シェイクスピアと言う名の探偵
Rory Clements, "Martyr"
(2009; John Murry, 2010)
☆☆☆/5
日本に帰省中に読んだ本だが、読み終わってもうかなり時間が経ってしまっているので、記憶が大分薄れてきた。でも結構楽しい本だった。肩の凝らない娯楽小説としてお勧めできる。
主人公がJohn Shakespeareというので、謂わばシェイクスピアに便乗した歴史捕物帖。このJohn君はWilliamの兄貴と言うことになっているが、これはいささか疑わしい。実際のWilには2人の姉がいたと思われるが、彼らは赤子のうちになくなり、生き残った兄弟姉妹としては彼が一番上というのが一応の定説のようだ。但、長子はJone Shakespeareという記録だそうで、そうすると、Joan (女)かJohn(男)か、という解釈の幅が出来るのだろうか。ちなみに、Wilの父はJohnという名前である。劇場やら演劇人の世界を舞台とした推理小説かな、と思って楽しみにしていたのだが、そういう世界はほとんど出てこず、前半を読んだ所くらいでは、この主人公とBardとは関係ないのか、と危うく思いそうになったが、後半で弟があまり重要でない(でも物語を進める上では無くてはならない)役で出てくる。
お話は1587年を舞台としている。エリザベスの治世。物語が始まる時にはまだ生存しているが、Mary, Queen of Scotsが幽閉されており、この年に反逆罪で処刑されることとなる。また、翌年88年にはスペインの無敵艦隊(The Spanish Armada)がイギリスに侵略しよう年、ネルソンに指揮されたイングランド艦隊に殲滅されるという、イギリス史上最も輝かしい出来事が起こる。John Shakespeareはエリザベスの寵臣で、謂わば諜報局長官のような役割を担っていたSir Francis Walsingham(これは実在した、歴史上も重要な人物)の主要な部下のひとりである。カトリック君主であるスペイン王はイングランド海軍のかなめであるNelsonを暗殺しようと刺客をイングランドに送り込んだとの情報がWalsinghamに届く。またその正体不明の刺客が訪れたと思われる先々で、極めて残酷な連続殺人事件が起こる。WalsinghamはJohn ShakespeareにNelsonの警護、刺客の逮捕、そしてこれらの殺人事件の解決を指示する。しかし、エリザベスの信頼するもう一人の諜報官的人物で、カトリック教徒の残虐な迫害で名を馳せたRichard Topcliffe(実在した)がことごとくJohnの邪魔をする。Johnは穏健な人間で、ひとつひとつ証拠や証言を積み重ねて事件を解決しようとするが、Topcliffeは当時は当然であった拷問を使って犯人を追い詰めようとし、Johnの生ぬるさをあざ笑う。それどころか、Topcliffeはサディスティックな性格で、拷問をすること自体を楽しんでいる気配まである。このあたりは、9/11以降の、国家安全保障をめぐる米軍やCIAの諜報戦略を色濃く繁栄していると言える。
Rory Clementsは年配の作家で、この小説が第一作。作家になる前はジャーナリストだったそうである。文章は書き慣れているわけで、第一作目とはとても思えない器用さを持っていて、読者を飽きさせない筆致。時代背景も良くかき込まれているが、登場人物が大変個性的。特に売春婦や彼女らのポン引き、Johnの人の良い助手など、下層の庶民の描写が生き生きしている。 豪放磊落なNelson、慎重な政治家Walsinghamなどの性格描写も良く出来ている。28歳のJohnはカトリック貴族の侍女と恋をするなど、ロマンスでソフトな色をつけることも忘れていない。更に、当時の世相や政治を背景に、激しい暴力犯罪や拷問も描く。色々な面でサービス精神たっぷりのテンターテイメント小説。エリザベス朝を舞台にした探偵小説としては、C. J. SansomのMatthew Shardlakeシリーズが傑作として思い浮かぶ。Sansomほどの迫力は無いが、歴史探偵小説の好きな人、エリザベス朝の歴史に関心のある人にとっては、読んで損は無い作品。まだhardcoverだが既に続編が出ているようであり、今後もシリーズとして続くようなので、これからはかなり演劇の世界も出てくるのではないかと、私も以後の作品を楽しみにしている。
Rory Clementsはオフィシャル・ウェッブサイトを開設しており、この小説のことだけでなく、作品の時代背景などについても手短に纏めてあって歴史の勉強にもなる。
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