リアリズムの期待を裏切る異色のIbsen
"The Master Builder"
Almeida Theatre公演
観劇日:2011.1.2 17:00-18:45
劇場:Almeida Theatre
演出:Travis Preston
脚本:Henrik Ibsen
翻訳:Kenneth McLeish
セット:Vicki Mortimer
照明:Paul Pyant
音響:John Leonard
衣装:Lynette Mauro
出演:
Stephen Dillane (Halverd Solness)
Anastasia Hille (Aline Solness)
Patrick Godfrey (Knut Brovik)
John Light (Ragnar Brovik)
Emma Hamilton (Kaja Fosli)
Gemma Arterton (Hilde Wangel)
Jack Shepherd (Dr Herdal)
☆☆☆ / 5
これは風変わりなIbsen。Ibsen作品は西欧ではリアリズムとしては色々な形をやり尽くされているので、subsidised theatreであるAlmeidaでやるからには、ただの伝統的なリアリズムではまずいのだろう。しかし、この作品を見たことがなく、Ibsenの他の作品もそれ程見ていない私としては(延べ10回弱程度見たかな)、うーん、と考え込んだり、退屈して眠くなったりで、段々と好奇心を感じてきたかな、という頃に終幕。テキストを読んで、もう一回細部を色々考えてみるとおもしろそうなのだが、1回見ただけでは良いのかつまらないのか判断できないうちに終わってしまった感じだ。それに、とにかく聞き取りにくくて、英語が分かりにくいのも困った。
(粗筋) 邦題は『棟梁ソルネス』。大工の親方(a master builder)であるHalvard Solnessは50歳代くらいの、かなり成功した棟梁のようであり、事務職員の素直で愛らしい若い女性、Kajaと助手(弟子)のRagnar Brovikを使っている。KajaとRagnarは許嫁の間柄だが、陰では、Kajaは妻帯者のHalvardの愛人となっている。HalvardはかってRagnarの父親Knut Brovikの下で働いていたが、その親方を利用してのし上がり、今はむしろKnutを使用する立場になった。Knutはそういう経緯もあり、また彼は重大な病を持っていて死が近いので、HalvardにRagnarを使用人の立場から解放して独り立ちを許してやるように頼み込み、それにより結婚に繋がるようにと働きかける。Ragnarもそれを期待しているが、Halvardはどうしても、うんと言わない。Ragnarを彼の下で働かせることにより、Kajaを愛人として身近に置いておきたいのか、あるいはKajaを彼の大人の魅力のとりこにして彼のそばに置き、それによってKajaの許嫁であるRagnarの才能を利用したいのか・・・。
一方、生活に疲れた表情の、飾り気のない妻のAlineは、黙々とHalvardの言うとおりに彼の面倒を見る。夫がKajaと関係を持っていることも分かっているが、むしろ愛人と夫の邪魔をしないようにと気を遣う有様。何かというと、「私のすべき義務に従って・・・」というのが口癖で、夫の献身的な犠牲者の役割を演じている。更にAlineとHalvardの間には双子の幼子がいたのだが、彼女が肺炎になった時に含ませた母乳が悪かったらしく、2人とも赤子の時に亡くなるという悲劇的な事件が昔起きていて、彼女を苦しめている。
そういうHalvardとAlineの家に突然20代前半の美しい若い娘Hildaが、田舎町から会いにやってくる。10年前、10代始めの頃の彼女に彼はキスをし、やがて彼女の為にcastleを建ててあげる、と約束したと、Hildaは言う。また、Halvardが高所恐怖症にも関わらず、そのcastleを建てた暁には、その塔の尖塔に花飾りを付けに登ってやるとも約束した、と言うのだ。2人の間に、熱のこもったやり取りが続き、Halvardはこの不思議な訪問者に魅せられていくが・・・。 (粗筋が多少曖昧で、間違っているところがあるかも知れません。)
さて、こうして筋を書いてみると、これはなかなかドラマチックな劇だ。主たるプロットを生み出す葛藤としては、Halvard Solnessと前の棟梁のKnut Brovikの関係が、年月が経った今は、RagnarとHalvardの関係になっていること、つまり世代間の争い。それに、Kajaという若い女性の取り合いも絡む。Halvardは50歳代。もうそろそろ男性としても、建築家としても、引退と世代交代が近づいていて、Ragnarの若さと才能に恐怖を感じ、また利用したいと思っても不思議ではない。そういう自己中心的な彼に、Alineは犠牲になりっぱなし。その彼女の不満が、繰り返される「義務ですから」という台詞により雄弁に表現される。彼女はノラやヘッダ・ガブラーのようには不満をはっきりした言葉にしないが、同じ時代と環境を生きる女性だ。男として、また創造者として自信を失いつつある彼を再度奮い立たせ、自信を持たせて仕事への野心をかき立てるHilda。Gemma Artertonの演ずるこの乙女は、怪しく目を輝かせ、身体をくねらせたり、軽々と飛び跳ねたり、まるで女メフィストフェレスか、妖精の女王タイターニアである。
