2010/09/06

優秀なはずの日本のサービス業だが、劇場は全然駄目!

前回に引き続き、イギリスと比較して、観客の立場から見た日本での観劇の問題点について書く。今回は劇のチケットについて。

何と言ってもチケットが高い! 商業劇場の歌舞伎とかミュージカルなどだと、1万円は優に超える。ウエストエンドの商業劇場での最高のチケットが50ポンド強(現在1ポンドは133円程度)だから大分高い。ただ、これはかなり異常とも言える円高と、日本の平均収入の高さを考えると、ある程度割り引いて考える必要はある。問題はむしろ(国)公立の劇場のチケットの高さ。7000円とか8000円というレベルのチケットが多いが、National Theatreなどで一番高いチケットの40ポンド程度と比較すると割高(新国立劇場では比較的安く抑えてあるのは大いに評価したい)。National, Donmar, Almeidaなど、国庫からの補助金を受けている劇場は、20から30ポンドで十分に良い席を購入できる。Nationalは毎年夏には、10ポンド(1350円程度!)のチケットも大量に売り出す。更に、イギリスの劇場は様々な安いチケットがあるが、日本では2種類、精々3種類しかない。一番前の埃や唾の飛んでくる席が、最高の値段で売られていたりする。ひどいのは、視界がさえぎられ、ステージが十分に見えない席でもほとんど安くなっていないこと。これは詐欺同然だ! イギリスの劇場だと、柱一本がわずかに視界をさえぎっても、値引きされている。その背景には、ほとんどの劇場で、席がひとつひとつ選べるという事実がある。例えば、NationalとかDonmarのチケットをインターネットで購入する場合、劇場の席の見取り図が出て来て、どの席が幾らの値段か、視界がさえぎられるかどうかなど、はっきり知った上で席を指定できる。窓口で買っても同じである。また、マチネ割引や、年配者や学生への割引、当日開演前の空席割引など、色々な割引チケットもある。更に、商業劇場の切符でも、劇場公認のハーフプライス・チケットなどが広く売られている。

イギリスの演劇チケットの安さを支えているのは、Arts Councilを通じた国庫による手厚い財政的補助であることは言うまでもない。National Theatre, Royal Shakespeare Company, National Theatres of Scotland / of Wales, Royal Courtなど、国立、あるいはそれに準じる組織を持つ劇場・劇団が、私の知るだけでも5つある。しかし、それ以外にも、数限りない小劇団、劇場、地方劇団等が国庫によって大きく支えられている。Donmar WarehouseやAlmeida Theatreなどが国際的な評判を呼ぶような公演を次々と打てるのも、収入の多くを補助金によって得ているからだ。おかげで、私が買うチケットの多くも20-25ポンド程度のことが多い。それでなければ、これほど頻繁に劇を見られない。それでも結構中ぐらいの席で見られる。

この点で日本の文化行政の貧困を嘆いても仕方ないとは思う。演劇だけでなく、文化全般に対する、国家や国民の社会的な価値判断の低さに起因しているから。文化については二流の国家と思われても、税金を多く払うよりはまし、というレベルの国民だから(註)。日本という国家は、福祉や医療、教育も含め、ヨーロッパに比べると全てに関して、低負担・低サービスの国だからね。日本には日本芸術文化振興会という日本版Arts Councilがある。予算レベルなど、詳細は私は無知だし、また日本の場合豊かに存在する伝統芸能に資金をかなり回す必要もあり、一概に比較できない事は理解している。

問題にしたいのは、劇場のチケット販売の不親切さだ。どうして、もっと細かく価格設定が出来ないのだろう。そして特に、ステージが見づらい席、視界がさえぎられるような席をトッププライスで売るのだろう。例えば大学生が5千円から1万円近い額をアルバイトで貯めて、始めて演劇を見たとしよう。張り切って行ってみたら、席がひどくて肝心の場面が半分しか見えなかったとしたら、もう劇場なんか来るもんか、と彼/彼女が思っても仕方ないではないか。実際、井上ひさしの"Musashi"の日本での公演では、肝心の巌流島の決闘の場面で、2人のうち1人しか見えなかったという観客の話を人づてに聞いたが、劇場の良心を疑わざるを得ない。そういう席は予め断って、半額くらいにして欲しい。

また、イギリスの多くの劇場では、チケット購入後も、劇場窓口に行けば空席がある限り、観劇日を変更したり、席を変えたりすることも出来ることが多い。私も度々そうして貰ってきた。更に、National Theatreなど、リターンを受け付けてくれるところもある。

