2011/06/14

Rory Clements, "Revenger" (2010: John Murray, 2011)

エリザベス朝を舞台にしたスパイ小説
Rory Clements, "Revenger"
(2010; John Murray, 2011)   420 pages.

☆☆☆☆/ 5

Rory Clementsのチューダー朝スパイ小説、John Shakespeareシリーズ第2作目。Clementsは既に3冊目の"Prince"をハードカバー版で出版している。私はこういう歴史捕物帖が大好きだが、C. J. SansomのMatthew Shardlakeシリーズと並んで、このClementsのシリーズはとても面白く、今後もペーパーバックスが出る毎に読みたいと思う。Matthew Shardlakeは弁護士で、知的で穏和、体に故障も抱えている男であり、色々な事件に関わるのは全く本人の意に反している。一方、John Shakespeareはそれが本職の、心身共にたくましいスパイ(intelligencerと呼ばれている)。Sansomが今までのところヘンリー8世の時代を扱っているのに対し、Clementsのシリーズはエリザベスの治世である。どちらも、君主のまわりで渦巻く権力闘争、宗教問題、スペインなどのカトリック教国との闘争、要人暗殺計画、当時の学問など、クライム・ノベルの要素と歴史的背景が絶妙に組み合わされていて、歴史エンターテイメントとしては満点に近い。

今回の物語ではエリザベス1世晩年において女王の寵愛を受けたRobert Devereux*, Earl of Essexが、老齢となり徐々に衰えていく女王の後継を狙って、王家の血を引くArbella Stuart(別の綴りではArabella Stuart)に近づき、あわよくば結婚しようと画策する。また、Devereux一家の母、Lady Lettice Knollys、Robertの姉で絶世の美女Penelope Richなどの暗躍により、王室に反抗する野心的勢力が結集する。EssexとArbellaの結婚を阻止し、エリザベスを守ろうとする若き政治家Robert CecilはEssex側と、諜報戦を繰り広げる。物語の始まる時、かってspymasterのSir Francis Walshinghamに使えていたShakespeareは、スパイ業を引退して貧しい子供達のための学校を営んでいる。しかし、プロテスタント急進派の迫害に苦しみ、また妻のCatherineは頑固にカトリックの信仰を守っていて、前作でも出て来たカトリック・ハンターのRichard Topcliffeらに付け狙われており、一家は危険な状態である。そうしたことで、夫婦の仲も危機に瀕している。そんな時に、ShakespeareはEssexとその手下の残忍で富裕なアイルランド人Charles McGunnに無理矢理雇われ、アメリカのRoanoak植民地の全滅と、その生き残りと見られ、ロンドンで目撃された女性Eleanor Dareの消息についての調査を命じられる。しかし、彼がEssexに雇われたのを知るRobert Cecilは、John Shakespeareに、女王の世を守るという大儀のために二重スパイとして働くよう説得する。Shakespeareは、彼の本心を見破られないように細心の注意を払いつつ諜報活動をするが、McGunnとその手下のSlyguffは、Shakespeareを疑ってつけ回す。

Devereux家のPenelope RichとLettice Knollys、そしてArbella Stuartの後見人、Beth of Hardwick (Elizabeth Talbot, Countess of Shrewsbury) など、チューダー朝の歴史において著名な女性達、更に、カトリックの宣教師Father Robert Southwell、カトリック・ハンターのRichard Topcliffe、そして勿論、架空のJohn Shakespeareの実在した兄Williamなど、カラフルな歴史上の人物が次々と出て来るのもこの小説の大きな魅力だ。

だからといっても伝記文学を読んでいるような感じではない。終幕はどんなクライム・ノベルと比べても引けを取らないくらい緊迫感があり、魅力的な主人公とその意気盛んな妻、そしてワトソン役の忠実なBoltfootなど、探偵小説としても一級である。C J Sansomの作品と共に、日本語に翻訳されればきっと多くの人が魅了されると思うし、映画になっても面白いに違いない。

Sansomの作品とは違い、やや古い言葉を使ってあり、チューダー朝の雰囲気を伝えている点を高く評価したい。しかも親切にも、巻末にはグロッサリーと、あまり知られていない歴史上の人物に関する解説、歴史的背景の説明もあり、歴史小説としてかなり楽しめる。シェイクスピアに兄がいたという設定なので、シェイクスピアなどのルネサンス劇ファンにも楽しい作品だ。更に、Arbella Stuartの家庭教師で、Christopher Morleyという実在の人物が出てくるのも面白い。スパイとしても活動していたルネサンスの天才劇作家Christopher Marloweは、私の記憶するところでは、幾つかの記録において、Christopher Morleyと記載されている。学問的にどのような評価かは分からないが、MarloweがArbella Stuartの家庭教師と同一人物であったかもしれないという仮説は1930年代から唱えられている、とWikipedia英語版も触れている(この点については、後で何かの本でもっと詳しいことが分かれば、加筆修正したい)。

しかし、一番大事なのは、ここに描かれた事件を動かす大きな原動力が、タイトル"Revenger"でも示されているように「復讐」であるということだ。政治、宗教、権力闘争の狭間で慎ましい庶民が意味もなく惨殺され、彼らが復讐の鬼となり、復讐の連鎖が始まる——現代にも当てはまる悲劇でもある。

なお最近の作家は、出版社により立派なウェッブサイトを開設しているが、Rory Clementsのサイトには、小説に登場する人物や場所の解説があり、小説を読みつつ見ると参考になるし、歴史の知識も豊かになる。

* "Devereux"の発音は、Merriam-Webster Collegiate Dictionary (online ed.)では、「デヴァルックス」という発音が最初に載っており、「デヴァルー」という発音もあるらしい。日本版ウィキベディア等では後者が記載されている。Rory Clementsのウェッブサイトでは、前者が記されている。おそらく、前者が元々の発音ではないか。詳しい方がいらしたら、コメント欄で教えて下さい。

私はRory Clementsの第1作目、"Marytyr"についても感想を書いています

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