2010/09/05

日本の観客は見る劇を選ぶのに一苦労

日本に帰ってきて、たまには東京の劇場に行きたいとは思うのだが、日本では、熱心な演劇ファンをのぞくと、見る劇を選ぶのは大変だと痛感する。月刊『シアターガイド』を買って眺めているが、東京では実に沢山の劇をやっている。しかし、どれが良い公演なのか、私の好みの作品なのか、分からない。この雑誌、貴重な演劇専門の情報誌なんだけど、420円払って200ページ超の広告誌を買っているようなものだ。劇や演劇人の紹介だけ。紹介や演劇人の対談、それ以外はひたすら褒めてある。つまり評価がない。劇評と言えるものがない。ある意味、ブログより役に立たない。まったくの素人のブログのほうが正直だ。だから、結局日本では日頃からコンスタントに劇を見て、演劇情報に精通している人しか、何を見て良いのか分からない。新聞などで評判になっているから、ひとつ劇場に出かけてみよう,なんて言う人がイギリスでは結構いるが、日本では劇場は演劇ファン以外の人は近づきにくい。

イギリスなら、場所やスケジュールを調べるための情報誌(TimeOutなど)でも、短評は載っており、5点満点の評価がしてある。インターネット上の情報サイト(WhatOnStage.comなど)などは、詳しい評論が載っていることが多い。チケット販売サイトなどでは、新聞での評価が載っている。その新聞の劇評は、テイラー、ビリントンやスペンサー、クラップなど、時として演劇人やファンから批判を浴びつつも、演劇ファンに絶大な信頼を得ていると言って良い。彼らが良い劇を見いだすと同時に、つまらない劇を厳しくけなすことで、イギリス演劇界の発展が助けられている面は計り知れない(註1)。演劇ファンにとっては、大変ありがたい存在だ。今はインターネットで読めるが、以前は劇評を読むためだけでも新聞を買ったものだった。蜷川の『ハムレット』をバービカンで見た後は、批評家がどう見ているか、4紙か5紙の新聞を買って読み比べたことを思いだす。

しかも最近では、新聞の劇評にインターネット上でブログみたいにコメントを書き込めるようになったので、劇評家の批評に加えて、他の演劇ファンがどう感じているのかも同時に知ることが出来るし、自分の感想さえ書き込める。それに対し、ビリントンやガードナーが返事のコメントをしてくれたりもする。

以前にも書いたけど、日本の演劇の世界も、日本における他の分野(例えば学問の世界も、分野にもよるとは思うがほぼ同じ)、実に内向きで村社会なのだろうと推測する。劇評を書く人は、豊かな鑑識眼を持っていても、解説や紹介しか書いていない。読者や観客の方を向かず、「先生」と呼ばれる大御所の演出家、脚本家、役者に気を遣って、一番肝心の「評価」をしないのではないか。イギリスの批評家は、「こんなもの劇場にかけるべきじゃない、出直せ」なんて時々書くが、日本だとそう言うことを書くと劇評家として終わりなんだろうな。

そこで、ブログの価値が出てくるのだが、それ程色々と読んだわけではないので良くはわからないが、日本人の書くブログの多くが、役者のファンサイトみたいに誰それが好き、とか、情報のみのブログが多く、それ程詳しくもなくて、劇を選ぶ上であまり参考にならないようだ。一銭も稿料を貰っていないブログだから、当然それぞれの筆者が好きなように書けば良いわけだけど、劇評らしい劇評を目ざすブログって、意外に少ないように見える。

ちなみに私自身は、自分には劇評を書くだけの英語力や鑑識眼がないので、自分のブログでは、感想は書いても、「劇評」とか「レビュー」と言う単語は、(うっかり書いてしまうことはあるかも知れないが)、原則として一切使わないことにしてきた。それでもあえて星をつけて評価を示し、自分が良いと思ったかそうでないかを書き、その理由をなるべく具体的に示そうと心がけてはいる。自分が良いと思ったか、良くないと思ったか、そしてそれは何故か、下手な文章だがそれだけは書きたい。

先日書いた対談で、スタンリー・ウェルズが、RSCは観客の方を向いてない、と批判したが、日本の演劇批評も、5千円も1万円も払って劇場に通う観客ではなく、演劇関係者の顔色をうかがっているのではないか。多民族多文化の開かれた競争社会のイギリスと、基本的に日本人だけの村社会の文化の差と言えばそれまでだが・・・。

さて、この帰省中、どの劇を見たものか・・・。

(註1)先日のブログで書いたビリントンとウェルズの対談において、ウェルズが、ビリントンに対し"Morte D'Arthur"に甘い評価をしたことを繰り返し皮肉っていたことを思い出す。イギリスの批評家は、自分の意見をちゃんと言わず、いい加減に褒めると信用を落とすことになると感じた。


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