふさわしいような)円形の何もない舞台(グローブ座の様に、地球の縮図とも言える)も、その事を意識させた。オーガスタとヘンリーは、目的地の定まらぬ旅をするウラディミールとエストラゴン的なコンビか。

非常に難しい素材を、一糸乱れぬチームワークで演じきる4人の、芸の冴えは並大抵のものではない。特に今回、フィジカルでテンポの速い演技が続くが、段田、浅野が夢の遊眠社出身であるのはプラスになったかも知れない。この2人と比べ、高橋の台詞が(悪いわけではないが)ややゆっくりであったのが少し気になった。この劇は、私は見ていないが、1995年に安西徹雄演出、橋爪功、有川博、勝部演之主演で上演されて、大変好評だったようだ。比べて見ることが出来る方にとっては一層面白そうだ。橋爪功がどうやっただろうか、と想像すると、段田と浅野の演技は、やや垢抜けすぎているのではないかという気はする。というのは、オーガスタ叔母さんは、70歳代で、黒人ワーズワースを激しいセックスで狂わせ、昔からの恋人と密輸事業などで金を稼ぐなどの怪物ばあさんなのであるが、彼女の毒々しさはあまり感じられなかったと思う。ワーズワースのキャラクターについては、黒人をステレオタイプとして捉えユーモアを作り出しているが、黒人観客だったら、あまり良い気分がしないと思う。非常に面白い戯曲だが、現在の英米では上演が難しいのではないか。

段田安則、浅野和之のふたりは、台詞の確かさとフィジカルな動きの素晴らしさを併せ持つ素晴らしい俳優。ただし、既に書いたようにちょっと垢抜けすぎという印象。高橋克実の個性から来るユーモアがそれをカバーしている面があった。イギリスで言うと、CompliciteやKneehigh Theatreの公演を思い出させる面がある。ということは、もっとヴィジュアル面で、映像や音楽を豪華に使っても面白くなるだろう。今後、他の劇団でも違った演出による上演を期待したい。

(追記)昨日可愛い歌手として、容姿を売りものにデビューしたような「タレント」が、たちまちテレビドラマの主役などに抜擢されるのが日本の芸能界。一方で演劇学校や研修所で長年研鑽を積み、下積みで努力して、演劇に関する知識も台詞回しも動きも熟練した俳優でも、プロとして生活をするのも難しい。しかし、このような上演を見ると、俳優のプロフェッショナルとしての技術の凄さに圧倒される。ひとりでも多くの観客が、このような作品を評価し楽しんで欲しい。


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2 件のコメント:

  1. やっぱり見たくなりますよ、いいといわれる劇評をよむと。
    日本ブログ村、演劇ランキング 3位でしたね。クリックしました。
    楽しみがふえて、いいですね。

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  2. ミチさん、コメントありがとうございます。

    この上演は実に良くできていましたが、イギリスには日本以上にたくさんの優れた公演がありますから、機会がありましたら、そちらでお楽しみ下さい。Yoshi

    返信削除