2012/02/12

シャトーダン(Châteaudun)受難劇の観客席

前項で触れた中世演劇の円形舞台に関して、ふと昔読んだ論文を思い出し、引っ張り出してみた。それは、イギリスの仏文学者で数年前亡くなられたGraham Runnallsによる "Were They Listening or Watching? : Text and Spectacle at the 1510 Châteaudun Passion Play" Medieval English Theatre Vol. 16 (1994), pp. 25-36という論文。 ここで、Runnallsは北フランスのChâteaudun(シャトーダン)という町で1510年に上演された受難劇の資料から、上演がどのように計画され、実行に移されたかを解説し、この劇の上演において、台詞よりもスペクタクルが重要であったであろうという点を強調している。

私が今回特にこの論文を思い出したのは、この劇も一種の円形のステージでなされたからだ。劇のテキストは残念ながら残っていないが、詳しい記録(Compte)は現存し、Runnallsにより編纂され、出版されている。私は到底その時代の仏語を読む力はないが、Runnallsが論文にまとめていることだけでも、びっくりするくらい面白い。それで、この仮設劇場(ステージ)の形状だが、これはoval stage、つまり玉子型らしく、その大きさたるや、長さ50メートル、幅35メートルという巨大なもの。そして2本の巨大な柱が立てられていて、その柱に支えられて、この玉子型の劇場のほとんどが天幕でおおわれていたというのである(p. 29)。Runnallsは、この仮設劇場の収容人数は5000人程度と想像しているが、いやはや凄い。かってのエリザベス朝の巨大な野外劇場で、立ち見客が沢山入った日でも、それ程は詰め込めなかったのではなかろうか(多分最高で3000人程度?)。

この観客達だが、上演スペースを囲むように設置された長椅子席に座ったか、又は、一種のボックス席というか、桟敷というような席に座っていたとRunnallsは書く(pp. 29-30)。つまり2種類の席が用意されていた。このボックス席は"loge"と呼ばれ、39のボックスがあり、それぞれのボックスに6人くらい収容できたとのこと。長椅子席はひとり2〜4 deniersの値段で、こちらが大衆席だろう。一方、ボックス席(loges)はそれぞれの席がオークションにかけられて値段が決まったようだ。つまりそのオークションでついた値段によりどこで見るのが人気だったかわかるのだが、やはり中央に近いボックス席に高値が付いたそうだ。しかし、天国と地獄のセット付近のボックスも高値になったとのこと。

残念ながらこれらの長椅子席やボックス席と上演スペースの位置関係についてはRunnallsはほとんど触れてない。ただ、こうした席は"surrounding the playing area"とは書いている(p. 29)。固定された椅子席やボックス席であるから、上演スペースと席ははっきり分けられていたのであろう。

かなり遠いセットで上演が行われた時には聞こえづらかったりしたことだろう。しかし、Runnallsのこの論文の主旨は、聞こえにくさは、大がかりなスペクタクルの迫力により補われ、またストーリーは良く知られた聖書の物語なので、台詞がよく聞こえない事はあまり重要ではなかったということである(p. 34)。

3 件のコメント:

  1. Runnalls氏はもう亡くなられていたのですか。聖史劇の研究が多かったので私はそれほど彼の研究を参照していませんが、多産な研究者で相当な量の論文、著作があるように思います。
    聖史劇の上演記録、会計簿などは最近になって研究がさらに進展しているといったことを、昨年秋にフランスの研究者から聞きました。

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  2. Katayamaさま、コメントありがとうございます。Runnalls先生、大変残念でした。まだそれほどお歳ではなく現役だったと思います。ご病気でかなり闘病されていたようです。Amazon.co.ukで検索してみると、実に沢山のフランス語の劇を編集されていますね。また英米の論文集にも沢山寄稿されており、上記の論文のように私も時々目にしました。イギリスの学会では常連で、対象が英語とか仏語とかに関係なく中世劇研究の中心メンバーだったようです。Yoshi

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  3. PS 今の英米の中世劇研究は、半分以上が上演資料の編纂と分析でしょう。そういうことが出来ないと、研究者として活躍できないようです。外国人はとても手が出ない世界ですね。

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