2010/07/30

"Welcome to Thebes" (Olivier, National Theatre, 2010.7.29)

ギリシャ悲劇の土台に描かれた現代アフリカ
"Welcome to Thebes"

National Theatre公演
観劇日:2010.7.29  14:00-16:30
劇場: Olivier, National Theatre

演出:Richard Eyre
脚本:Moira Buffini
美術:Tim Hatley
照明:Neil Austin
音響:Rich Walsh
音楽:Stephen Warbeck
振付:Scarlett Mackmin

出演者
Thebans(テーベ人):
Nikki Amuka-Bird (Eurydice, President of Thebes)
Chuk Iwuji (Prince Tydeus, leader of the opposition)
Rkie Ayola (Senator)
Siomon Manyonda (Haemon, Eurydice's son)
Vinette Robinson (Antigone, Eurydice's niece)
Tracy Ifeachor (Ismene, Eurydice's niece)
Bruce Myers (Tiresias, a blind seer)
Madeline Appiah (Megaera, a soldier)
Michael Wildman (Segeant Miletus)

Athenians(アテネ人):
David Harewood (Theseus, the 1st citizen of Athens)
Ferdinand Kingsley (Theseus's aide)
Jacqueline Defferary (Talthybia, a diplomat)
Victor Power (Enyalius, head of Athenian security)
Jessie Burton (Ichnaea, Athenian secret service)

☆☆☆☆ / 5
(あと一歩で5つ星を付けたいくらいのレベル)

休憩時間を入れて2時間半の劇が、ギリシャ劇のように、ほぼ一貫してハイピッチの台詞のデリバリーで進行する。中身は、ギリシャ劇からのモチーフと、現代のアフリカの問題をもの凄く沢山詰め込んであり、見ていても、これはかなり疲れる作品だ。主役のEurydice(ユーリディス)を演じるNikki Amuka-Birdは大変力強い演技だが、ソフトな台詞のところでは声が枯れていて、聞き苦しいところもあった。作品全体をもう少し短く刈り込んだら良いのではないだろうか。・・・とマイナスの印象を最初に述べた上で、これはハイトナー時代のNational Theatreらしい、大変力強く素晴らしい政治劇であることを強調したい。

舞台はアフリカの小国Thebes(古代地中海のテーベから名前を取っている)。長年の戦争で疲弊し、大統領府も砲弾の跡も生々しく、水道や電気の設備も不完全のような有様。警備しているのは、若者や子供の兵士。選挙で大統領に選ばれたのは(ギリシャ神話のキャラクターに基づいた)女性政治家で、抵抗運動の闘士だったEurydice。彼女の内閣の多くも女性。しかし、野党政治家の中には、将軍(warlord)として残虐な戦争で多くの非人道行為や殺人を繰り返したPrince Tydeusや彼を支援する議員(senator)のPargeiaもおり、政権の基盤は極めて弱い。Eurudice自身、息子を殺されており、そのトラウマが消えない。

このまだ幼い民主主義国を激励し、援助の手をさしのべるために訪れたのが、Athens(アテネ)の指導者(第一市民と呼ばれている)のTheseus(テセウス/シーシアス)。白人の外交官やシークレット・サービスに囲まれてヘリコプターで舞い降りた黒人政治家だ。当然、オバマ大統領を思い起こさせる設定。しかし、アフリカの強国にして民主主義国で、白人人口も多い南アフリカ共和国の大統領、ジェイコブ・ズマなども連想させる。Eurydiceを始め、Thebesの政治家達は何とか彼の歓心を買い、援助資金を得ようと媚びへつらう。一方、Theseusは時としてThebesに内政干渉的な事をアドバイスし、彼が連れてきた警備員は武器を振り回して治外法権的な行動も辞さない。

ギリシャ劇でのように、この小国の大問題のひとつはEurudiceの息子を虐殺したPolynices(ポリナイシス)の屍を正しく埋葬させるか、または野ざらしにして見せしめとするかである。ギリシャ劇ではこれはCreon(クリオン)に課せられた難しい判断だが、このMoira Buffini描く悲劇ではCreonの代わりにEurudiceを指導者にすえている。彼女の禁令に抵抗して、隠れて何とか兄弟Polynicesの遺体を埋葬しようと試みるのは、ギリシャ悲劇と同じくAnigone(アンティゴネ)。家族の死体が腐っていくのを放っておけない娘と、息子の殺人者を許せない母親、トラウマを抱えた二人の女の戦いである。

