さて、彼女の新しいブログ・エントリーに次の文章があった:
イギリスの磁器のブランドに "Worcester"というのがあるのですが、発音すると「ウースター」なのですよね!文字通り読めば「ワーセスター」とでもなりそうなものなのに!これと同じパターンでは他に"Leicester"(レスター)や"Gloucester"(グロスター)という地名があります。確かに、なんでこうなるのかな〜、と思って調べたのですが、由来や起源はハッキリ知られていないようです。
このLeicester の読み方は、アメリカ人がよく間違うとイギリス人の間でも話題になることがある。私は以前ロンドンの中心部でバスに乗っていて、アメリカ人観光客が、「ライチェスター・スクウェアにはどう行ったら良いのかね」、と運転手に聞いているのを耳にした。私もこれらの発音に以前から興味を持っていたので、当面分かる事や推測できることをコメント欄に書かせていただいたが、その文章を、文体を修正して、このブログにも載せておきたい。
Leicester, Gloucester等の発音における第2音節の消失だが、一方でWinchester, Rochester, Dorchesterなど、綴りは少し違うが、音が残っている場合も多く、興味深い。-cheter, -cester(複合語ではなく、単独でも、Chesterという都市もある)は、もともと最終的な語源はラテン語のcastrum / -ra (壁をめぐらした砦)である。フランス語のchateau(シャトー)などもそうだし、英語のcastleも同語源だ。この語は既にアングロ・サクソン時代に英語に入り、ceaster (町、都市)と綴った。読み方は、あえてカタカナにすると「チェアスター」。この「チ」という語頭の音は、中世後半、ノルマン朝になると、ch-と綴られるようになる。
さて私は英語学の専門家では無いので、ここからはある程度、素人の推測だが、ノルマン人のイギリス征服による仏語の影響で、町によっては、それまでのceasterの語頭を破裂音の「チ」ではなく、摩擦音の「シ」と発音し、またそれに対応して、-chesterという綴りでなく、-cesterという綴りが残ったのではないかと思う。また、ノルマン・コンクエストの頃、中世フランス語自体、c-, ch- という綴り字の発音で破裂音の要素が無くなっていく(「チ」から「シ」へ)という過渡期だったことも、英語におけるバリエーションが生じた一因かも知れないと推測する(つまり、仏語のmerciは大昔は「メルチ」だったようだが、今は「メルシ」)。
さて、そうすると、Gloucesterなどは、ノルマン・コンクエスト後の一時期、「グロウセスター」に類似した名前で呼ばれただろうと思う。ところが、-ces- /ses/ は第2音節でアクセントが置かれず、しかも母音が同じ /s/ 音に挟まれれば母音が弱まり、やがてひとつの /s/ の音に収斂されるだろうから、グロスターという発音が出来ることになる。
-cesterの綴りでありながら、その発音が略されずに残った面白い地名にSirencester(サイ[ア]レンセスター)がある。-ces-が第3音節にあり、第2アクセントが置かれるであろうことがこの例外が出来た理由だろうと推測した。しかし、Wikipedia英語版によると、「シシスター」とか、「シスター」と呼ばれることもあるそうなので、Gloucesterなどと類似した力学も見られる。
ところで、アングロ・サクソンのceasterから派生した地名に、Lancaster, Doncasterなどもある。何故 /k/ の音になったのか、私は知らない(古英語時代から /k/ 音でそれを引き継いだ?あるいは仏語方言におけるバリエーションの影響から?方言の違い?etc. )、調べてみると面白そうだ。どなたかご存じだったら、教えて下さい。
以上、間違った事も含まれているかも知れません。訂正や、何か教えていただける方がおられたら、コメント欄に書いて下されば幸いです。
(捕捉)
その後ネット検索をしていたら、イギリスの地名研究者のKeith Briggsが、-chester, -cester, -casterの分布を調べて地図に書き込んで下さっていることを発見した。
この地図を見ると、-casterは中部から北部にかけての割合狭い地域、-cesterは南部から中部にかけての、やはり限定された地域にあるのに対し、-chesterはイングランド全体に広がり、特に南部と北部の北の方に多い。ウェールズやスコットランドにこれらの地名が無いのは、そもそも語源であるcastraは、ローマ人が陣地を築いたところに地名として定着したからであろう。また、その意味で、ハンバー川周辺に多いのは、その周辺で北方のケルト系民族に対抗するために砦を築いた為か。
Yoshi様
返信削除御紹介してくださり、ありがとうございます。すごく褒めていただき恐縮です。いつもお優しい励ましの御言葉の数々、大変に勉強になる高尚なコメント、本当にありがとうございます。お褒めの御言葉に見合うよう、努力していきたいと思います。
Briggs氏の分布地図も面白いですね!!語学史と世界史の交差点が見えるような感じがして、とても興味深いです!(-^〇^-)
Yoshi様のブログの更新、楽しみにしております。これからも宜しくお願い申し上げます。
アリスさま、
返信削除こちらこそ、とても丁寧なコメントをいただき、ありがとうございます。また、私の方が、アリスさんの幅広いブログを読むことで、大変勉強になっています。アリスさんの読書は、古典的な教養主義とでも言いますか、戦後の、あるいは70年代くらいまでのインテリの若者の読書みたいな感じがします。
地名のバリエーション、おっしゃるように歴史を背景としているので面白いですね。大学や在野で専門に研究している人もいて、私も講演を聴いたことがあります。ケルト、ローマ、アングロ・サクソン、バイキング、ノルマン、等の各民族の定住地において、それらの人々が残した名前で過去の人々の足跡が分かりますね。個別の名前に関心があるときには、スタンダードな辞書として、Eilert Erkwall, “Concise Dictionary of English Place-Names” (Oxford UP)があります。大抵の大学図書館にはあると思いますので、入学したら利用されることもあるかも知れませんね。
私のブログは更新頻度はそう多くないですが、時には思い出してご訪問いただければ嬉しいです。
ご無沙汰です。サイレンセスターのように、独特の発音の中に更に例外があるというのは、ブリティッシュ・イングリッシュの嫌らしい、もとい、厄介な所だと思います。そのような発音を学ぼうとしないアメリカ人にも問題があると思いますが。
返信削除こちらこそご無沙汰しております。ブログは時々読ませていただいています。
削除英語の地名はややこしいですが、私にとっては頭の体操になります。また、社会史的に、中世における移民定着の波を知る上で勉強にもなります。