2012/03/18

"Farewell to the Theatre" (Hamstead Theatre, 2012.3.17)

演劇が持つ力を静かに見せてくれる
"Farewell to the Theatre"

劇場:Hamstead Theatre
製作:Hamstead Theatre
観劇日・時間:2012.3.15  15:00-16:40(休憩なし)

原作者:Richard Nelson
演出:Roger Michell
デザイン:Hildegard Bechtler
音響:John Leonard
照明:Rick Fisher

配役:
Harley Granville Barker (playwright and director): Ben Chaplin
Dorothy Blackwell (manageress of the boarding house): Jemma Redgrave
Henry Smith (Dorothy's brother, associate professor): Louis Hilyer
George Scully (Henry and Dorothy's cousin, teacher): Andrew Havill
Beatrice Hale (actress and itinerant lecturer): Tara Fitzgerald
Frank Spraight (Dickens recitalist): Jason Watkins
Charles Massinger (student of Williams College): William French


☆☆☆☆/5

'Preface to Shakespeare'シリーズで今でも学者や学生がお世話になっている20世紀始めの演出家、劇作家、俳優、そして学者であったHarley Granville Barkerを主人公にして書き下ろされたRichard Nelsonの新作。Nelsonはアメリカ人で、多くのヒット作を持つ著名な劇作家のようだが、私は彼の作品を見た記憶がない。先日、このブログにも時々コメントをいただくBPさんとお会いした折、面白かったとお聞きし、見ることにした(BPさん、良い情報を下さりありがとうございます)。

時は第1次大戦中。しかしまだアメリカが参戦していない頃。HarleyはアメリカのマサチューセッツのWilliams Collegeという大学に滞在して、講義などしている。彼は自分の演劇の仕事にも、人生そのものにも情熱を失っているように見え、ややシニカルな言葉を口にすることが多い。若い愛人がいて、結婚も破綻し、妻と離婚の相談をしているが、泥沼状態になるのではないかと恐れている。彼の周りに集まった人々も皆、多かれ少なかれ、沈滞した人生を送っている。キャストはCharlesを除き皆、アメリカで教職とか講演などで生活しているイギリス人たち。なぜアメリカにやってきて、なぜそこに居続けているのか、自分たちでも分からないし、イギリスに帰国して一から再出発する元気も能力も無さそうな人々の様子が淡々と描かれる。上司の教授のハラスメントにおびえて暮らすHenryと淡々と皆の世話をするだけのDorothy、女優だったが今は不安定な旅回りの講師業のBeatrice、Dickensの作品の朗読で糊口をしのぐFrank、大学勤めのいとこのHenryの仕事を狙っている男子校教師のGeorge。落ちぶれたインテリ集団というところか。40歳代のFrankを除いては皆30代なのに、もうすでに人生が大方終わったかのような雰囲気さえ感じさせる。もうすぐ、Henryが指導し、Charlesがリーダーを務める学生劇団による『十二夜』の公演が始まるという時、Frankに電報が着くがその内容は・・・。

最後に、イギリスでクリスマスの季節などにやる民衆劇、Mummers' playを皆で演じて終わる(日本で言うと、お神楽とか獅子舞みたいなもの)。

簡単なテーブルやベンチだけの簡素な舞台。シンプルな照明や音響。俳優たちの演技だけで観客を釘付けにする素晴らしい脚本と演技陣だ。これほど私的に入れ込んでみることが出来る舞台も珍しく、個人的には満点をつけたいと思った。ただ、1時間40分の、小品と言っても良い作品なので、4つの☆にした。

この劇の主な眼目は二つあると思う。ひとつは演劇の人間をよみがえらせる力。失意の友を慰めるために上演される最後のMummers' playがその証だ。もうひとつは、違った文化の中で暮らす人の孤独。この劇の場合はアメリカのイギリス人(イングランド人)が感じる喪失感である。民衆劇であり、イギリス人の季節の暮らしに深く結びついたMummers' playは登場人物の、そうしたイギリスへの望郷の念を凝縮したもの。