我々は、日本のサービス業の良さを誇ることが多いが、劇場に関してはこれは全くあてはまらないね。

(註)以前にイギリスの新聞オブザーバーにロイヤル・バレーのプリマ、Tamara Rojoが国家の文化補助について寄稿していた。その時に彼女がひどい国の例として日本の出来事を上げていたのを思い出す。ロイヤル・バレーが日本でバレーの公演をした時のこと、公演のあとで食事に行くと、そこについ今し方まで同じ作品で一緒に踊っていたダンサー達が、ウエイトレスとして働いていて驚愕したそうである。日本でダンサーをするには、そこまでしないと生活出来ないのか、と食欲を失ったそうである。彼女が日本の状況を十分理解しているかどうかは分からないが、それにしてもそういう印象を与えてしまうなんて日本の恥だ。その記事はここで


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8 件のコメント:

  1. ライオネル2010年9月7日 0:07

    ほんとに日本のチケットって高いですよね。
    それも、セリフも言えないようなアイドルを出演させて、高いわ、下手だわで・・・・
    テレビや映画も2世スターが多くて親の七光りで仕事してるもんで、実力のある新劇の若い俳優たちに仕事が回ってきません。
    私も、日本での観劇はめっきり減りました。
    以前は1か月に1本、みない月なんて、なかったのですが…・
    大阪のホールも減って・・・・橋下知事になってからは、公共のホールはほとんど、封鎖です。
    今は、無駄に見ないでロンドンで見れたらなとおもっています。

    そうそう、大阪の新歌舞伎座がリニューアルなんですけど、ガクトの「眠り狂四郎」はチケット代3万円からですって・・・・

    俳優座がシアターχで9/20から「樫の木坂四姉妹」を公演しますが、俳優座の看板女優3人が出演しています。
    岩崎加根子、大塚道子、川口敦子さんたちです。
    この3人の共演、次があるかわかりませんので、よろしかったご覧ください。こちらはこの豪華顔合わせで5250円です。
    私は9/1の昼に見ます。
    もしご覧になるなら、チケット手配をさせてください。→俳優座の回し者です。ヘヘ

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  2. ライオネルさま、コメントとチケットのお申し出、ありがとうございます。チケットの方は、とても内容の有る作品のようですが、この公演の時期のほとんどの期間、九州の実家に帰省することと、私が普通日本で見る作品は限られているので(英米演劇、およびギリシャ劇などその関連作品)、この演目は遠慮させていただきたく存じます。ご好意を生かさず、恐れ入ります。

    私は10年ちょっと前くらいから、シェイクスピアやウィリアムズなど、主に英米演劇の翻訳上演を見るようになったのですが、日本の演劇全体の流れには疎いです。ライオネルさんから見ると、状況は段々悪くなっているのですね。

    ウェストエンドも、ハリウッドやテレビ界のスターを持ってきて客を集める公演が良くあります。ただ、イギリスの舞台の場合、そういうスターでも、少なくとも平均的な演技力はありますね。しかし、努力とか実力が報われないのが、洋の東西や今昔を問わず、この世界に生きる人々の宿命ではないかとも思います。実力あるのに下積みで苦労されている人々が沢山おられるのは重々承知しておりますけれど。

    私は新劇の世界をほとんど知らないし、新劇の劇団に特に関心を持っていません。私のような、時々芝居を見るけど新劇のことはよく知らない人間が新劇に行きたい、と思うようにならなければ、あと10年後、20年後の新劇劇団の存立は危ういように見えますが・・・。たまに新劇の公演に行くと、年配の観客がほとんどですから。 

    ご気分を害することを書いてしまったかも知れませんが、お許しください。Yoshi

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  3. ライオネル2010年9月7日 21:32

    押し付けまして、申し訳ありません。
    新劇の観客層は、平均年齢が高くて、皆様、若い時から観劇をはじめて、途中、子育てや、介護などで、中断しながらも、見続けて。その劇団を応援してきていらっしゃるのだとおもいます。
    劇団を維持するために若い観客を取り込まないといけないけど、それが難しいようですね。
    私は、俳優座のブレヒトやシェークスピアが好きでファンになり、毎公演見たいのですが、経済的にはそうもいかなくて。

    10月に上京した時は新国立劇場で「ヘッダ・ガブレル」に青山眉子さんが出演するので、見ますが・・・・・わたしとして、大地真央は?マークです。
    ロイヤル・バレーのプリマの話で思い出しましたけど、モスクワのユーゴ・ザーパドの親しい俳優は、終演後、白タクの運転手をして生活費を稼いでいます。
    モスクワも物価の上昇で生活が厳しいのでしょうね。
    時差ぼけはいかがですか?
    こんなに暑いと、時差ぼけでなくても、ボーとしています。

