2014/09/21

ヴィクトリア朝イングランドの劇場: Morecambe Winter Gardens

Guardianオンライン版の演劇セクションを見ていたら、イギリスの地方演劇に詳しいリン・ガードナーが、”See Breeze”(「浜風」とでも訳すべきか)という演目について紹介していた。

これは通常の演劇公演では無く、ランカスター近郊の町、Morecambeに残るWinter Gardensという古くてあまり使われていない劇場(より正確には、ミュージック・ホール)に生気を吹き込むために企画され、ライティング・ショーと音楽と演劇の混在したような総合的で公演場所を特定された (site-specific) エンタテインメントのようである。その予告編で内容の一端が分かる

私はランカスター州に行った事も無いし、劇場の名前も今まで聞いたことがなかったが、今回初めてこの劇場について知って、ヴィクトリア朝演劇が如何に華やかに栄えていたか、あらためて驚いた。この町、Morecambe、は町議会に運営されていると同時に、ランカスター市議会管轄の行政区域に入るそうで、ランカスター市の一部のようだ。ヴィクトリア朝に多数の観光客を集めた海辺の保養地とのことだ。北部の工業地帯の労働者など、庶民が集っていたのだろう。

凄いのは席数で、2000席以上。劇場ならぬ、野球場かサッカー場のような規模。日本の劇場で匹敵する大きさというと東京の大きな商業劇場だろうが、帝劇でも1880席程度である。新国立劇場の中劇場が約1000席、オペラ劇場が約1800席。巨大と思いがちなナショナルのオリヴィエ・シアターが1180席だから、地方の劇場で2000席という数が如何に凄いか想像出来る。

この劇場にはホームページがあり、この劇場の歴史と現在の様子を紹介したビデオがある。

リン・ガードナーも書いているが、この劇場の魅力は、ビクトリア朝の雰囲気を伝える歴史価値だけでなく、かっての栄華を偲ばせつつ、今、時代に取り残され、徐々に寂れて朽ちつつあるという、その巨大なアンティークのような性格、滅びつつあるものの美しさ、が人々を惹きつけるようだ。また、こういう古い地方劇場が、Royal Shakespeare Theatreのような高尚な演劇の殿堂ではなく、大衆的なミュージック・ホールとして誕生し、そうした昔の派手で庶民的な雰囲気を感じさせることも、魅力のひとつではなかろうか。

Morecambeというと、私が思い出したのは、20世紀中盤、イギリスで最も良く知られた2人組コメディアン、Morecambe and Wiseのひとり、Eric Morecambeだ。彼は、自分の芸名を彼が生まれたこのランカスターの町の名前から取ったそうである。

これに関連したことで、もうひとつ、Guardianの劇評で、マンチェスターのVictoria Bathsという施設で行われた”Romeo and Juliet”の公演のAlfred Hicklingによる劇評があった。

Victoria Bathsという施設は、ヴィクトリア朝にできた室内プール施設で、近年、修復が進められ、往年の美しさを取り戻しつつあるようだ。現在修復途中で、日頃はプールとしては使われてはいない模様であり、そこでこの劇が演じられた。将来は更に修復を進めて、プールを使えるようにするらしい。この美しいアールデコ調の施設の写真がDaiily Mailのウェッブ・ページにあった

この2つの施設の維持と修復には、地元の人々のボランティア活動や沢山の人々の寄付が大きな役割を果たしている。かっての国力を失い、経済的に苦しい地域も多いにもかかわらず、こういう古い施設を何とか保存しようとするイギリス人の熱意には大変感心する。

2014/09/05

“Wolf Hall” / “Bring Up the Bodies” (The Aldwych Theatre, 2014.8.28 / 8.29)



後半、特に見応えがあった

劇場:The Aldwich Theatre, West End
“Wolf Hall” 2014.8.28  19:30-22:15 (含む、1 interval)
“Bring Up the Bodies” 2014.8.29 19:30-22:10 (含む、1 interval)

劇団:The Royal Shakespeare Company
原作:Hilary Mantel
脚本:Mike Poulton
演出:Jeremy Herrin
セット&コスチューム・デザイン:Christopher Oram
照明:Paule Constable (“Wolf Hall”) / David Plater (“Bring Up the Bodies”)
音楽:Stephen Warbeck
音響:Nick Powell
衣装:Stephanie Arditti

配役:
Thomas Cromwell: Ben Miles
King Henry VIII: Nathaniel Parker
Katherine of Aragon: Lucy Briers
Princess Mary / Jane Seymour: Leah Brotherhead
Anne Boleyn: Lydia Leonard
Mary Boleyn (Anne’s sister): Olivia Darnley
Thomas Howard, Duke of Norfolk & Anne’s uncle: Nicholas Day
Charles Brandon, Duke of Suffolk: Nicholas Boulton
Thomas Wyatt: a gentleman and poet: Jay Taylor
Harry Percy, Earl of Northumberland: Nicholas Shaw
Thomas Wolsey: Paul Jesson
Stephen Gardiner, Wolsey’s secretary: Matthew Pidgeon
Thomas Cranmer: Giles Taylor
Thomas More: John Ramm

