2011/06/26

"Three Farces" (The Orange Tree Theatre, 2011.6.25)

ビクトリア朝の珍しいファース3本の貴重な上演
"Three Farces"

The Orange Tree Theatre公演
観劇日:2011.6.25  15:00-17:20
劇場:The Orange Tree Theatre

演出:Henry Bell
脚本:John Maddison Morton
編集:Colin Chambers
セット:Sam Dowson
照明:John Harris
作曲・演奏:Daniel Cheyne
衣装:Katy Mills

出演:

1. "Slasher and Crasher"
Edward Bennett (Lt. Brown)
Stuart Fox (Crasher)
Clive Francis (Blowhard)
Jennifer Higham (Rosa)
David Oakes (Slasher)
Natalie Ogle (Dinah)
Daniel Cheyne (John)

2. "A Most Unwarrantable Intrusion"
Edward Bennett (Intruder)
Clive Francis (Snoozle)

3. "Grimshaw, Bagshaw and Bradshaw"
Edward Bennett (Bradshaw)
Stuart Fox (Grimshaw)
Clive Francis (Towzer)
Jennifer Higham (Emily)
David Oakes (Bagshaw)
Natalie Ogle (Fanny)

他にDaniel CheyneがMaster of Ceremonies(進行役)として登場。
ウクレレの弾き語りで歌を歌ったりして、雰囲気作りをする。

☆☆☆☆ / 5

120本以上の劇を書き、ビクトリア朝のイギリス演劇界において一世を風靡したJohn Maddison Mortonのファース(笑劇)3本の、大変珍しい上演である。ビクトリア朝はイギリス史の中でももっとも演劇人口が多かった時代とされている。産業革命とともに中産階級が成長し、一定の豊かさと余暇を得るようになった。また産業化により各地に大都市が形成され、劇場も増えた。ロンドンのウエストエンドに今も営業を続ける多くの劇場がこの時代に出来、また、ロンドンで人気を博した公演や役者が各地を巡回公演した。そうした時代にもてはやされたのがfarces(笑劇)だった。このファースというジャンル、謂わばどたばた喜劇である。分かりやすい駄洒落やアクションからなる。細かい事は忘れてしまったが、今回の3本は大体こんな話:

"Slasher and Crasher" (1848)
ある年配の頑固な男が、自分が保護者をしている姪と妹を嫁に出そうとしていたが、求婚者が臆病者だということが分かり、結婚させるにはふさわしくないと言いだした。慌てたその二人は彼に勇気を見せるために、嫌々ながら決闘をすることになる。

"A Most Unwarrantable Intrusion" (1849)
やはり年配の男Mr Snoozleが、妻や娘を追い出して、ひとりの休日を自宅で楽しんでいると、突然人生に絶望した(と見える)若者が自分の庭の池に飛び込もうとするので押しとどめる。ところが、この若い男は、感謝するどころか、救ってくれたのはSnoozleが自分を一生養ってくれるつもりだと勝手に決め込んで、横着にも彼の家の居候になろうとするので、Snoozleは大弱り。何とか出ていかせようと、押し問答が始まる。

"Grimshaw, Bagshaw and Bradshaw" (1851)
気ままな独身で薬剤師のGrimshawの家に、突然隣人で顔見知りの女性Fannyがやって来る。彼女にほのかな好意を抱いていたGrimshawはぬか喜び。しかしFannyは部屋を一晩明け渡して使わせろと言って彼を追い出す。彼の部屋はクロゼットや、他の借間へのドアやら、色々な出入り口があって、身を隠すのに便利。その夜、次々と色々な人がこの部屋を使って逃げ隠れし、人違いなども生じて、大騒動が繰り広げられる。

3本とも、まったく馬鹿馬鹿しいお笑いの連続である。観客席からは笑いが絶えず、ビクトリア朝劇作家の考えた笑いは今も全くそのエネルギーを失っていないことが分かる。観客を色々な形で巻き込んで、劇場全体が笑いの波に巻き込まれるような雰囲気作りが上手い。テキスト以外にもアドリブを挟んだり、あるいはテキストに予め楽屋落ちの台詞が仕組まれていたりする。例えば"A Most Unwarrantable Intrusion"の終わりは、役者が台詞を忘れて立ち往生するということで終わるのだが、それ自体が台本に書かれているのである(多少アレンジして使われていた)。劇の間に2回、インターバルが入るが、その後には役者が歌を歌って再開。3本目の前には観客と皆で合唱。劇場が歌声で包まれる。おそらく伝統的なフォークソングみたいだったが、私は知らない歌で残念。

先日見た18世紀のSheridanの喜劇と比べて見ると、これらの劇はミドルクラス、それもかなり慎ましい人々を登場人物としており、演劇の広がった観客層を反映していると思われる。3本目の劇では、洋服代が払えなくて借金取りから逃げ回っている若者が登場するし、Grimshawは薬剤師である。結婚、そしてそれにまつわるお金の話が主な関心事なのは、18、19世紀の小説とも共通する。

これらの喜劇が、他の多くの喜劇や現代のテレビなどのコメディー・ショー、スタンド・アップ・コメディーなどと違う点はほとんど何の毒気もないと言うこと。多くのコメディーは、良くも悪しくも社会批評的要素を笑いの活力源として使う。多くの喜劇は、金持ちとか時代の権力者を笑い飛ばして庶民を喜ばせる。しかし笑いは諸刃の刃であり、時には、笑いの隠れ蓑の下で正面からは表現しづらい差別意識のはけ口になり、弱者、精神病患者、知的障害者、外国人などを種にして笑いを作りだし、更に、コメディーは文化との名目でそれを正当化したりする。しかし、これらのファースにはそういう毒気は全くない。強いて言えば、ミドルクラスの人々が、自分達の言葉使いやマナーの気取った様子を自ら揚げ足を取って笑っている。そのたわいなさが、すっきりとした笑いを生んで爽やかである。

俳優は皆実に上手くて欠点の見いだせない演技。Edward BennettはRSCがDavit Tennant主演で上演した"Hamlet"においてLaertesをやり、またTennantが怪我で休演した時に主役を代役して好評を博した俳優。

ビクトリア朝演劇はこういう感じだったのか、と楽しいお勉強になった。The Orange Treeは外れがない。学生料金でたった11ポンド払っただけだが、50ポンドのウエストエンドの喜劇と比べても全く遜色ない。

2 件のコメント:

  1. ライオネル2011年6月27日 16:17

    エドワード・ベネットはお仕事があるようですね、ヨカッタ、よかった!
    でも、アレ以来、ウエストエンドも大きな役もないですね。
    頑張って欲しいと思います。

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  2. ライオネルさま、コメントありがとうございます。ベネットさんは、The Orange Treeには2007年以来数回出ています。でもここではたいした収入ないかも知れませんねえ。演技は上手なんだけど、地味で華やかさはないので、なかなか大きな役は難しそう。ただ、"Hamlet"以降も、チチェスターやシェフィールド・クルーシブルなどの大きな劇場に出ているようです。Old Vicのブリッジ・プロジェクトで大きな役をやったようです。
    http://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Bennett_(actor)

    Yoshi

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