2011/01/01

"King Lear" (Donmar Warehouse, 2010.12.31)

内面の荒野でLearのささやきが響き渡る
"King Lear"

Donmar Warehouse公演
観劇日:2010.12.31   19:30-22:25
劇場:Donmar Warehouse

演出:Michael Grandage
脚本:William Shakespeare
セット:Christopher Oram
照明:Neil Austin
音楽、音響:Adam Cork
衣装:Stephanie Arditti

出演:
Derek Jacobi (Lear)
Gina McKee (Goneril)
Justine Mitchell (Regan)
Pippa Bennett-Warner (Cordelia)
Michael Hadley (Earl of Kent)
Paul Jesson (Earl of Gloucester)
Alec Newman (Edmund)
Gwilym Lee (Edgar)
Tom Beard (Duke of Albany)
Gideon Turner (Duke of Cornwall)
Ron Cook (Fool)
Amit Shah (Oswald)

☆☆☆☆☆ / 5

素晴らしい"King Lear"。Derek Jacobiの全身全霊を注ぎ込んだ演技で、あっという間の3時間だった。大道具は全くない、剥き出しで、壁は木の板に灰色の漆喰を塗りつけただけのステージ。全員、シンプルな黒のコスチュームをまとい、モノクローム以外の色彩と言えば、Gloucesterが目を抉られた時の血の色と、Foolがまとっていたはっぴのようなフロックの薄茶くらいか。嵐の時の風雨や雷を除くと、特に耳をそばだてるような音楽も、あるいは映像等の使用もなく、ひたすら役者達、とりわけLearの演技に観客の注意を集中させる演出だ。Jacobiはそうした演出の意図に十二分に応えた、緩急をつけ、微妙なニュアンスに溢れる繊細な演技。特に、嵐のシーンでは、普通の公演ではフォルテシモで叫ぶ台詞を、ささやくように言って(多分その部分だけ少しマイクで音を拾っていると思った)、かえって観客の注意を引きつけたところは見事な工夫。

色々な大道具、小道具、音楽や照明などの小細工が無いだけに、非常に内面的な"King Lear"になった。全ては、Learの心の動きを写す鏡、という感じだ。逆に、普通の公演で感じるような、"King Lear"の、中世・近代初期のブリテンを連想させる歴史的なディテールとか、嵐のシーンで感じるコズミックな広がり、宗教的な連想などは削り落とされている(その分、テキストで感じられて、この公演では失われた要素も多いということ)。王とその家族、そして忠実な臣下や逆臣との人間関係が劇の中心となる。GonerilやReganは、他の上演では如何にひどい娘達であるかが強調されがちと思うし、マクベス夫人のバリエーションのような感じもあるが、この上演で、特に前半は、2人は我々のまわりにもいる、利己的で計算高い娘として描かれている。特にReganの表情は最初は柔らかであったので、Gloucesterの迫害における悪魔的な変貌で驚かされる。平凡な人間でも、暴力や欲望に取り憑かれた時にどうなり得るか、を示しているようだ。一方、終盤でLearの悲しみに大きく焦点が当てられているので、私には、俳優の演技の良し悪しとは別に、Cordeliaはやや影が薄かった印象だ。ReganやGonerilが比較的普通の娘だったので、清らかなCordeliaとのコントラストが強く出なかったのも一因かも知れない。

それぞれの公演におけるフールのバリエーションは、"King Lear"の見どころのひとつと思う。8月にストラットフォードで見たRSCの公演におけるKathryn Hunterの妖精のような、実にユニークなフールが記憶に新しい。今回は、芸達者のRon Cook。彼はまるで老いたる王の看護夫か介護者のような、心配でそわそわしている、気配りたっぷりのフールで、これもまた工夫に富んだ造形だ。2人目のケントのような、忠臣フールであった。彼は嵐の後、消えていなくなってしまい、批評家や観客を当惑させてきたのであるが、今回の上演では、Learと他のお供の者達がステージ左手に退場するのに対し、フールは王を見送りつつ右手に退場する。王を見送る(見捨てる?)忠臣の心中や如何に、と色々考えさせられるシーンだ。

上演時間がかなり短く、カットされた台詞が大分あるようだが、嵐のシーンは確かに短い。その分、TomとLearの長いやり取りは少なくなっていたと思う。

圧巻だったのは、正気を失ったLearがドーバーにやってきてGloucesterに再開したシーンと、彼のCordeliaを抱きかかえた最後の独白。Jacobiの切々たる台詞運びに目頭が熱くなる。

Jacobi以外で、特に印象に残ったキャラクターや俳優と言うと、既に述べたように、GonerilとReganのやや変わった趣向の造形、そして彼らを演じたGina McKeeとJustine Mitchellが良かった。Ron Cookのフールも新味のある演技だった。

上演全体の意図により、削り落とされた要素は大いにしても、"King Lear"でこれほど感動出来ることはこれからもまず無い気がする。Derek JacobiとMichael Grandageに感謝!




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