2011/06/04

土地所有に関する法律用語(2): "fee simple"

(このポストは前項から続きなので、まだの方は「土地所有に関する法律用語(1)」をざっとご覧下さい。}

前のポストを書いた主な理由は、限定的な不動産所有と、絶対的な(完全な)不動産所有の違いを表す用語に興味があったからだ。即ち、"fee tail"と"fee simple"。後者のフレーズを聞いて、直ぐに何かを思い出す人がおられるかもしれない。そう、これである:

So greet a *purchasour was nowhere noon:   (land-buyer)
Al was *fee symple to hym in effect;              (unrestricted possession)
His purchasing might nat been *infect.           (invalidated)

(和訳)彼ほど優れた土地取引をする人は他にはいませんでした。
実際のところ、彼にとっては、すべての土地は条件無し所有でした。
彼の土地購入が無効になることはありませんでした。

これはGeoffrey Chaucer, "The Canterbury Tales"のPrologueにおけるSergeant of Law(高級法廷弁護士)のポートレイトの一部である(テキストは"The Riverside Chaucer" I (A) ll. 318-20)。中世においても、不動産所有の問題が大変重要、かつ法律上専門的であり、法律家の主要な仕事であったことがうかがわれる。"The Riverside Chaucer"の註を引用する:

Transactions involving property, usually heard in the Court of Common Pleas, were a special province of sergeants, who were often engaged as "purchasours" of land of client. Purchasing land in the technical legal sense meant obtaining a writ, and the process often involved litigation to remove entails, or legal conditions, limiting a right to dispose property (David Mellinkoff, Lang. of Law, 1963, 108). The most desirable writ was "fee symple" (Lat. in fed simpliciter), which granted the right to sell, transfer, or bequeath property directly." (p. 812)

(〔和訳〕不動産をめぐる取引は、普通、王室民事裁判所(The Court of Common Pleas)で審理されたが、高級法廷弁護士(Sergeants of Law)の専門とする分野であり、彼らはクライアントの所有地の取引代理人を務めた。法律的な意味で、土地購入をすることは、即ち、裁判所発行の令状(writ)を取得することであった。このプロセスには、しばしば、当該の不動産から物件売買を不可能とするような法的な所有条件(entails)を除去することが含まれた。もっとも望ましい「令状」(writ)は"fee simple"(完全不動産権)であり、これは、当該の不動産を売却、譲渡、遺贈する権利を与えた。)

土地を購入する場合や相続する場合、あるいは法的な遺言を作成する場合、その土地に付帯している条件(entails)をすべて見いだして(思いがけない条件がついていて、あとで騙されたと驚くこともあり得る)、それを除去、ないし簡略化するのが法律家の仕事だったわけだろう。その際、litigationを起こして争うこともあるだろうが、敵対的な訴訟でなく、一種の商取引としてのlitigationを起こす事によりCommon Law courtの裁定を受けるという形で後腐れの無いように文書化する場合も多かったと思われる。土地を管理する法務局がなかった時代、様々のlegal courts、特にthe Court of Common Pleasや地方のmanor courtsが信頼出来る土地登記の代わりをしたのだろう。また、entailsを除去する為には、当然ながら金銭的、あるいはその他の取引も成されたことと思う。

文学専攻の学生としては、これにあまり深入りしても意味は無いかもしれないが、当時の不動産取引と法や法廷の役割について、もう少し調べてみたい気がする。考える機会を与えて下さったBookwormさんにはお礼申し上げる。

なお、上に引用した註の、引用文に続く文章にも書いてあるが、Chaucerの描くSergeantは、顧客の為の土地購入だけでなく、自分自身でも専門知識を生かして土地購入を重ね、財産を増やしていることがほのめかされているとも解釈出来る(Cf. Gill Mann, "Chaucer and Medieval Estate Satire" pp. 88-89)。中世英文学には、法律家の貪欲な財の蓄積に関する諷刺が多い。土地所有は、階級の上下を表す指標であり、大土地所有によりジェントリーと見なされるようになるので、収入の多い商人や、法律家などの特殊技能保有者(プロフェッショナル)は、得た財産を土地に替える。Shakespeareが、演劇で得た収入で、ストラットフォードで不動産を買ったことも思い出される。なお、私は法律に関しては素人であるから、色々と誤解や間違いもあるかもしれないので、詳しい方はコメント欄でご教示いただければ幸いである。

以下は写本に残るThe Seageant of Lawの肖像




(捕捉)限定的土地所有の概念の始まり

不動産の条件付き所有、"fee tail"、の事を考える時、西欧の(そして日本でもかなり同じだろうと推測するが)土地所有概念が、中世の封建制度に始まっていることを考えざるを得ない。アングロ・サクソン時代に始まり、ノルマン人のイギリス征服以降定着したイングランドの「封建制度」 (feudal system) においては、そもそも王が全ての国土を所有して、それを、一定の軍役などと引き替えに臣下に授与したというモデルに基づく(但、このモデルは後の歴史家が考えたアナクロニズムであるから、矛盾や例外は多い)。更に、大領主は、王から授与された土地を自分の臣下に授与し、その臣下は更に下の家来に授与していくという形で、農民にまでいたる。従って、封建国家での土地所有は、軍役、あるいは後にそれに代わる金銭的な税や、農民の労役など、総じて条件付きの「限定的な」ものであった。限定的なものであるから、元の領主に返さなけれればならない事態も生じる。例えば、相続適格者がいない場合("escheats")など、主君に召し上げられたりする。主君の意に背くことがあれば(日本における藩の取りつぶしのように)、王(あるいは領主)に土地を没収されることもあった。土地所有の始まり自体が条件付き所有であったのだから、土地に色々な条件をつけて売り買いをしたり、相続をしたりするのも当然とうなずける。

2 件のコメント:

  1. Chaucerはsheriffをやっていましたね。いろいろと悪徳取引を見聞きしたことでしょう。そのような体験が詩作に反映されているのですね。

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  2. コメントまとめてありがとうございます(^_^)。

    チョーサーがSheriffだったどうか、記憶にありません(もしそうだったら教えて下さい)。彼はケントのJustice (Commissioner) of Peaceとして簡易裁判をやっていたのは確かです。同じそのcommissionには有力なsergeants at lawが数人含まれていたようです。その他、ロンドンの税官吏としても法律問題に詳しかったのは確実でしょうけれど。なお、彼の描くFranklinは,

    A shirreve hadde he been, and a countour.
    Was nowher swich a worthy vavasour. (Prol. 361-62)

    とありますので、以前はsheriffだったんですね。

    悪徳取引かどうかという以上に、各種の裁判所が、一種の土地登記所、法務局、というような役割をしていた面が強いと思います。土地のような巨額の不動産取引は、裁判所で裁判官の前で取引を行うことで後で問題の無いものにしたようです。地方では、sheriffやbailiffも裁判を開いていましたが、そこで扱われるcaseの少なくとも半分以上は、係争案件ではなく、こうしたadministrativeなものだったようです。詳しくはまだまだ勉強中(^_^)。

    なお、かっての批評家はChaucerのMan of Lawを悪徳弁護士のように解釈する人もいたと思いますが、それは間違いだと思います。彼が不正を行ったとは書かれていません。但、Sergeant at Lawは、世襲ではないプロフェッショナルとしては当時最高の身分でしょうから、非常に豊かで、誇り高い人々でした。彼らは世間の羨望の的でしたから、その豊かさを批判的に描かれることも多かったと思われます。

    Yoshi

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