3月18日、英国の午後6時(日本時間午前3時)より、ケント大学でAnnual Chaucer Lectureが開催された。この講演会は一般にも公開されていて、毎年著名な学者が講演している。コロナウィルスのために今年はオンラインによる開催。講師は、オランダ、フローニンゲン大学教授で国際チョーサー学会(New Chaucer Society)の学会誌、Studies in the Age of Chaucer、の編集者、セバスティアン・ソベッキ教授(Professor Sebastian Sobecki)だった。この雑誌は、学術誌の格付けを行っているScimago によると、中世英文学の分野でNo. 1の学術誌、中世文学全体でNo. 2とのことで、その編集者であることは、彼が世界の中世英文学研究をリードする学者であることを示している。今回のレクチャーは、世界中から220名以上の人々が聴いたとのこと。その中には著名な学者も多かったそうで、まるで学術論文の参考文献に並んでいる名前を見ているようだ、というコメントもTwitterであった。私はその時間に起きていると体調を崩すと思うので、諦めていたら、幸いなことに、録画がYouTubeにアップされた。残念ながら、質疑応答は入っていないが、それでも大変嬉しい。
講演タイトルは、"Inner Circles: Reading & Writing in Late Medieval London"(「インナー・サークル:中世末期ロンドンにおけるリーディングとライティング」)。チョーサーやガワーなどの写本がどのように作られ、写されて、拡散したかを、具体的な写本の画像を示しつつ、書体の特徴などから研究するご自分の研究プロジェクトの概要を語っておられる。特に最初に、Staring Pointsとして研究の基礎や大きな枠組を語っておられるが、歴史学、歴史言語学、写本研究、個別の写字生の特徴の判定などについての議論、どういう先行研究が大事かなどは、大変興味深い。
後半は具体的な写本の議論だが、写字生たちがどういう人だったか、そして彼らの間にあった"Communities of Practice"(「慣習から見たコミュニティ」というようなことか)を浮き上がらせようという姿勢、写本に疎い私にも充分面白い。中世英文学に興味のある者だけでなく、歴史学や英語史の方にも大変刺激的なプレゼンテーションだと思う。英語は、オンラインであることもあり、私にはかなり聞きとりにくかった。
最初にケントのRyan Perry博士がSobecki教授の紹介をされていたが、言われているように、まだ割合若いようにお見受けするがもの凄い業績を積み重ねておられる。特に写本に詳しくて、写本研究を使って、チョーサーやガワーについて幾つかの新発見をされている。更に近年はトラベル・ライティングのアンソロジーなど出され、その方面でも権威。また、最初のモノグラフでは文学と法制史の接点を研究しておられ、「法と文学」のテーマでも重要な学者。ロンドンの写字生の多くはウエストミンスター・ホールやギルド・ホール、大法官庁(Chancery)などで仕事をしていて、その多くは広い意味での法曹関係者である。今の日本で言うと司法書士みたいな人達にあたるだろうか。こういう人達が文学の写本を読んだり写したり、ホックリーヴみたいに自分で書いたりしている。写本の書体とか癖とか、文法や綴り字、省略の仕方などの特徴などから、今在る写本を分類し、写字生を同定する作業がこれから進んでいくと思うんが、その際、文学写本だけでなく、広く法律文書や商用文書、そしてラテン語やフランス語の写本なども使って写字生をidentifyする必要がある。多言語が使われているビジネス文書なども研究しているLaura Wright教授の名前も出ていた。そうしてロンドン写本の概要、文学受容におけるcommunities of practiceが段々と分かってくる、ということになるのだろう。
この講演、東アジアでは大変聞きづらい時間に行われたが、中国から聞いた方もいたそうだ。YouTubeに上げてくださったので、こんな素晴らしい講演が無料で、しかも自分の家で聴けて本当に良かった。