2010/08/28

"All My Sons" (Apollo Theatre, 2010.8.27)

20世紀の古典を名優が見事に表現
"All My Sons"



観劇日:2010.8.27  19:30-21:50
劇場:Apollo Theatre (West End)

演出:Howard Davies
脚本:Arthur Miller
デザイン:William Dudley
照明:Mark Henderson
音響:Paul Groothuis
音楽:Dominic Muldowney

出演:
David Suchet (Joe Keller)
Zoë Wanamaker (Kate Keller)
Stephen Campbell Moore (Chris Keller)
Jemima Rooper (Ann Deever)
Daniel Lapaine (Geroge Deever)
Steven Elder (Dr Jim Bayliss)
Claire Hackett (Sue Bayliss)
Tom Vaughan-Lawlor (Frank Lubey)
Olivia Darnley (Lydia Lubey)

☆☆☆☆☆ / 5

Arthur Millerの1947年の名作を、かってMichael Billingtonが現役最高の演出家と評したHoward Daviesが、David SuchetとZoë Wanamakerという最高の主役を得て上演。これで成功しないはずはない。実際、ケチのつけようのない公演で、大いに満足。すでにHaward Daviesはこれを2000年にNTのCottesloeでやっており、今回はその再演のようで、デザイナー、照明、音楽、音響などは同じスタッフ。前回の主演はJames Hazeldine, Julie Waters, Ben Daniels。私もその2000年の公演を見て、非常に感激したことだけははっきり覚えているのだが、いつもながら、中身は忘れてしまっていた。今回再演を見られ、本当に幸運だった。

(概略)第2次世界大戦後すぐ(1946年)の、アメリカの住宅地の庭。Joe Kellerは成功したビジネスマンで、息子のChrisも自分の会社で働かせている。しかし、もう一人の息子Larryは、戦地で3年前に行方不明になり帰って来ていない。JoeやChrisはもう諦めているが、母親のKateは諦めきれず、いつ帰ってくるかと毎日待ちわびて、精神不安定。

LarryにはAnn Deeverという婚約者がいた。彼女は、Joeの元の部下Steve Deeverの娘。このSteve Deeverは、戦争中にJoeの工場で働いている時、軍用機の部品の欠陥を放置して出荷したという罪で、今は刑務所で服役している。その部品の欠陥のために、多くの人命が失われたのだった。Ann Deeverは結婚もせず、Keller家の人達から見ると、彼女もLarryの帰還を待っているかのようにも見えた。その彼女がこの日、Keller家を訪れる。しばしAnnとChrisがふたりきりになった時に分かるのは、AnnはChrisが好きであり、彼が自分にプロポーズするのを待っていたということだ。Chrisのほうも、行く方不明の兄弟のことがあって口に出来なかったが、内心はAnnを慕い続けていた。この時、ふたりは結婚の約束をする。しかし、Larryの生存を信じ続けているKateは、それを聞いて、許せない。Annが、LarryではなくChrisと結婚すると言う事は、行く方不明の息子が死んでしまったと認めることでもあるからだ。

そうしているうちに、突然Annの兄弟のGeorgeから電話があり、これからJoeの家にやってくると言う。彼は、父親のSteve Deeverに刑務所で面会したばかりだった。Steveは裁判の時から、自分は部品の欠陥に気づいてそれをJoeに報告したが、Joeは欠陥があることを無視して部品を出荷するように部下に命じた、と主張していた。父親の言う事を信じるGeorgeと、それはSteve Deeverの責任逃れの嘘だと言うChrisやJoeとの間に、激しい口論が始まる・・・。

成功したビジネスマンであるJoe、ひとりは戦死したが、もうひとり、自分の仕事を継いでくれる頼もしい息子がいる。しかし、彼には、Steve Deeverとその一家との、複雑な関係が重くのしかかっていて、逃れられない。仕事上でのミスの責任をめぐってのSteveとのトラブルに加え、Larry、Chris、Annの一種の三角関係、そしてLarryのほぼ確実と思われる戦死をめぐっての妻のKateの気持ち。更に、BaylissやLubeyといった隣人の言葉を通じて、彼らが町の人々から疑われている事も、夫婦に影を落としている。Arthur Millerは、アメリカン・ドリームを実現した男の、公私の裏表をえぐりつつ、アメリカ合衆国という国の二面性を突く。いつも不機嫌そうな顔をし、仏頂面をしているイギリス人などとは違い、アメリカ人とアメリカ文化は、快活でポジティブ、変化やチャレンジを望み、経済的、かつ社会的な上昇志向のイメージを投影し続ける。しかし、それだけに、アメリカ人やアメリカ文化のはらむ表裏の懸隔は、より大きくなりかねない。人生の明るい面ばかりを見ようとする時、否定的な面に目をつぶり、自分や自国の暗い過去や、他人に与えた痛みにも蓋をしてしまいかねない。それがアメリカ人作家によって、繰り返しアメリカン・ドリームの挫折や欺瞞として描かれてきたが、Millerのこの作品や、"Death of a Salesman"はその代表的な演劇作品だろう。また、更に、資本主義社会の拝金主義がもたらした人間破壊を描いてもいる。