『十二夜』の上演シーンは演じられないが、そこで修羅場がある。舞台の外の、劇中には名前しか出てこないボス教授のProfessor Westonの辛らつな評価や大学教員同士のごたごたで、折角の学生演劇の喜びが台無しになる。見る人が悪いのだ。一方で、Frankひとりのためだけに演じられたMummers' playは、単純な子供だましの劇のようでありながら、Frankに大きな喜びと感動を与え、また演じた友人たちも満足感に包まれる。確かに演劇や文学作品を分析したり評価したりするのは避けられないし、必要なことでもある。しかし、その一方で、学者や批評家の野心や、学生が良い成績を取るために、演劇やその他の文学作品を心をこめて味わうことが出来なくなることもあるなと、考えさせられた。

比較的小さなHamsteadの割合前のほうに座れたので、俳優の表情が十分味わえた。Frankを演じるJason Watkinsと、いつも背景にいて皆を静かに見つめるDorothy役のJemma Redgrave (Corin Redgraveの娘)の2人が大変印象的。何も言わない時の俳優の表情の変化や間の取り方に味わいを感じる劇。また台詞も細かい工夫が沢山詰め込まれていると感じた。前もって台本を読んでいったのだが、面白くて、電車で降りる駅を乗り過ごしてしまった。

ところで、この劇のタイトルは、Granville Barker自身の劇をそのまま使っている。もともとの'Farewell to the Theatre'も読まなきゃ。彼の劇としては、2008年にAlmeidaで代表作らしい'Waste'を見ているが、もの凄く感動した記憶がある。

(追記)その後、いくつか劇評を拾い読みしてみたが、結構辛口のものもあった。しかし、ObserverのSusannah Clappはトップで取り上げて絶賛。GuardianのBillingtonも4つ星で賞賛していた。Clappはこの公演での沈黙の雄弁さを特に褒めていた:'I don't think I've ever been to a play (even one by Pinter) in which silences and gaps are so important.'  Ben Chaplinという主役の俳優、テレビで時々見る顔だと思うが、舞台でしっかり見たのは初めて。Granville Barker本人にそっくりだそうだ。Jason Watkinsはあちこちで見かけるおなじみの俳優。地味な持ち味を生かした実に味のある演技。地味で目立たないタイプであることが、かえって役者の個性になるタイプの人。Tara Fitzgerald扮するBeatriceは、自分よりも15歳も若い20歳のCharlesに完全に目が眩んで、かいがいしく恋人兼母親を演じているのだが、実に馬鹿で、哀れ!われわれ男は、女性は最終的には冷静で計算高いと思いがちだが、ここまで馬鹿になれる人もいるかしら?

なぜ私がこの劇にこれほど惹きつけられたのか、劇本来の良さもあるけど、この劇の人物たちが感じる疎外感に共感したからだろう。私はイギリスにいてもアメリカでも、その土地の人にまったく溶け込めず、友人も出来なかった。いや、内向的性格のためなので、それは日本にいても同じだが。背景でただ黙々と雑事をするだけで自分の気持ちを表現できず、いつも観察者でしかないDrothyに非常に共感してしまった。もうひとつは、このMummers' playのような民衆劇は、中世演劇と同じ文化基盤に立つ面があり、E K Chambersの昔から、中世劇の学者が研究対象としてきたので、こうして劇の一部として上演されて、とても親しみを感じたことも、この劇が好きになった一因だろう。更に、場面設定が大学ということで、親分教授のハラスメントと言ってよい処遇に苦しめられていつも情けない思いをしているHenryとか、大学の職が得られないかとやきもきしている中高の男子校教師のGeorgeを見ていると、「こういう人たち、いるいる」と思わざるを得ない(私自身は前職では、親切な同僚や上司に恵まれたけど、でも直接の上司によるいじめに似た扱いで辞めた先生も知っている。)

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