2011/06/02

Ariana Franklin, "Mistress of the Art of Death" (Bantam Books, 2008)

中世イングランドのスカーペッタ
Ariana Franklin, "Mistress of the Art of Death"

(2007; Bantam Books, 2008)   507 pages.

☆☆☆(3.5位) / 5

数日前から風邪で熱を出して寝ていて、最初は苦しくて本を読むどころじゃなかったが、段々探偵小説くらい読めるようになってきたので、一気にページがはかどった。

現代の南イタリアからシチリアにかけて、12世紀頃にあったノルマン王国は、アラブ世界の先進的な科学や思想が流入し、西欧の文化大国であった。特にその中心都市のひとつサレルノでは、医学が栄えた。主人公のAdelia Aguilarはそのサレルノからイングランドに派遣された医師、それも"mistress of the art of death", 即ち中世版の検屍医、サレルノからやって来たケイ・スカーペッタである。

その時、イングランドのケンブリッジでは連続幼児殺害事件が起きていた。ユダヤ人がスケープゴートとして迫害され、町の人々は彼らを皆殺しにしかねない勢い。ケンブリッジに住むユダヤ人は全員、州代官(sheriff)の城に1年間も籠城を迫られる。王ヘンリー2世にとって、貸金業を営むユダヤ人は資金源として無くてはならない存在である。ヘンリーは、サレルノ王に名探偵Simon of Naplesと検屍官の派遣を要請する。しかし、やって来たSimonはユダヤ人、Adelia Aquilarは、イングランドでは診療を許可されていない女性、そして彼女のお付きのMansurは肌の黒いイスラム教徒であるから、大っぴらに捜査をすれば、彼らは無知で偏見に満ちた町の人々の反感を買うのは必至。Mansurが医師で、Adeliaは彼の通訳という口実で診療所を開きつつ、密かに犯罪捜査を遂行する。

中世イングランド版捕物帖というと、Ellis PetersのBrother Cadfaelシリーズ始め数多い。女性探偵ものでも、Peter Tremayne (Peter Berresford Ellisの筆名)のSister FidelmaシリーズやCandace RobbのApothecary Roseシリーズなど面白かった。そうした中で、本書の新味はAdeliaが検屍医であること。又、彼女がイタリアのサレルノという特殊な国からやって来たという事だろう。中世の南イタリアにあったノルマン王国の先進的な学術や自由な思想を身につけたAdeliaが、西欧でも辺境にある片田舎ケンブリッジの環境や人々と悪戦苦闘する様が面白い。またこの作品では、1290年にエドワード1世によりイングランドから永久追放される前のユダヤ人社会の一端が描かれている点でも興味をそそる。

娯楽小説の割りに、前半、なかなか作品の中に入って行きづらく感じた。この小説は、作者にとって第1作だそうで、不慣れなところもあるのだろうか。前半、Simon of Naples とAdeliaのキャラクターのイメージがつかみづらく、魅力に乏しい。しかし、後半では思いがけない展開もあり、ピッチが上がる(それとも、私自身の風邪のおかげでまとまって読めたからか?)。私の好みからすると、そこまで書かなくても、と思える大変けばけばしい描写が幾らかあって、興ざめに感じた時もある。しかし、犯人に追われ、やがて追い詰めるアクション・シーンは、たたみかける迫力があり、この作家の実力がうかがえた。

中世はもともと現代人にはエキゾチックな香のする時代であるが、更にサレルノからやって来た女性検屍医という要素が加わり、なかなか楽しい娯楽小説に仕上がった。かなりのリサーチの努力もうかがえる。又、中世の物語でありながら、現代社会の重大な課題、例えば、人種問題、異種の宗教の共存、女性の自立や結婚と仕事、死刑制度の可否等を上手く加味している点も評価できる。中世の司法に興味のある私には、裁判シーンも面白い。探偵小説を読みつつ、自分も色々知らない事が多くて、勉強しなくちゃと気づかせられた。

なお、当時のケンブリッジは、13世紀に大学が出来る前で、中部の片田舎の町に過ぎなかった。Cam川を動脈としての人々の暮らしの臭いや、近くの"fen"の様子など幾らかうかがえ、ローカルな味わいも良い。

この作者はこのシリーズをその後も続々と出しているようだが、他の作品も読んで見ようと思える出来だ。南仏のノルマン王国については、権威者による一般向けの本として、高山博『中世シチリア王国』(講談社現代新書)がある(私はまだ読んでない。本棚で眠っている)。

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