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  4. ライオネルさま、

    新劇で頑張っている方々が日本の現代演劇の下支えをしていることは私のような者でもよく分かります。あまり上手くないスターが主役で出ていても、まわりの新劇劇団所属/出身の方がしっかりサポートして劇が厚みを持てている事が多いと思います。若い芸達者も有能な演出家も出てくるし、新劇の劇団が日本における演劇学校の役をしていますね。

    ただ何故か日本の芸術集団って、ひとつの流儀を作ってしまうとその枠組みを壊しながら未来に続くのは難しいですね。もともと歌舞伎もそうやって固まってしまったところから生まれた伝統演劇なんだろうと思います。新派、新国劇、宝塚、新劇各劇団、そして、その後のSCOTや状況劇場などアングラの各グループと、伝統芸能を別にしても日本には実に色々な個性の劇団があるのですね。イギリスでは、どんどん壊し、混ぜ合わせ、作り直す、という感じで、常に新しくなければ生き残れない、という傾向がありますね。日本はそれぞれの個性を伝統を作って守り、それぞれについてくるファンを大事にして棲み分けるているように見えます。だから、昔からの観客と一緒にその命を全うしようとしているように見える劇団もありますね。

    新国立の『ヘッダ・ガブレル』、私も見ることにしています。主役は疑問符でしょうけれど、一応、イプセンはなるべく見ておきたいので。

    ロシアの芸術家、他国に沢山来て仕事して居るみたいですね。日本の文化予算が乏しいと言うけど、ロシアの文化補助は大変ひどいとイギリスのマスコミで読みました。

    時差ボケか暑さのためか、毎夜午前2時から4時くらいまで目が覚めるのが癖になっています。それで昼間はボーッとしています。でも私は買い物と食事の用意さえすれば良いので大丈夫です。ライオネルさんこそ、どうかお身体に気をつけて。 Yoshi

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  5. 私も里帰りの時には、あらかじめ観たい芝居をチェックしているのですが、日本のチケット販売には疑問があります。
    大抵の人気舞台は一般販売初日にはほとんどチケットが残っていない状態なのだそうです。

    クレジットカードの特典や各種の優待、いろんなチケットサイトでの先行販売(?)とやらが多くあって、発売初日に申し込んでも端や後ろのほうの席しかない、という状態です。ただでさえ公演日数が限られているというのに。
    しかも申し込みには座席指定できないのが当たり前で、「チケットを買う」というよりは、「当たりかハズレか」まさに宝くじを買う心境なのだそう・・・

    関係者やスポンサーに多少のチケットが回るのはある程度は解りますが、あまりに一般観劇者を馬鹿ににしているような気がします。だから日本では「芝居を観に行こう」という意識がなかなか一般的に文化として定着しないのでしょう。
    残念な事です。

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  6. まやさん、コメントありがとうございます。確か初めてのコメントですね。今後もよろしくお願いします。

    劇場やチケット販売業者にも色々と言い分はあると思いますが、イギリスと単純に比較すると、おっしゃるように大変不便ですし、不公平ですね。それが演劇マニアや特定の役者の熱心なファンしか劇に行かなくなる一因だと思います。公演関係者に流れるチケットの枚数はそれ程多くは無いと思いますが、おっしゃるように、先行販売によって多くのチケットを売ってしまい、一般販売の時には「一般」とは名ばかりで、かなり限られた枚数しか残ってない公演も多いように思います。また、公演期間が短いですから、言った人の評判や新聞の劇評で確かめてチケットを買うことも大変難しいです。

    ただし、私個人は、あまり値段も高くなく、切符も買いやすく、西洋古典をよくやり、しかも演技のレベルは高い新劇の切符にかなり見たいものがあります。 Yoshi

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  7. いまさらながらのコメント失礼します。
    この件は、イギリスから戻って日本の芝居をまた見始めたとき強く感じましたが、いつのまにか慣れてしまいました。もっと実情を比較できるものが声を上げ続けなければよくなりませんね。
    ちなみに座席の値段の段階付けは韓国ではイギリスのように細かく行われているとのことです。いまや韓国のほうが日本より演劇状況に関しては作品も含めて、先進国であることは確かなようです。

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  8. blank101さま、こちらにもコメントありがとうございます。

    昨日私は銀座でIliasを見てきましたが、後ろから4分の1くらいの席なのに値段は1万円。パンフレットは1500円。これじゃ演劇は金持ちの道楽ですね。もうあそこには余程の事が無い限り行けないと思いました。実際、昨日行ったのも何年ぶりかでしたけど。 Yoshi

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