と、面白くなりそうな筋なのだが、最初に書いたように、普通のリアリズムになることを意図的に避けた演出。ほとんどの台詞は静かに発話され、特にHalvardを演じたStephen Dillaneは、台詞を抑揚の乏しい、囁くような小さな声で淡々と発声し、意図的に感情の盛り上がりを押し殺しているように見える。不思議な演技だ。タイミングはしっかり合っているので、皆上手に演じているのだが、静かな劇。小津安二郎の映画みたい、と言ったら少し伝わるかも知れない。水面下に流れている感情のうねりは大きいはずだが。しかし、私はかなり戸惑っているうちに時間が過ぎていき、更に、小さな声なので物理的に台詞が聞き取りづらくて、何が起こっているかを聞き逃す時もしばしばあり、観客としてどう受け止めて良いのか迷っているうちに1時間45分という短い上演時間が終わってしまった。後で考えてみると、もっと注意して見たり聴いたりしていれば、もう少し面白く見られたのではないか、と残念!
Dillaneの演技の良し悪しというか、演出の意図がいまひとつよく分からないのだが、Emma ArtertonのHildeの魔女ぶりは説得力があった。また、Anastasia HilleもAlineの悲痛さ、内に秘めた怒りのようなものを強く感じさせてくれた。
服装は現代服。Viki MortimerのモノクロームなデザインはHalvard Solnessの内面の荒涼感と人間関係の不毛を如実に表している。階段で、劇場の上下の広がりを十分に活用した点も良かった。また、その暗いステージを、ドラマチックなところで、一瞬輝かせる照明 (Paul Pyant)のタイミングも見事。
なかなか興味深い脚本、面白い試みの演出だが、私自身は不消化な間に上演時間が終わってしまったのも確か。でも新国立劇場で見た『ヘッダ・ガーブレル』みたいな、良く出来ていて、よく演じられているけど新鮮みに乏しい上演を考えると、こちらは退屈ではあっても、一枚上という気もした。
なお、Halvardのアドバイス役のような役割のDr Herdalを演じたJack Shepherdは、テレビの刑事ドラマ・シリーズ、"Wycliffe"でお馴染みの俳優。舞台でも長いキャリアのある人のようだ。
(追記)フランス文学者のcaminさんが、私のこのエントリーに中世のラテン語、仏語、英語等の関連について、何回かコメントを寄せてくださいました。関心のある方はどうぞご覧になってください。
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淡々とした中で、ジェマ・アタートンの可愛さがよかったです。
返信削除みんなが抑えた声で、彼女の声の印象で全体の変化がついていましたね。
私は★3つくらいでしょうか。
ライオネルさま、コメントありがとうございます。
返信削除Gemma Artertonは、最近大活躍のようです。特に、"Tamara Drewe"という映画は随分テレビでも宣伝していたし、観客も多かったのだろうと推測します。
http://www.youtube.com/watch?v=0_ySyvfzKUE
この映画のクリップでは、見るからにグラマーで、モンローをイギリスの田舎に住まわせたみたいな感じ。中年男キラーというか。でも、女優さんとしては、立派に演技できる人ですね。ちなみに、この映画"Tamara Drewe"、Stephen Frears演出、Roger Allam、Dominic Cooper(Helem Millenと共演してましたね)、そしてライオネルさんもご贔屓のTamsin Greigと、演劇ファンにとっても豪華なキャストです。日本では公開されたのかな?
Yoshiさま
返信削除"Tamara Drewe"は日本での公開の予定がでていませんでしたけど、行きのブリティッシュ・エアーの機内で観ました。
日本語字幕もなく、吹き替えでもなく・・・・英語でしたけど、
魅力的なキャストですし、ストーリーも比較的解り易かったので、たのしみました。
ジェマ・アタートンがBBCで撮ったドラマ「テス」もよかったです。
ライオネルさま、
返信削除そうですか。BAとかVirginなどイギリスの航空会社は機内で見られる洋画のセレクションがとても多くて、色々個性的な映画も入っているところが魅力ですね。その点、日本の航空会社は今ひとつという感じですね。 Yoshi