2011/04/17

"Mary Broome" (Orange Tree Theatre, 2011.4.16)

金持ちのどら息子と女中が結婚したら・・・
"Mary Broome"

Orange Tree Theatre公演
観劇日:2011.4.16  15:00-17:00
劇場:Orange Tree Theatre, Richmond

演出:Auriol Smith
脚本:Allan Monkhouse
セット:Sam Dowson
照明:John Harris
衣装:Jude Stedham

出演:
Jack Farthing (Leonard Timbrell)
Katie McGuinness (Mary Broome)
Michael Lumsden (Edward Timbrell, Leonard's father)
Eunice Roberts (Mrs Timbrell, Edward's wife)
Bernard Holley (Mr Pendleton, family friend)
Harriet Eastcott (Mrs Pendleton, Barnard's wife)
Kieron Jecchinis (John Broome, Mary's father)
Moir Leslie (Mrs Broome, Mary's mother)
Paul O'Mahony (Edgar Timbrell, Edward's elder son)
Emily Pennant-Rea (Shiela Ray, Edgar's wife)
Martha Dancy (Ada Timbrell, Edmund's unmarried daughter)
Eve Shickle (Mrs Greaves, Leonard's landlady)

☆☆☆☆ / 5

第一次世界大戦前夜、1911年の劇。作者のAlan Monkhouseは現在のGuardian紙の前身、The Manchester Guardianの劇評家で、マンチェスターの劇場を中心に活動した演劇人。日本でもそうだったと思うが、映画もテレビもない時代、地方の演劇界も今では想像しがたいような繁栄をし、高いレベルを保っていたであろうことがうかがえる一作。

ジェントルマンのEdward Timbrell家のどら息子で、軽薄でユーモア溢れるが実は非常に冷淡なLeonardが、Mary Broomeという不器用で生真面目な女中に手を出して妊娠させ、それが発覚したところから劇は始まる。Timbrell家の家長としての権威を振り回すEdwardは、やむを得ず金の力で二人を無理矢理結婚させるが、その結婚によって、階級差などから色々な笑いが生まれる。今の観客から見ると、Timbrell家の連中は、どいつもこいつも、階級制度にふんぞり返った鼻持ちならないろくでなし、ということになるが、これが当たり前だった時代もあるのだろう。しかし、MaryとMrs Timbrellだけは、血の通った、人間らしい感情を持った人物として描かれている。第3幕では、Maryの慎ましい両親や借家の家主といった庶民の登場人物達とLeonardやMrs Timbrellが対面して、Timbrell家の人々に囲まれたMaryとは逆のシチュエーションが作られる(ここがいささかコメディーのボルテージが低下)。

テレビドラマの"Upstairs, Downstairs"みたいな劇で、comedy of mannersの伝統上にある作品と言えるだろう。非常に良く計算された、まさにwell-made play。ウィット溢れ、台詞のタイミングが抜群で、ずっとにやにやしつつ見た。これほど楽しい喜劇は久しぶりだ。しかし1911年の劇だから、階級制度批判の諷刺も効いているし、おかしいだけでは終わらない。Leonardは仕事もせず、親に寄食し、父親に経済的に放り出されると、母親に金をせびって暮らすが、病気の赤ん坊をMaryに任せきりにして、田舎の友達の家に長逗留。しかも彼の不在の間にその赤ん坊が亡くなっても、葬式にさえ戻って来ない有様。最後は、イプセンのノラみたいに、無責任極まりなく、優しさのかけらもないLeonardに愛想を尽かしたMaryが、夫を捨て、イングランドも捨てて、愛人とカナダへ移住するために出ていくという結末で、20世紀の演劇らしい幕切れとなる。また、Maryの気持ちが分かるMrs Timbrellと、全く理解が出来ないEdward Timbrellの間にもすきま風が漂い始める。今までも事実上の家庭内離婚のような、気持ちの通わない結婚だったことがほのめかされている。更に、Edward同様、能力あるビジネスマンらしいが階級的な偏見に縛られた息子のEdgarと、彼の身重の妻Sheilaの間さえおかしくなりそうな気配である。

この劇場は、四角い舞台を観客席が四方から囲むという上演スペース。円形劇場ならぬ、正方形劇場、というわけ。ギャラリーは2階のみ。収容人数は150くらいだろうか。切符は土曜のマチネでは13ポンドしかせず(学生は11ポンド)、レベルの高い公演なのに非常にお得(勿論、Arts Council of Englandによる公費補助を受けている劇場)。どら息子Leonard役のJack Farthingは大変な才能が感じられる名演だったし、MaryのKatie McGuinnessも不器用な生真面目さの表現や、古い労働者階級の言葉使いが出色だった。その他の俳優も名演。どうしてこう上手いんだろうと思ったが、考えてみると、イギリス人俳優が、イギリス人の冷たさ、気取ったところ、階級的偏見を、目一杯デフォルメして見せてくれているので、彼らの血にしみ込んだものを自然に発散しているわけだろう。ネイティブ・スピーカーでも、英語圏の他の国の人がやればこうは行かないだろう。今回の観劇は、期待を大きく超えたクリーン・ヒットだった。最近2本続けて空振り同然の観劇だったので、今回は楽しい劇に当たって大変嬉しかった。脚本("Mary Broome")も安価に手に入るので、イギリス演劇のお好きな方は読むだけでも結構楽しいと思う。

観客は、マチネでもあったし、ほとんど白人の年金生活者ばかりだったが(有色人種は私以外には、白人男性の奥様らしき方一人しか目にしなかった)、この劇ばかりは年配のミドルクラスの人にこそぴったりの劇だ。彼らの若い頃は今よりももっと階級システムが安定していただろうから、この劇の可笑しさをより良く実感できるのかも知れない。という私もこの観客達とほぼ同世代になってしまった。

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