2011/04/16

Sara Paretsky, "Writing in an Age of Silence" (Verso Books, 2007)

現代アメリカの言論状況を作家の視点から抉る
Sara Paretsky, "Writing in an Age of Silence"


(Verso Books, 2007)  138  pages.

☆☆☆☆☆ / 5

女性探偵、V. I. Warshawskiシリーズでお馴染みのアメリカの作家Sara Paretskyによる2007年出版のエッセイ集。

先日読んだパレツキーの小説、"Hardball"は大手出版社、Hodder and Stoughtonから出版されていたが、この本はVerso Booksという、私は多分聞いたことのない会社から出ている。この会社のサイトによると、"Verso Books is the largest independent, radical publishing house in the English-speaking world, publishing eighty books a year."(Verso Booksは英語を話す国々のなかで最も大きい独立系のラジカルな出版社で、年間80冊を出版している)とある。パレツキーがこの本の中でも触れているが、アメリカの出版やマスコミは極端な寡占状態となり、しかも多くの会社は、更にタイム・ワーナーとか、ディズニー、マードックのニューズ・コーポレーションなどの親会社の傘下にある。文学作品はその芸術的価値とは離れ、歯磨きとか、スナック菓子同様に、商品として売れるか売れないかだけで判断される時代になっているそうであり、今、ウィリアム・フォークナーが出ても、全く陽の目を見ることはないだろう、とパレツキーは書いている。

この本の中身は、タイトルによく示されている。2007年の出版であるので、9/11以降のBush政権下、そして、国家の安全保障の題目の下に基本的人権を徹底的に制限できる"The Patriot Act"(愛国者法)下におけるアメリカの言論の恐るべき状況を、作家、そしてリベラルな知識人の視点でえぐり出している。また、そうした現代の言論・人権状況と、彼女の作家としての出発点や生い立ち、キング牧師と公民権運動の事などが関連づけて語られ、パレツキーのファンにとっても、そして現代のアメリカの政治と文化に関心にある人にとっても、大変興味深い本となっている。

最終章に書かれたアメリカ合衆国における、FBIなどの国家権力による言論の自由の侵害には、愕然とせざるを得ない。特に図書館や書店が利用者の個人情報を提出させられている様は、まるで鉄のカーテンの時代の東欧である。一例を挙げると、イリノイ大学のLibrary Reserch Centreの2002年の調査によると、愛国者法の通過以来、米国政府はアメリカの図書館の個人情報を、少なくとも11パーセント、多ければ30パーセントの図書館から、勿論図書館の利用者には断り無しに、提出させているという。しかも、各図書館はそうした命令を受けたことを公表すれば、訴追される危険を冒すことになるので、どの図書館が利用者の個人情報を提出したかも公には分からない。もし、政府や警察に個人情報や、借りた本の種類、図書館のパソコンでのインターネットの閲覧歴などを知られたくないなら、アメリカでは図書館は使えないということになる。更に、このイリノイ大学の調査をした女性研究者を、FBIはWall Street Journalの紙面において、"supporter of terrorism"(テロの擁護者)として非難したということだ。こうした大学におけるリサーチに関する国家権力の脅迫は、即ち、国による「学問の自由」 (Academic Freedom) の侵害でもある。マスコミにおけるリベラルな言論が自己規制や、経済的な制約に縛られがちなアメリカ合衆国において、大学の人文社会科学分野における言論と研究の自由は大変貴重なのだが、それさえも危機に瀕しているのかもしれない。

私から見ると、今のアメリカはマッカーシズムの時代に近い状態にあるように見える。オバマ大統領になって良くなりそうに見えたが、しかし、彼が極端に不人気になり、世論が離れるに連れ、共和党政権時代に作られた仕組みや国民感情が再び息を吹き返しているようだ。そもそもアメリカは、西欧に見られる(そして多分日本にもある?)ような複眼的なマスコミや世論形成の仕組みがあまり機能していない。例えば、社会主義とか共産主義を少しでも擁護するような事を言えば、道徳的な欠陥を持った人間のように言われ、激しく非難されかねない。一方で安定した民主主義制度を保っているのは確かではあるか、それも国民世論がバランスを取れていればこそ機能するが、現在はそのバランスが怪しい。パレツキーのこのエッセイは、そうした今のアメリカを良く捉えている。

政治やアメリカ社会の話だけでなく、ハメットやチャンドラーのハードボイルド小説と、女性探偵の登場などについても興味深い分析があり、また、アメリカの個人主義と宗教的原理主義の伝統の関連など、アメリカ史を考える上でも貴重な考えが書かれている。従来のパレツキーの愛読者には、彼女の創作や出版、生い立ちについてのこぼれ話もあり、色々な読者に読んで欲しい一冊。138ページと薄い本だが、中身は大変に濃密。

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