2010/08/15

"The Beauty Queen of Leenane" (The Young Vic, 2010.8.14)



老いた母親と、彼女に縛り付けられた娘の葛藤
"The Beauty Queen of Leenane"

The Young Vic公演
観劇日:2010.8.14 14:30-17:00
劇場:The Young Vic Theatre

演出:Joe Hill-Gibbins
脚本:Martin McDonagh
セット:Ults
照明:Charles Balfour
音響:Paul Arditti
方言指導:Majella Hurley
衣装:Catherine Kodicek
衣装制作:Yoko Yamano

出演:
Rosaleen Linehan (Mag Folan, mother)
Susan Lynch (Maureen Folan, daughter)
David Ganly (Pato Dooley)
Terence Keely (Ray Dooley, Pato's brother)

☆☆☆☆ / 5

1996年に初演された、アイルランドの劇作家Martin McDonaghの第一作。彼は、悲惨な暴力をブラック・ユーモアで包んで見せる不思議な作家。好き嫌いが大きく分かれる作風だが、日本でも邦訳されて商業劇場で多くの客を集めて公演され、好評を博している。この作品は2007年から2008年にかけて、パルコ劇場と大阪のシアター・ドラマ・シティーで、白石加代子、大竹しのぶ主演、長塚圭史演出で上演された。私は日本公演も見たが、二人の芸達者な女優の丁々発止のやりとりが大変強く印象に残っている(筋書きはすっかり忘れていて、情けない。病的健忘症だわ)。

アイルランドの訛りが強い台詞で、私の英語力では(耳が遠いのもあって?)、悔しいことに半分弱しか分からない。がしかし、それでも大変に興奮させ、笑わせるだけの力をこの脚本は持っている。何だが退屈な"As You Like It"を見た翌日、The Old Vicから10メートルしか離れてないThe Young Vicで、今度は大変に強烈なインパクトを持つ公演に出会い、大いに楽しませてもらった。

アイルランドはゴールウェイの片田舎リナーン。年老いた母親Magとその娘で40歳位のMaureenの親子は、粗末な家で貧しく暮らしている。歩けはするが身体がやや不自由なMagは娘をこき使い、娘Maureen方は、自分をその村に縛り付けている母に悪態をたれ続ける。

やがてその村でパーティーが開かれ、出かけたMaureenは幼なじみで、今はロンドンで肉体労働をして暮らしているPatoに出会う。2人は意気投合し、Maureenは夜遅く、Magが寝てしまった頃にPatoを自宅に連れ帰り、2人は一夜を共にする。翌朝、Patoは起きてきたMagと会い、3人の間で火花がパチパチ! Magにしてみたら、Maureenに男ができ、娘を連れて行かれたりしたら一大事だ。MagがPatoに言う娘の悪口で、彼女は自分の手が赤くただれているのは娘に虐待されたから、と言い、観客をギョッとさせるが、MaureenはMagが如何に嘘つきかをPatoに力説して否定する。

Patoがロンドンに帰ってしばらくしてから、彼の弟のRayのところに、Maureenに渡してくれ、という手紙が届く。その手紙には、もしMaureenが望めば一緒にアメリカで暮らさないか、という提案が書いてあった。Rayはその手紙を届けに来たが、あいにくMaureenは留守中・・・・。

前半、娘も相当な強者だが、Magが彼女を隷属状態に置いているのを見ていると、まずは老人介護をする者の苦労をひしひしと感じ、おそらく誰しもMaureenにとても同情してしまう。しかしそれは観客がMcDonaghの術中に見事にはめられているのだろう。後半、私も含め、そうした観客はギョッとさせられて、深く考えさせられる。

このブログに時々コメントを下さるblank 101さんが、演劇サイト"Wonderland"に日本のパルコ劇場での公演の評を書いて下さっていて、その中で、母はイングランド、娘はアイルランド、Patoはアメリカの象徴でもあると説明して下さり、なるほど!と感心した。イギリスとアイルランドの抑圧と隷属、そして相互依存と相互への暴力の関係がこの家族に凝縮されているという読みは、大変腑に落ちる感じがした。さすが、素人とは違う劇評家の慧眼。

私が大変面白いと思った台詞は、若者のRayが言った一言:「イングランドじゃ人が死のうが生きようが誰も気にもしないが、アイルランドじゃ、牛を蹴っただけで20年間恨まれる」と。イングランド人の冷たい個人主義。アイルランドの村社会的な人間関係のしつこい濃密さを表現している。アイルランドのことは分からないが、極論ではあるがこのイングランド人気質は、当たっていると感じる。

日本公演の白石、大竹のふたりも、相当にアクの強い演技だったが、今回のRosaleen LinehanとSusan Lynchは、毒々しいほどのキャラクター。暴力表現も直接的。MaureenのPatoに対するセックス・アピールの強烈さは、日本人の肉体では表現できない激しさを感じた。Rayを演じた若々しいTerence Keelyのかもし出すユーモアも大いに観客を沸かせた。

Ultzのセットが素晴らしい。ステージの両脇では常に水がしたたり、雨の止まない暗いアイルランドを体感させてくれる。剥がれかけたペンキ、崩れかけた壁、(アイルランド系アメリカ人の)ケネディー兄弟の写真、アイルランドの貧しい田舎屋が上手く再現されていた。

Patoに向かってMagが言ったことの中に、娘はかってイングランドで働いていておかしくなり、"nut house"に入れられた、というのがあった。つまり精神病院である。Maureenはストレスのあまり精神を病んだことがあるようだ。インターネットの劇評についた読者のコメントで、「この劇は忘れ去られるべきだ。そうでなければ書き直されるべき」という、非常に憤慨した声があったのが気にかかる。この劇に含まれたどす黒いブラック・ユーモア、そこで笑い飛ばされる惨劇は、精神病に苦しむ人やその家族にとっては、フィクションと片付けるには、あまりにも悪趣味で、精神病者への偏見を助長し、患者や家族の痛みを刺激するものかも知れない。そういう見方もあることを、観客や公演を打つ人は忘れてはいけないだろう。

という強い抗議の声を読んだ後でも、やはりこの劇が持つ国境、言語、文化を超えたパワーは否定できない、と思った。


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2 件のコメント:

  1. 拙稿のご紹介もいただきありがとうございます。ロンドンの上演、ぜひ見たかったです。YoungVicの作品てあまり再演もないし、トランスファーもしないんですよね。マクドナーの作品、本場でいろいろ見てみたいです。
    それにしても日本はまた猛暑がぶりかえしました。今年の夏は本当に厳しいです。
    私も今週は旅に出ます。。

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  2. blank101さま、

    コメントありがとうございます。そちらさまの批評、大変参考になりました。教えてくださりありがとうございました。

    旅というというと劇を見る旅なんでしょうね。暑い中、体を大切にされつつご旅行ください。実り多い観劇をされるようお祈りしております。私もストラットフォードに3日ほど参ります。あちらに居る知人を訪ねるためですが、劇も見る予定です。 Yoshi

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