先日のブログでも書いたように、ストラットフォードにいた8月20日に、シェイクスピア学者の中で世界で最も有名な人かも知れないスタンリー・ウェルズと、ガーディアンの劇評家マイケル・ビリントンの対談を聞きに行った。これは、Royal Shakespeare Company (RSC)が、市内にあるバーミンガム大学のShakespeare Instituteを会場にして開いているサマー・スクールの一部だが、1週間のサマー・スクールを全部申し込むのとは別に、1回づつのレクチャーを料金7ポンドを払って聴講することが出来る。
私は今回初めて、それもこの講演だけ聴講した。観劇も兼ねてストラットフォードに泊まって、サマー・スクールの1週間全部を申し込む人がほとんどのようだが、そのプログラムの内容は、RSCの演出家や俳優、スタッフのトークとイギリスの大学のシェイクスピアや演劇の研究者の講義が半々程度らしい。毎年日本の大学の先生や大学院生も数名聴講されているようだ。
私は、このサマー・スクールの最終日にあるウェルズとビリントンの対談だけを聞きに行った。2人は、毎年この会場で、その年のRSCの演目について語り合うのが恒例となっているらしい。イギリスの学者や批評家らしく、歯に衣着せぬ表現で今年のRSCの4作品をばっさり(4作品は、"Romeo and Juliet", "Morte D'Arthur", "Antony and Cleopatra", "King Lear")。ウェルズは、今年の公演は全体的に大いに不満らしく、好意的に評価していたのは"R and J"くらいだった。ビリントンは、"R and J"は気に入り、"King Lear"もまあまあと言う感じだったかな。"Antony and Cleopatra"については、キャサリン・ハンターは、知性が邪魔して、クレオパトラには不向きということで、2人の意見が一致。"Morte D'Arthur"は2人とも色々と欠点を指摘していたが、しかし、あれは原作が劇にしづらい作品なので仕方ない面がある。ただ、ビリントンがあの場では結構この公演の問題点を指摘したので、新聞に書いた好意的な批評とやや矛盾していた。ウェルズがビリントンに、「あなたはあれに4つ星をつけたよね」と何度も皮肉っていたのが面白かった。でもビリントンは、16世紀のシェイクスピアの前の時代にあたる大作家で、薔薇戦争で繋がってもいて、15世紀の古典文学であるマロリーの大作を劇にするのは、RSCにふさわしい試み、と評価していた。
2人は揃って、今の俳優はシェイクスピアのverse speakingが上手くない、と指摘していた。シェイクスピアの作品は詩なのに、詩の美しさを感じさせてくれない俳優が多い。これは私のような台詞理解のたどたどしい外国人でもある程度分かる。やはりジュディ・デンチとかイアン・マッケランの世代は、台詞が美しい。これは日本での翻訳上演でも言える。シェイクスピアの台詞がちゃんと言えないので、こちらも聞き取ることが出来ない俳優は多い。一方で、新劇などの俳優のなかには、台詞がはっきり分かるのは確かだが、まるで台詞を神棚に祭り上げるような言い方をして、間延びし、退屈になる場合もあるので、その加減が難しい。吉田鋼太郎など、ずっとシェイクスピアをやって来た人は、やはり言葉がよく分かるし、苦労して話すのではなくて、自由自在に台詞を言っているのが感じられるので、聞いていて自然にスーと入ってくる。
その一方で、'R and J'を今回演出したルーパート・グールドのように、ビジュアルな面では、現代の公演は見るべきものが多い。台詞を大事にしつつ、ビジュアルも充分活用する、つまり両立できるはずだ、とビリントンは指摘していた。
もうひとつ2人がかなり論じていたのは、RSCのカンパニーとしてのあり方。今のRSCは芸術監督マイケル・ボイドの方針で、2年か3年だったか忘れたが、俳優と専属契約を結び、原則としてRSCの長期レパートリー公演にのみ出るように拘束しているらしい(この点、間違ってたらすいません)。それによって、劇団としてのまとまりがでてきて、ウェスト・エンドやナショナルの、1回限りのプロダクション公演とは違う統一感が生まれるというわけだ。確かに、先日見たOld Vicの'As You Like It'のぎくしゃくしたまとまりの無さなんかを考えると、RSC公演はあまり面白くない公演でもすっきりまとまって破綻がない。しかし、ストラットフォードにそんな長い期間良い俳優を拘束しておくのは至難の技だ。従って、RSCでは、舞台を中心に活躍する人でも、サイモン・ラッセルビールのように既にスターとなっている人は、本人がやる気があっても事実上使えないし、また、準主役級の人も、テレビや映画に出て生活費を稼がないといけないので、手薄になるとの声もある。キャサリン・ハンターなど、よくもまあ出ることにしたなあ、と思う。