2011/03/24

"The Holy Rosenbergs" (Cottesloe, National Theatre, 2011.3.22)

パレスティナ紛争がイギリスのユダヤ人家庭に落とす影
"The Holy Rosenbergs"

National Theatre公演
観劇日:2010.3.22  19:30-22:00
劇場:Cottesloe, National Theatre

演出:Laurie Sansom
脚本:Ryan Craig
セット:Jessica Curtis
照明:Oliver Fenwick
音響:Mike Winship
音楽:Jon Nicholls

出演:
Henry Goodman (David Rosenberg)
Tilly Tremayne (Lesley Rosenberg, David's wife)
Susannah Wise (Ruth Robsenberg, David's daughter & a human rights lawyer)
Alex Waldmann (Jonny Rosenberg, David's second son)
Stephen Boxer (Stephen, a human rights lawyer, working for UN)
Philip Arditti (Simon, a local rabbi)
Paul Freeman (Saul, David's friend and a medical doctor)

☆☆☆☆ / 5

(以下、劇の筋書きやディテールを書いているので、これから公演を見たり、テキストを読んだりする方は、それをご了解の上、読み進んでください。また、テキストを読んでないので、筋書きについて間違った理解があるかも知れません。)

ロンドンのEdgewareという地域に伝統的にあるユダヤ人コミュニティーに住むRosenberg一家。父親のDavidはcaterer(仕出し業者)。プログラムの説明を読むと、多くのユダヤ人にとっては、宗教上決められた食餌の戒律が厳しいので、catererは、作る料理のおいしさだけでなく、大変専門的な知識を要する仕事のようだ。Davidの長男Dannyはイスラエル軍の軍人としてガザ侵攻に出征し、戦死した。劇はその葬儀の前日のRosenberg家の居間を舞台にしている。

Davidは地域でも尊敬されてきたビジネスマンだと思われるが、近年食中毒の問題が起こって(このあたり、英語力不足で良く理解出来なかった)商売が傾き、やむを得ず、ミニキャブ(安いタクシーの一種)の運転手のアルバイトもしているという窮状にある。彼はイスラエルのために戦死した長男をとても誇りに思っているが、次男のJonnyは家業に興味を示さず、オンライン・ギャンブルのビジネスを始めようと計画しており、父親とは折り合いが悪い。また、彼は自分がいつもDannyの影に隠れ、父の期待を裏切ってきたことに複雑な感情を抱いている。更に、優秀で、正義感が強い娘のRuthは、人権問題を扱う弁護士として、国連のガザ占領問題の調査の仕事をしており、上役のStephen(演じているのも偶然だろうが、Stephen Boxer)と共に、イスラエル軍の人権侵害を明らかにする調査報告書を書きつつある。Ruthの活動は地域のユダヤ人にとっては大変苛立たしいことで、Davidを悩ませている。この夜、医者で、Davidの子供の頃からの友人のPaulが食事にやってくるが、Ruthの仕事をめぐり、ユダヤ人・コミュニティーの意見を代表するPaulは、Ruthの仕事を激しく批判し、彼女をDannyの葬儀に出席させるな、とDavidに迫る。Paulは自分の娘の結婚披露宴の食事をDavidに任せるはずになっており、Paulとの対立は一層の経済的な困難も意味する・・・。

幾つか劇評を読んでみたが、皆指摘しているのは、Arthur Millerの影響である。確かに主人公のDavidには、"All My Sons"のJoe Kellerや"Death of a Salesman"のWilly Romanの影が濃い。伝統的な家父長的家庭観、一家を背負って頑張るという意識、自分の失敗を子供達に話せずにいるところ、地域の人々との関係、彼らの評判を非常に気にするところなど、Millerの主人公に似ている。妻のLesleyも、典型的な母親像を体現しており、けなげに夫をサポートし、ついには心労で倒れてしまう。この一家はマイノリティーのコミュニティーで生活し、近隣の住民を顧客にして自営業を経営しているので、Miller作品以上に周囲の人々との関係を大事にせざるを得ない立場にある。更に、ユダヤ人・コミュニティーなので、宗教上のしがらみ、そしてイスラエルが行っていることをどう考え、サポートするかということにも密接に関わってくる。上記のようなRuthの仕事は、一家にとって大きな試練なのである。しかし、Davidは娘の仕事を押さえ込むようなことは言わない。彼はMillerの描くWillyやJoeのようないかがわしさや自己欺瞞はない。Davidに性格的な問題があるとしたら、家長としての自負にこだわって、率直に自分の置かれた弱い立場を直視し、家族とのコミュニケーションをはかることができなかったことだろう。その意味で、WillyやJoeのような性格破綻者の悲劇とはかなり違った印象を持った。この劇の眼目は、現代において、特に現代のイギリスにおいてのユダヤ人であることの意味、イギリスなど欧米の国に住むユダヤ人のイスラエルへの視点の難しさだと、私は感じた。その点で、この劇の感想は、見る人により大きく別れるのではないか。パレスティナの問題に関心の無い人にはまったく興味を持てないかも知れず、また、作者Ryan Craigの視点がかなりRuthのような人と重ねられている感じなので、教条的なリベラリズム、英語で言うところの"political correctness"に傾いた劇と見られるかも知れない。Guardianのビリントンが4つ星をつけているのに対し、Daily Telegraphのスペンサーが酷評して2つ星というのも、そういう要素も関係していると思う。