☆☆☆☆ / 5

RSCがストラットフォードのスワン劇場で昨年の12月から初演し、ロンドンのウエストエンドに持ってきて、上演している。原作はブッカー賞を取ったベストセラー小説で、チューダー朝の冷徹な官僚、Thomas Cromwellの生涯を描く3部作のうちの最初の2作品。クロムウェルの失墜が描かれるであろう第3部にあたる作品はまだ出版されていない。脚本を担当したのは、古典の脚色で実績のあるMike Poulton。

ウエストエンドの劇場であるからストラットフォードよりもチケットも高額になっており、前半の”Wolf Hall”だけ見る人も多いだろう。”Wolf Hall”だけでも充分楽しめるが、しかし後半の”Bring Up the Bodies”の方が緊迫感があり、より面白い。

第1部のタイトル、”Wolf Hall”は、Henryの3番目の妻、Jane Seymourの実家であるシーモア家の屋敷の名前だそうだ。一方、第2部のタイトルは、原作の邦訳では『罪人を召し出せ』と訳されているそうで、王がAnneとその取り巻きを裁判にかけ、処刑していく様を示しているのだろう。第1部では王が妻Catherine of Aragonから徐々に離れ、Anne Boleynを妻に迎えられるような環境を作って行く、つまり、ローマ・カトリック教会と断絶し、国教会を作る過程を、当時の宮廷の最高権力者Wolseyと、Wolseyの秘書官として辣腕をふるうThomas Cromwellの活動を通して描く。第2部では、王とAnneの結婚が破綻し、王がJaneと結婚しようと思い始め、Cromwellが王の命令を実現するためにJaneと彼女の取り巻き達を裁判にかけ、死刑を宣告する様子を描く。この時、既にWolseyはこの世になく、宮廷の最高権力者はThomasであり、彼の活動が劇の中心となる。第1部では、多くの人物が出て来て、歴史におけるそれぞれの役どころを説明していくような印象となり、個人の内面まで描き切れているとは言いがたい気がし、やや平板に感じた。しかし、この第1部で描かれた人間模様を土台として、第2部ではThomasに強く焦点が当たり、彼の内面が掘り下げられている。また、Anne Boleynと彼女の取り巻き達への尋問や裁判は、大変緊迫感に満ちて、見応えがあった。

Cromwellという人物は、傭兵、官僚、法律家と色々な経歴を持つ。もともと慎ましい平民の出身であるが、明晰な頭脳と知識、そしてWolseyやHenryの庇護を利用してのし上がる。第1部ではひたすら個性を押し殺し、貴族達の軽蔑にも堪え、優秀な官僚としてWolseyや王の勤勉な手足となっているが、第2部では大きな権力を得て、時として、冷酷にその権力を行使する。Anneの取り巻きの裁判では、かって彼を苦しめた人々に復讐しながら、詩人のWyattだけは無理をしても助ける。また、第2部では、彼の脳裏に現れるWolseyが何度も登場して、Cromwellの人生にとって、彼を引き立ててくれたWolseyが如何に重要な恩人であったかをうかがわせる。

第1部で一番目だった人物はHenryだったかもしれない。Nathaniel Parker演じるHenryは私が抱いている巨漢の怪物的な人物像よりもずっと普通の人として演じられていた。男子の世継ぎが生まれないことが彼を苦しめ、妻を取り替え、そしてローマと縁を切って教会を支配下に置くことへと繋がる。しかし、Cromwellらが王の意思を実行に移す過程で、彼が思っていた以上に残虐な政策を行う羽目になり、戸惑っているように見えた。Thomas Moreは名作映画『我が命つきるとも』(A Man for All Seasons, 1966)で理想化された姿が記憶に残っているが、それにはほど遠い頑固で偏狭な老人として描かれている。また、Archbishop Cranmerも王やCromwellから色々と命じられるままにあたふたしている小人物のようだ。

官僚、聖職者、宮廷人などの男達と違い、CatherineとAnneの力強さ、個性の豊かさが際立っていると感じたのは、女性作家ならではか。王を挟んで敵対した二人だが、それぞれが自分の生き方を貫いた、いさぎよい人物として描かれている。カトリックの神への堅い信仰と自分の出自への誇りに支えられたCatherine、王の寵愛への自信と強い性格を持ち、更に頭脳明晰で新しい信仰への信念も備えるあの時代を代表する女、Anne。CromwellやCranmerを始め、宮廷の男達はこの強い女性二人に振り回されてもがく。

コスチュームはチューダー朝のものに忠実に作ってあると思うが、それ以外には、あまりセットを使わず、照明の変化を生かしたシンプルな舞台だった。但、第2部でのマスクのシーンは面白かった。20世紀始めに作られたThe Aldwych Theatreも決して悪くはないが、きっとスワンだと、チューダー朝の雰囲気がもっと良く出ただろうな、といささか残念。

Ben MilesのCromwellは大変抑制の効いた演技。この意思が強く、頭の切れる官僚の特性を良く出していた。一方、Nathaniel ParkerのHenryは私が抱いていたこの王のイメージよりはいささか小粒だったが、原作がそうなのかもしれない。既に書いたとおり、Lucy Briers演じるCatherine、Lydia Leonard演じるAnneが特に印象的。

まだ読んでないが、マンテルの原作を読みたくなる舞台だった。

(この2本が、今回の渡英で最後の観劇でした。その後、1日に帰国しました。)