この夏のロジャー・アラムのグローブ座出演のように、シェイクスピア上演に限れば、RSCよりもグローブ座で、スターにお目にかかることが多くなるかも知れない。ビリントンは、カンパニー制によるチームワーク、そして若い俳優が育つことを大変評価し、こうした試みを支援すべきだと言う。しかし、ウェルズは、結果的に良い俳優が集まらず、公演が貧しくなることを指摘していた。ビリントンは劇団としてのRSCや無名の役者の成長を評価し、ウェルズは観客として、あくまで出来た作品の良し悪しを問題にして、カンパニー制の弱点を指摘していると思う。これは日本でのプロデュース公演と、新劇の劇団などの公演を比較しても言えることだろう。カンパニー制の場合、どうしても動脈硬化のようになり、劇団や劇団員のための公演、内向きの公演になる可能性もある。若い劇団員を育てるという方針は結構だが、スターが出ないばかりか、ベテランの芸達者も遠ざかりがちとしたら、観客からは見放されるかも知れないね。
とにかく、2人とも何十年も劇を見てきて、しかも大変記憶力が良いので、過去の色々な公演や名優とも比較しつつ話してくれて、生きた演劇博物館だ。さらに、日本の批評家と違い、こうした公の場でも、バッサバッサと切って捨てる歯切れ良さが小気味よい。RSC主催のサマースクールなのに、RSCが今やっている公演について容赦のない批判をする。ユーモアにも溢れ、とっても楽しい講演でした!
ちなみにスタンリー・ウェルズはRSCの以前の理事(Governor)で、今も名誉理事(Honorary Emeritus Governor)でもある。今でも内部的にも苦言を呈しているのかも知れない。RSCはArtistic Directorが独裁的な権限を持ち、自分の趣味を押しつけているが、もっと観客の事を考えなければいけない、とも言っていた。また、劇場の改築の為に上演できる劇の数が少ない今、シェイクスピア以外の作品をやる余裕などほとんど無いはず、と言って、昨今の劇の選択について極めて批判的。特に今年の冬はシェイクスピアは全くやらないそうなのだ。マイケル・ボイドは、シェイクスピア作品は半分程度かそれ以下で良いと思っているらしいが、RSCはシェイクスピア作品の上演を大部分の演目とし、その他にはジェイムズ朝の劇など他のルネサンス劇などをやるべきである、というウェルズの意見には大いに同感。我々観客はRSCにシェイクスピア上演を期待する。しかも、実験的な演出だけでなく、オーソドックスな上演も見たいと思っている。RSCはNational TheatreやDonmarとはそこが違うはずだ。でなければ、ストラットフォードに住んでいる少数の人は別にして、わざわざあすこまで行く価値がない。何の為の、Royal SHAKESPEARE Companyなんでしょうね!
やれやれ、この項で、最近見た劇とこの講演のブログを書き終えた。体調も悪かったし、勉強も帰国の用意もせず、これにかなりの時間を取ってしまった。読んでくださった皆さん、ありがとうございます。感想などコメントをいただけると幸いです。さて、帰国前に、明日もう一本見る予定。帰国中はほとんど劇は見ないと思うので、ブログの更新は途絶えがちになるでしょうが、先月、ヨークでミステリープレイを見た時の感想はまだ書いていないので、帰国中にそれをアップする予定(と、ここに宣言しておいて励みに)。
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長い記事でした(笑)。直接関係がある事項はあまりなかったのですが、ただひとつ、ストラットフォードアポンエイボンのRSCで、オーセンティックなシェークスピアの劇があまり見られなくなるのは、やはり残念ですよね。シェークスピアの劇を見たくて、ストラットフォードへ行きたい、行こうかという潜在的な希望を持っている人は多いと思うんです。(私もその一人、ゆえ。笑)。もうすぐご帰国なんですか?でもまたイギリスに戻ってこられるご予定は?とりあえず、上のランキング、クリックしておきますね。
返信削除行って来ました。4位でした。すごい。
ランキングがあると、記事を更新した後の楽しみがふえますね。
ミチさん、ご訪問とコメント、ありがとうございます。
返信削除いつもポストが長くてすいません(^_^)。これも歳のせいで・・・。
今、Royal Shakespeare Companyの劇場はメインハウスと、もうひとつのスワン劇場共に閉鎖中なので、昔の半分以下の本数しかやっていません。それなのにシェイクスピア作品を減らせば、何の為の国立劇場かわかりませんね。歌舞伎座で新劇やるみたいなものですから。とは言え、夏は数本シェイクスピアはやっていますけど。
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イギリスには10月半ばに戻ります。
ミチさんにも、新学期が始まるとまた色々と新しい事もあるでしょうね。ブログ、引き続き期待しております。Yoshi