更にAthens側も平安ではない。Theseusが留守の間に、神々の欲望、嫉妬や企みにより、Theseusの妻Phaedraが自殺したとのニュースが伝えられる(プロットのこの点が、いまひとつ浮いていて、うまく消化されていない)。盲目のTiresias(テレジアス、タイレジアス)も出て来て、こうしたことを予言する。

いやはや、色々とまとめきれないことが多い。ギリシャ悲劇に含まれる人類永遠の業と。現代アフリカの抱える諸問題を、Moira Buffiniは力業でひとつの劇にした。大作だ。私はよく分かってないところが大分ある。台本を読んで、もう一回見ると、ちゃんと理解したことになると思う。現実の政治との関係では、かなり綿密にリベリアの最近の情勢が下敷きにあるようで、プログラムにも詳しい解説がある。又、ベースとなっているギリシャ劇のエピソードの解説もあり、この劇を見る場合はあらかじめプログラムをしっかり読んでおく方が良いと思う。

印象に残る俳優が沢山だ。テレビでもちょくちょく見るNikki Amuka-BirdとDavid Harewoodの主役2人が素晴らしい力演。Harewoodは体躯も立派だし、声も堂々として、大国の政治家らしい実に貫禄のある雰囲気をかもし出す。Amuka-Birdは心の傷を隠した繊細な内面と、政治家としてしなければならない厳しい決断の板挟みになった女性の姿を上手く表現していた。Athens側の外交官でありながら、なんとかThebesとの仲介をつつがなく務めたいと奔走するTalthybiaを演じたJacqueline Defferary、自分の人生も命も捨て、幽霊のようにさまようAntigoneを演じたVinette Robinson、イアゴーのようにギラギラとした油断ならない目を光らす将軍(warlord)役のChuk Iwuji、その他の脇役の俳優も印象的な人が沢山。特に少年と若者の兵士2人が迫力満点だ。イギリスにはこんなに沢山芸達者の黒人俳優がいるんだ、と改めて思った。

半ば廃墟と化した大統領府のセットも効果的。

(追記)最近、以前にも増して持病がひどくなり、まともに活動できている日が少ないので、劇場に行くのも大変。そのうち、2時間半座席に座っているのも電車に乗るのも嫌になりそうで恐ろしい・・・。でも無理して行ってみると、何とか出かけて良かったと思う。劇場に行くたびに、枯れかけていても水をもらって蘇る草のような気になる。


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2 件のコメント:

  1. Yoshiさんこんにちは。pluvieuxです(ねこの絵のブログの・・・)。遊びに来ました。

    アメリカ文学に移る前は私もイギリス文学を勉強していました!日本のイギリス演劇の先生がすごく生徒思いのいい先生だったり、アメリカでもイギリス演劇の知識ですごく助けられて、久しぶりに思い出して嬉しくなりました。私もいつかイギリスで演劇を見てみたいです。

    題名はカンタベリー物語の冒頭ですか?授業で先生が説明して、それをわくわくしながら聞いていたのを昨日のことのように思い出せるのに、なんだかずっと遠い世界のことになってしまったような気もします・・・。これから新しい土地に行って、私もまた何かやりたいことが見つかるといいです。

    また遊びに来ます。

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  2. pluvieuxさま、コメントありがとうございます。丁度このポストを少し直しているところでコメントをいただきました。タイトルはおっしゃるとおり、チョーサーの作品冒頭をちょっと順番かえたものです。

    私はアメリカの演劇も大好きです。ミラー、ウィリアムズ、オニールなど、ロンドンでも良く上演され、私のブログでも感想を沢山書いております。最近もオニールとウィリアムズの初期の作品を見ました。

    そちらのブログでご主人の栄転について読みました。凄いですね!!おめでとうございます。だんなさまとは、奥様のなさった専門と違うので、かえって上手く行くのかもしれませんね。新しい土地で良いお友達に出会えて、楽しく充実した日々となりますようにお祈りいたしております。

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