と同時に、この劇は、アメリカ合衆国というひとつの国や文化のはらむ問題点を描くだけでなく、ユニバーサルな視野を持つ傑作だ。20世紀以降、アメリカ以外のの多くの国民も個人のレベルでここに描かれているのと同様の陥穽に陥っている気がしてならない。Joe Kellerの問題は、日本の多くの企業人や公務員にとっても、他人事ではないはずだ。職場で内向きの論理で処理した、あるいは見逃した瑕疵や不正が後になって注目されるケースは、例えばToyotaの最近の失敗や社会保険庁をめぐる数知れない問題なども思い起こさせる。企業の力が非常に強く、内部では個人の自立性や正義感が滅多に機能しない日本人にとっても、Arthur Millerのふたつの代表作は大変痛切だ。

原作が良いから、誰がやってもある程度面白くなると思うが、Keller夫婦を演じる2人は、上手く表現できないが、深い陰影のある、素晴らしい名演。また、若い3人、Stephen Campbell Moore (Chris Keller)、Jemima Rooper (Ann Deever)、Daniel Lapaine (Geroge Deever)も説得力充分。ガーディアン、デイリー・テレグラフ、What's On Stage、などが揃って5つ星の絶賛をしている。去年の"Life is a Dream" (Donmar)、今年の"After the Dance" (National Theatre)と並んで、深く心に響く作品。この夏最後の観劇で、最高の作品と出会うことが出来、幸運だった。


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5 件のコメント:

  1. Yoshi さん、クリックしてきました、よ。(なんて、いちいち言うのは、ちょっとオバン、いえ、オ婆っぽくて、いけませんね。黙ってクリックするのが、美的に上だとおもいながらも、ついつい・・・。)
    ご帰国前の 「この夏最後の観劇」とかで、最高の作品と出会われたとか、ほんとうによかったですね。

    見たいです。ぜひぜひ。
    でも、見ることができるかどうか、さっぱり。
    1947年って特別なトシだから・・・(笑)。

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  2. ミチさん、早速、今日2つ目のコメントをいただき、ありがとうございます。

    ところで、クリックは一日に1回分しか加点されないそうです。

    これは良い原作だし、俳優は最高ですのでお勧めしたいです。

    ただし、人気が高いので、安売りチケットは出ないと思うし、ウエストエンドの商業劇場なので、かなり高価です。地方から来られるとマチネで見て日帰りなさっても、交通費や食事代など含めると大変な出費になりますね。それに今から切符が買えるかどうかも不確かです。 Yoshi

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  3. ライオネル2010年8月28日 21:59

    コメント入れようと、おもっていたら、更新のスピードに追いつきませんでした。へへ
    この芝居、2000年に上演していたんですね。知らなかった・・・・・今回見ることができるのはラッキーとしか、思えません。
    しっかり本を読みこんで挑みます。(ダントンも)
    どちらも完成度の高い舞台のようですね。
    リビントンの対談も興味ぶかいです。
    rscのことも、少し分かりかけましたけど・・・・・ここのところrscの舞台を見ると、「失敗」感をかんじます。
    俳優より演出が疑問なんですけどね~

    お気をつけて、ご帰国してください。
    暑すぎて、元気なものでもバテますから。

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  4. ライオネルさま、コメントありがとうございます。

    "All My Sons"、渡英中に見られるのですね。良かったですね。きっと楽しまれることでしょう!"Danton's Death"は、私は大変好きなタイプの劇ですが、大方の評価は分かれるようで、不満の声もありますが、良い役者が揃っているし、セットもすっきりしてきれいで、少なくとも平均点以上です。

    RSCは日本の伝統芸能とは違うので、伝統を守りつつ、新しい試みをし続ける宿命ですね。歌舞伎と違い、伝統をしっかり守り芸を磨くだけでは客は納得しません。守ることと、実験のバランスが難しいでしょうね。演出家は存在価値をアピールするために、ついついプロダクションの独自性を出すことに気を取られるのでしょう。でも本数だけはちゃんとやって欲しいと思います。Yoshi

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  5. もうすぐNHK衛星放送でポワロ−シリーズが数回放送されますが、そのひとつのエピソードで、この劇の主役3人、Suchet、Wanamaker、Rooper、が一度に会しているのに気づきました。それで、一緒にやろう、と言うことになったのかなあ。

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