聴覚障害者が主人公のサスペンス・ドラマの秀作
BBC One drama, "Silence" 2010.7.17-15(全4回連続、各回60分)
Director: Dearbhla Walsh
Producer: Eleanor Greene
Scenario Writer: Fiona Seres
Douglas Henshall (Jim, a police investigator in Bristol)
Dervla Kirwan (Maggie, Jim's Wife)
Gina McKee (Anne, Jim's sister)
Hugh Bonneville (Chris, Anne's husband)
Genevieve Barr (Amelia, Anne's daughter, deaf)
Harry Ferrier (Tom, Jim's elder son)
Tom Kane (Joel, Jim's younger son)
Rebecca Oldfield (Sophie, Jim's daughter)
Jody Latham (Roach)
Rod Hallett (Mac, Jim's colleague in the drug squad)
Del Synnott (Terry, Jim's colleague in the drug squad)
David Westhead (Frank, Jim's colleague)
Mark Stobbart (Lee)
Richie Campbell (Rocky, Jim's colleague, a good amateur boxer)
Shazad Latif (Yousef, DJ and Sophie's boyfriend)
大変見応えのあるBBCドラマ。4夜連続で放映され、私は後でiPlayerで見た。話の舞台は、ブリストルの警察。Jimは殺人課のベテラン刑事で、家庭を顧みないほど仕事に没頭しているワーカホリック。妻と、難しい年頃の、3人の思春期の子供がいる。
Jimの妹Anneはブリストルの市街からはかなり離れて住んでいるようだが、Anneには耳の聞こえない娘Ameliaがいる。Ameliaは最近聴力を回復するためにインプラントを体内に埋め込む手術を受け、それを使いこなし、聞いて話す技術のトレーニングを受けるために、ブリストルの専門家のところへ通っている。その為、しばらくJimの家に滞在中だ。
ところが彼女がJimの家に滞在中に飼い犬の散歩に出たところ、女性が故意に車にぶつけられて殺害されるシーンを目撃する。しかもそのぶつけた車から出てきた男の顔も目撃。この女性はブリストルの麻薬組織に潜入して捜査中の女性覆面警察官であり、更に、彼女を殺害し、Ameliaに目撃された男は、麻薬捜査班の刑事だった。即ち、ブリストル警察の麻薬捜査班は、腐敗していたのである。
JimはAmeliaを捜査の渦中に投げ込み、危害が及ぶかも知れないことを恐れて、彼女の話は自分が聞くだけにして密かに捜査を進めるが、やがて汚職警察官達はJimの捜査に気づき、やがてAmeliaが目撃者であることも彼らの知るところとなる。Jimの一家にもAmelia自身にも危険が迫り、一触即発の事態となって行く。
このドラマは幾つかの主な要素を寄り合わせている。警察内部の汚職と戦う刑事の話、思春期の子供を抱えたワーカホリックの父親(Jim)の家庭のドラマ、やはり難しい年頃の娘を抱えたあまり意思疎通の良くない夫婦(Anne & Chris)の家庭の話--そこまでは良くあるが、それに耳の聞こえない若者が、インプラントによって新しく獲得した、音が聞こえる世界との格闘が重なる。ただでさえ、"Silence"の世界から、聞こえる人の世界への移行は難しいだろうに、それが殺人事件の目撃と重なり、犯人から追われる身となって、彼女は時折堅く心を閉ざし、Jimや母親のAnneに「耳を傾ける」事を拒否したり、家に帰らずに、住み慣れた「沈黙」の世界に逃避したりする。殺人事件を扱ったサスペンス・ドラマという限定された設定の中ではあるが、障害者の気持ちを理解させてくれる作品として非常に貴重だと思った。
こういう障害者を中心に据えるドラマというのは、大変啓蒙的な、障害者理解の良心的ドラマとすることも出来る。ただその場合、お涙頂戴のセンチメンタルな作品とか、教育番組みたいな誰も見ないお堅い番組になる危険性がある。一方、障害者をご都合主義的に使い、ドラマの娯楽性を盛り上げる道具にする場合もあるかもしれず、障害を持つ人々から抗議の声が寄せられたりしかねない。このドラマは、その2つの間で何とかバランスを取りつつ、娯楽性も大いにあって、かつ、障害者のことも考えさせてくれるドラマになっているように思う。私としては、最初の2話がAmeliaのことがよりじっくりと描かれていて気に入っている。後半の2話は、アクションやサスペンスに富んで、息もつかせぬスピーディーな展開で、娯楽性たっぷりではあるが、その分、視聴者からAmeliaのことについてじっくりと考える余裕を奪っている気がした。
他に多少ご都合主義的なところもあった。AmeliaがCCTVの映像から、読唇術で言葉を読み取るシーンがあるが、素人から見ても到底読めるとは思えないぼやけた小さな映像だった。また、Jimの家は、単なる警察官(ベテランの中間管理職とは言え)とは思えぬほど豊かな様子だ。
Ameliaを演じたGenevieve Barrは本当の障害者で、耳の聞こえない人だそうであり、しかもプロの俳優ではないそうである。にもかかわらず迫真の演技! 彼女の恐怖や不安、孤独の表情は、他の何よりもこのドラマに説得力を与えていた。この障害を持つ女性が、BBCのゴールデン時間帯に放映された主要なドラマに登場しただけでも、このドラマが制作された意味はあると感じる。
ドラマとは直接関係ないことだが、これを見つつ強く感じたのは、国家権力を行使する警察という組織が当てにならない、いや市民を迫害し始めた時の恐ろしさをつくづくと感じた。多くの専制的国家では今でも頻繁にあることであり、また戦前戦中の日本における社会主義者や一部の宗教者のケースなど、日本人にも無縁ではない。更にイギリスでは、無実の市民(ブラジル人デメネゼスさん)が警察のテロ捜査で誤って射殺されたりもしている。苦しい時に助けてくれるはずの強力な組織から逃げ回らなければならないことほど、恐ろしいことはない。
写真は主人公のAmeliaと叔父で刑事のJim。
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