前半は、私の体調が悪いせいもあり、うとうとしてなかなか集中出来なかったが、後半にかけて、Paulが食事に招かれて、DavidとPaul、そしてRuthや彼女の上司のStephenも加わっての白熱した議論になってからは、最後まで舞台に釘付けになった。Davidを演じるHenry Goodmanを始め、俳優がそれぞれのキャラクターの持ち味を十二分に表現出来ていた。ただ、キャラクターがかなり「タイプ」になっていて(家父長らしいDavid、さっそうとした、正義感の強い人権派弁護士のRuth、心配性のお母さんらしいLesley、出来損ないのprodigal sonタイプのJonny等々) いささか変化や驚きに乏しい感じがした。また、お葬式の前日にこんな大騒ぎをする気力があるのだろうかとか、Stephenが、亡くなったDannyの精神状態に関する大事な書類を、偶然この晩に持ってやってくるところなど、ドラマティックにするためのご都合主義とも見える。

Arthur Millerの劇のような、国や文化を超えてのユニバーサルな魅力があるとは言えないだろう。しかし、パレスチナ問題を、在英ユダヤ人の視点から、身近な家庭劇の枠組みで考えさせてくれた作品として、意義あるものであり、また素晴らしい演技に支えられ、私には大変説得力のある公演だった。

見終わった後、在日韓国朝鮮人のコミュニティーにとっての朝鮮半島問題と共通する点もあると感じ、『焼肉ドラゴン』も思い出した。

Cottesloeではユダヤ人虐殺を扱った劇、"Our Class"を2009年に見ていました。

監督Laurie Sansomと脚本作家Ryan Craigのインタビューがありました(a facebook page)。

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2 件のコメント:

  1. ライオネル2011年3月25日 12:41

    Yoshi 様
    あらすじ、ありがとうございます(笑い)
    大まかなあらすじは思ったとおりで、安心しました(ヘヘ)
    ユダヤの家族なので、日本人が理解することは難しいだろうと、思っていますが、今は無いけど日本の、絶対君主だった家族制度と近いのではないだろうかと・・・・
    戦死した長男、宗教・・・・・
    ユダヤ人の家族のつながりの強さは、題材に使われていますが・・・・・・今の時代は崩れはじめているんでしょうね。
    私はアレックスに「今まで絶対だった父親の権威が、崩れていく悲劇 昔の用に子供たちも自分の思い通りにはならない」が大まかなストりーだと思うと、伝えたら、「そうだ」って言ってくれました。
    今まで見た舞台の経験からの「ユダヤファミリー」をイメージしながら見るしかなかったけど。。。。なんとなく判りました。
    1幕の最後の母親と娘の長い会話が、全く判らなくて、集中するのが辛いシーンでした。

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  2. ライオネルさま、コメントありがとうございます。筋書きについては、私も台本を読んだわけではないので、間違いもあるかもしれません。ただし、リビューは2,3読んだので、大きくは外れてないと思います。

    この家庭はユダヤ教の食餌の戒律、kocherを守る人達に仕出しを提供する家ですので、親の世代では伝統的な家庭でしょう。でも子供達はその親の倫理観を裏切り始めているわけで、世代間の対立があります。ユダヤの家庭は、イギリスだけでなく、他の国でも親子関係が密接で、それは多くの文学作品の下地になっています。

    娘のRuthは母親にイスラエル軍の人権侵害を見逃してはならないこと、自分の仕事の不偏不党性を力説しているのですが、母のLesleyにしてみたら、何故そう言うことを自分達の娘がしなければいけないのか納得できず、また、その為に夫が困っていること、家業が傾いていることを娘に伝えようとしていたと思います。

    しかし台本もないのに、大まかな内容がよく分かりましたね!英語力、大分進歩されたのではないですか。Yoshi

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