2019/07/30

中世ロンドンのからくり人形:聖ボトルフ教会の聖ジョージとドラゴン

最近読んでいた論文がとても面白いので紹介。中世ロンドンのビリングスゲート区にあった聖ボトルフ教会は1666年のロンドン大火災で焼失した。この教会には、15世紀後半、少なくとも1474年以降に、聖ジョージの竜退治を描く仕掛け細工(an automaton)があったそうだ。中世演劇研究の重鎮、フィリップ・バターワース博士の論文によると、ロンドンのギルドホールに残された写本にこの仕掛け細工の修理マニュアルが約1頁ほど残っており、博士はそれを手がかりに、どのようなメカニズムによりこの仕掛け(ほぼロボットと言って良い)が動いたかを解明している。

基礎となる原動力は人が動かすレバー(a crank)。しかし、その1つのレバーの動きを細いロープで伝え、幾つかの滑車(pulleys)で変換し、馬に跨がった聖ジョージ、ドラゴン、王と妃、乙女(a maid)という5つの人形を動かしている。特に聖ジョージと竜は精密なメカニズムでロボットとも呼べるかも知れない。聖ジョージは片手に剣、もう一方の手に槍を持っており、その両手が動いて、竜に向かって攻撃をする。また、竜の方は聖ジョージの攻撃に対して口を開閉したり、羽を動かしたりした可能性があると筆者は考えている。聖ジョージの頭、彼の乗った馬の耳と尾も動いたことが分かっている。更に馬に乗った聖ジョージと竜の人形はそれぞれ別々の台座の上に置かれており、この台座全体が動いて、両者が近づいて互いを攻撃する動作をしたと考えられている。一方、戦うジョージとドラゴンの側には城があり、その城の上に王と妃が陣取った。またその近くの地面には乙女がいた。彼らも台座の上に載っており、彼らの台座は回転(rotate)する。おそらく彼らの驚きなどを示すためだろう。加えて、王と妃は、上半身が左右に半回転(pivot)したと考えられる。

たった1つのレバーを動かすだけで、これだけの複雑な動きをする、謂わば「ミニ人形芝居」を演じるメカニズムが15世紀末のロンドンの教区教会に置かれていたわけである。残念ながらどういう機会に使われて、誰が見て、どのような反応があったのかは分かっていないようだ。但、作者は分かっており、イングランド中部の都市イプスウィッチの職人ウィリアム・パーネルと彼の息子ジョン、そして徒弟のウィリアム・ベイカーだ。興味深いことにこのパーネル一家はかなり有名な職人集団で、エドワード4世の王妃エリザベス・ウッドビルのノリッジ入場のペイジェントやイプスウィッチの聖体祭劇など演劇関連の仕事に携わったという記録が残っているそうだ。広い地域で、からくり細工の専門家として有名であった可能性が大である。

精密な古文書研究に基づいた、イギリス中世演劇研究のすそ野の広さと面白さを伝える論文だ。バターワース博士はこの聖ジョージのミニ人形芝居セットをダ・ヴィンチの考案したロボットなどのメカニズムに例えている。ダ・ヴインチよりやや早い。

この論文は以下の本に含まれています
Philip Butterworth and Katie Normington, eds. Medieval Theatre Performance (Cambridge UP 2018)