2011/03/01

Sara Paretsky, "Hardball" (2009; Hodder & Stoughton, 2010)

Sara Paretsky, "Hardball"
(2009; Hodder & Stoughton, 2010)  446 pages.

☆☆☆☆☆ / 5

私がいつも新しいペーパーバックの出版を待っている唯一の作家と言っても良いのがSara Paretsky。彼女の小説にはガッカリしたことがないが、今回も同じ。いや、むしろ今までの作品以上に良かったと思える。

Paretsky作品の主人公、女性私立探偵のV. I. Warshawski (V. I. ないし、Vicと呼ばれる) は、脳卒中を起こし死の床についている黒人の老人女性から、彼女の愛する甥 Lamont Gadsdenの捜索を頼まれる。そのLamontは、40年も前、シカゴで人種紛争があり、Dr Martin Luther King Jr. が公民権運動の行進を行った後に行方不明になっていた。Lamontの周辺には、シカゴの黒人の若者達のギャングがいて、V. I.はそこからもつれた糸をたどっていくが、そうするうちに、ギャングの抗争が口実に使われた裏で、シカゴ政界の大物や警察官の腐敗が絡む殺人事件のもみ消しがあったのではないかとの疑いが浮上する。V. I.が事件の本質に近づくにつれて、彼女が理想的な警官であり父として愛してやまなかった亡くなった父親のTony、叔父のPeter、Peterの娘のPetraなどが、この事件と関わってきて、彼女は自分の家族の、きれいとは言えない過去を掘り起こすこととなり、悩み苦しむ。更に、事件の重要な証人となり得る人々が襲われ、彼女自身もひどい怪我をしつつ、潜伏せざるを得ない。父の思い出やいとこの安全を守りつつ、プロフェッショナルの探偵として、殺されたり失踪したりした人々についての真実を明らかにしたいと格闘する。

Martin Luther King Jr.が実際にシカゴの白人街で行進をし、その際、それに反発した白人達が騒動を起こし、物が投げられてKing牧師にもレンガが当たった、というところは実際にあったことだそうである。この公民権運動の歴史の一幕、そして昔から悪名を馳せているシカゴ政界の暗部、さらに警察内部の汚職と言った、現実を背景としたフィクションの要素を、V. I.自身の家族の問題と合わせて密に織りあげたところがこの小説の読みどころだと思った。Paretskyのリベラリズムと公民権運動の時代を生きた者の自負が、この作品に平凡なミステリにはない厚みを与えている。

Paretskyの小説の大きな魅力のひとつは、主人公以外にも魅力的なキャラクターが多いこと。軽薄でナイーブ、自分勝手だが、素直で愛すべきいとこのPetraや、V. I.を助ける理想主義の女性牧師Karen、難民救済の活動に従事するSister Frankieなどの修道女達、浮浪者のElton、悪名高いギャングのJohnny Merton、口先のなめらかなセキュリティー会社の経営者だが、実は悪魔の化身のようなDornick等々、この作品においてもParetzkyが印象的なキャラクターを作ることに長けているのはつくづく感心する。KarenやSister Frankieは謂わばV. I.の分身であり、宗派や職業の違いを超えた一種のsisterhoodを感じさせる。

かなり込み入った小説であり、途中、全く中だるみが無いとは言えないが、それも迫力ある結末に向けての準備段階だろう。例によって、終盤彼女が追っ手から逃げたり、隠れたりしつつ捜査をするシーンは息をつく間もない緊張感を作り出し、Paretskyの探偵小説作家としての実力を存分に発揮している。結末は、娯楽小説の最後とは思えない程感動的だ。

Paretzkyは1947年生まれの63歳とのこと。日本で言うところの団塊の世代、学生運動、反ベトナム戦争の運動、そして公民権運動の時代を生きた世代であり、また最初のフェミニスト世代だろう。若い頃の理想を失わず、ミステリというメディアにありながら、多くの読者にアメリカのリベラリズムへの希望を与え続けている。まだ活躍できる! これからもV. I. Warshawskiシリーズでも、その他の小説でも長く創作活動を続けることを祈りたい。

このブログではもう一冊彼女の本、"Bleeding Kansas"、の感想を書いています。また旧ブログでは、V. I. シリーズの一作、"Fire Sale"の感想もあります。


(3月2日追記)大阪地検特捜部の証拠ねつ造により冤罪を背負うことになった厚労省局長の村木厚子さんを取り上げたドラマ「私は屈しない」(TBS)を帰国中に見た。この中で、村木さんが、勾留中に読んで大変勇気を与えられた小説として、Paretskyの『サマータイム・ブルース』があげられていた。村木さんがParetskyを読んでいたことは事実のようである。ドラマでは、裁判において被告が次の言葉に言及している:

「あなたが何をしたって、あるいはあなたに何の罪もなくたって、生きていれば、多くのことが降りかかってくるわ。だけど、それらの出来事をどういうかたちで人生の一部に加えるかはあなたが決めること」(こちらのページから引用させていただきました。)


ロンドンにお住まいのParetzkyファンへ・・・このブログの読者には居ないかな(^_^)

3月16日午後7時より、PicaddilyのWaterstone'sにおいて彼女のトークがあります。彼女の新作、"Body Work"について語るとのこと。チケットは£3。この新作は既にハードカバーとキンドル版は発売されているが、ペーパーバックはまだ。




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