AmandaとLauraに感動
"Glass Menagerie"
Young Vic公演
観劇日:2010.12.29 19:30-22:10
劇場:Young Vic
演出:Joe Hill-Gibbins
脚本:Tennessee Williams
セット:Jeremy herbert
照明:James Farncombe
音響:Mike Walker
音楽:Dario Marianelli
振付:Arthur Pita
出演:
Leo Bill (Tom Wingfiedl)
Deborah Findlay (Amanda Wingfield)
Sinéad Matthews (Laura Wingfield)
Kyle Soller (Jim, Tom's friend)
☆☆☆☆ / 5
多くの演劇ファン同様、私もテネシー・ウィリアムズが大好きだ。このシンプルな出世作も、本でも映画でも、そして勿論舞台で見られれば尚更、大変面白い。日本では、緑摩子と南果歩が出演した上演(1993年、シアター・コクーン)は大変感動した記憶がある。AmandaとLauraのふたりには、母娘関係のひとつのarchetypeが見られると思う。色々な人が、このような母、このような娘を自分の周囲に、そして自分自身の中に発見するのではないだろうか。
但、Williamsはキャラクターやステージの作り方がしっかり書き込まれているので、上演の個性を強く打ち出すのは難しいのではないだろうか。それ故、俳優の演技力が大事になってくると思う。
ところがこの上演は、しきりとプロダクションの個性を主張する。いや、主張しすぎてしつこく感じた。特に、大変大げさな、誇張されたTomの台詞回しはイライラした。如何に彼が自分の世界にどっぶり浸っているかをしめしているのだろうが。最後の、もっとも感動的でリリカルなモノローグなんか台無しになって、何を言ってるか分からないうちに終わってしまい、ガクッと来た。「終わりよければ」、ではなく、「終わり悪ければ」、である。また、しつこい、説明的な音楽が良くない。LauraとKyleが親しくなっているところで、センチメンタルなピアノ演奏をするなど、安手のテレビ・ドラマみたいな感じになった。ウィリアムズ作品は、そもそもセンチメンタルになりやすい弱点があるので、まずいと思う。余韻とか、叙情が消えて、騒々しいプロダクションになってしまった感じだ。そういうのをぶち壊すのが、この演出家の意図なのだろうか?
しかし、それでも脚本自体の素晴らしさがそうした事を補ってあまりあるし、さらに、Deborah FinlayのAmandaの演技は一級だ。特に、Tomがやって来た時に、まるでLauraではなく、彼女自身が主役になってしまうシーンなど、説得力たっぷり。但、私が見た夜は、彼女は明らかに風邪を引いており、声が枯れてきて、最後にはかなり疲れも見えたのは少し残念だし、可哀想だった。俳優さんにとって、今年のような寒い冬のお仕事は大変だ。Sinéad Matthewsは、Tom同様やや変わったLauraだと感じた。あまり弱々しくなくて、ガラスの動物のようなもろさ、という感じはしない。しかし、足の引きずり方からかなりひどい障害で、口を開くのにいちいち時間がかかり、言葉を絞り出すように話す様子といった特徴に、非常に頑なに自分の世界に閉じこもっていることが強調されていると思う。私はとても良いLauraだと思った。彼女はマイク・リーのお気に入りだそうで、ふたつの映画に出ている。私は、Gate Theatreで上演された、Frank Wedekindの"Lulu"で見たが、その時は劇自体がつまらなくてうんざりしたのだが、今回は劇が一級であり、彼女の実力が発揮されたと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