2011/03/20

"Fen" (Finborough Theatre, 2011.3.19)

心の沼地(fen)を描くCaryl Churchillの異色作
"Fen"

Iron Shoes公演
観劇日:2010.3.19  15:00-16:30
劇場:Finborough Theatre

演出:Ria Parry
脚本:Caryl Churchill
セット:James Button
照明:David W Kidd
音響、音楽:Dave Price

出演:
Alex Beckett, Katharine Burford, Elicia Daly, Nicola Harrison, Wendy Nottingham, Rosie Thomson

☆☆☆ / 5

"Top Girls"などの作品で著名なCaryl Churchillの、公演されることの珍しい作品とのことである。大変地味な素材であり、大衆的アピールは無いし、観客の安易な感情移入を拒絶するような作風だが、そこがかえって面白い。

(以下、劇の筋書きやディテールを書いているので、これから公演を見たり、テキストを読んだりする方は、それをご了解の上で読み進んでください。)

'fen'と言う単語は沼地、湿地などを表し、"Fens"という複数形では、イングランド東部のリンカーンからケンブリッジにかけての、かって沼沢地が多かった地域を指す。この地域は17世紀頃より運河などを通して排水が進み、現在では豊かな農業地帯になっているところが多い。別の言葉では、East AngliaとかNorfolkと呼ばれる地域とかなり重なる地域だろう。ロンドンに比較的近いのだが、それでいて大都市が少なく、経済や文化では、豊かな南東部の後背地という感じのある、日本で言うと北関東みたいな面があると思う。

50〜60人程度しか収容できないFinboroughの空間をふたつに分け、真ん中に長方形のステージを設置し、それを2辺から観客席が挟む形にしている。土間と同じ高さのステージには砂が敷き詰められて、劇が始まる時にはそこにジャガイモがたくさん置いてあって、劇が始まってしばらくすると登場人物がグループでそれを収穫する。最初に出てくるのは、カメラを首にかけた日本人のビジネスマン。時は1980年代、日本経済の生み出した財力が世界の資産を買いあさっていた時代。このビジネスマンも、イングランドの農業会社に投資し、この地域の農家を半ば所有している。サッチャー政権の自由化により、イングランドの農地が企業所有に集約され、それが外資に買われる。農民は、大地や地域に生やしていた根を奪われて、その日その時の手間賃を稼ぐ農業労働者となり、人々の心はすさび、地域の人間関係や家族の絆が破壊されつつある。また、農村の古めかしい倫理観と新しい時代の生き方、保守的な年長者と自由を求める世代、などの行き違いもある。リアリスティックで感動的なドラマに仕上げることもできるだろうが、作者はそういう手法は選ばず、1人3役とか4役を前提に、20人以上の人が登場し、90分の劇に21ものシーンを詰め込んで短いスケッチを積み重ねることで、個人の生き方と社会のあり方を複眼的に考えるように観客に求めていると思われる。

とは言え、中心になるのはVal (Katherine Burford) という幼い子供を2人抱えた女性。夫を捨ててFrank (Alex Beckett) という農業労働者の男性と一緒になりたいと思っているが、子供を捨てることは出来ず、経済的にもFrankの収入だけでは生きていけない。結局母Shirleyに世話になりつつ、宙ぶらりんの生活をしている。Frankは雇い主のMr Tewsonに、このままではやっていけないから賃上げしてくれ、と頼むが、仕事があるだけでもありがたいと思ってくれ、とはねつけられる。Valのけなげな子供達ふたり、DebとShonaも母親の不安を感じ、それを映し出す。ValとFrankは徐々に追い詰められていく。

荒涼とした風景、断片的なシーン、感情を上手く表現出来ない、素朴だがインテリジェンスのない人々・・・ValとFrankの物語以上に、こうした荒れ果てた心象風景全体が作品の意味であろうと思う。基本的にフェミニズムの劇である。フェミニズムの文学というと、性差別によりキャリアを阻まれた女性の問題など都市のミドルクラスの女性が取り上げられることが多いかと思うが、ここではそういう陽のあたりやすいところにいる女性達ではなく、農村の、謂わば時代から取り残された女性達のあり方を敢えてドラマチックな語りを排して映し出している。

俳優の演技は一流だったが、1人何役もやっているので(女性が男性をやることさえある)、私には、時々、誰が誰なのか分からなくなった。もっと観客をぐいぐい掴んで欲しいと思いつつ、それはおそらく作者の意図ではないんだろうとも思った。かなり戸惑わせる劇ではあるが、見て損のない作品だ。

写真はFinborough Theatre。前にある木のおかげで、何だがお化け屋敷みたいですね(笑)。1階はカフェ。入ると何か注文しないと悪いみたいな感じです。




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