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2022/04/30

【イギリスの小説】 C.J. Sansom, "Tombland" (2018)

 C.J. Sansom, "Tombland" (2018; Pan Books, 2019) 866 pages

評価:☆☆☆☆☆ / 5

 C.J. サンソムによるチューダー朝ミステリ、法廷弁護士マシュー・シャードレイク(Matthew Shardlake)シリーズの7冊目で、最新刊(とは言っても2018年刊)。私はこのシリーズは全部読んでおり(ブログで感想も書いている)、この作品も随分前にペーパーバックスを買ってあったのだが、何しろ、小説本文で約800頁、解説も含めると866頁という大冊で、英語になると一層読むのが遅い私には、なかなかな手が出ず、読み始めてから約40日かけてやっと読了した。それだけ長くかかると、最初に読んだ辺りは段々忘れてきて、放り出しそうになることが多いが、この小説は一貫して面白くて、ゆっくりとだが着実に読み進み、最後は読み終えるのが残念に思ったくらいだった。

 今までの作品の評判を見ても、イギリスの中世・初期近代歴史ミステリ・シリーズの中でも、このシリーズは最も評価が高いのではないだろうか。ミステリとしての筋書きの面白さと共に、歴史小説としても充分に楽しめ、歴史的な背景の記述も正確と言われている。作者のサンソムは、歴史学で博士号も取っており、また事務弁護士としてのキャリアも長いので、法律にも詳しいはず。今回は、特に歴史小説としての面が強く、私は非常に満足した。一方、ミステリとはあまり関係ない部分も長くて、主にそうした面を期待する読者にはやや不満かも知れない。

 今回、物語が起こるのは1549年、まだ12才にしかならないエドワード6世の治世。但、実権を握るのは護国卿、サマセット公エドワード・シーモア。マシューは、当時16才で、後に女王となるエリザベス・チューダーの屋敷に呼び出される。エリザベスの母方の遠縁の親類、ノーフォークの地主ジョン・ブーリン(John Boleyn)の長く行く方不明だった妻エディスの惨殺死体が見つかった。エリザベスは信頼するマシューにこの殺人事件の真相を解明するよう命じる。マシューは弁護士見習いの助手ニコラス・オヴァートン(Nicholas Overton)と、事件のあったノーフォークの主要都市(当時、イングランド第2の都市)ノリッジへと向かう。その頃、以前マシューの助手を務めていたジャック・バラク(Jack Barak)も巡回裁判(assize court)関連の仕事でノリッジに滞在していて、マシューと再会し、事件の解明に協力する。題名の"Tombland"はノリッジの中心部、マシュー達が宿を取った街区の地名である。しかし、その後描かれる血なまぐさい動乱を象徴する様なタイトルでもある。

 この年、ノリッジとその近郊では「ケットの乱」(Kett's Rebellion)と呼ばれる民衆の大反乱が起こり、ノリッジも反乱軍に占領される。マシュー達も否応なくこの反乱に巻き込まれる。彼は反乱の首謀者ロバード・ケットに拘束され、反乱軍の法律顧問としての仕事を強要される。護国卿サマセット公は2度に渡り軍を送って、反乱を鎮圧しようとし、激しい戦闘となる。そうした戦乱の中でもマシューは粘り強くエディス・ブーリンの殺人捜査を続ける。

 巻末に60頁にわたってケットの乱についての解説があり、またその後にかなり詳しい文献の説明もあって、作者が相当深くリサーチをした上で書いた事が分かる。チューダー朝史の一コマを描いた啓蒙的な歴史書としても読める一冊だ。特に後半のケットの乱を描いた部分は力が入っていて、本筋の殺人事件を忘れるほど。マシューは法廷弁護士という知的エリートで、生まれながらの貴族とかジェントルマンという上流階層ではないが、新興の"middling class"と呼ばれる豊かなエリート層。また助手のニコラスは、親の命令に逆らって勘当されているので今は財産は全くないが、元々ジェントルマン階層の家の生まれ。この、完全な庶民でもなく、また伝統的なジェントルマンとも言えない2人が、反乱軍の人々と彼らと敵対する政府やジェントルマン階層との間に挟まれて思い悩む様子が大きな見どころ。

 巻末の解説を読むと、ケットの乱がノーフォークにおける孤立した民衆反乱ではなく、1540年代に起こった様々の社会問題によりイングランドの多くの庶民の不満が沸騰点に達して、起こるべくして起こった反乱であったことが理解出来る。主要な原因としては、「コモン」と呼ばれる共有地の、大地主たちによる一方的占拠(「囲い込み、enclosure」と呼ばれる)による農民の生活苦がある。更に、天候不順による不作、スコットランドでの不毛で不人気な戦争の戦費を賄うための増税、不良な貨幣の乱発に端を発したインフレ、政府による急進的なプロテスタント政策の押しつけ等々、他の要素も重なった。そして、これらの問題はノーフォークでだけでなく、特に南部や中部の多くの地方で共通していたので、反乱も各地で起こっていた。こうしたことも、作品に取り入れられているので重厚さが増しており、また歴史の勉強にもなった。ミステリとしてはもちろん、歴史小説の好きな方にもお勧めしたい本。

 なおこのシリーズは集英社文庫で翻訳出版が進んでおり、既に3作品の翻訳が出ているので、この作品もやがて日本語で読めることになると思う。是非より多くの方に読んで欲しい。

2019/08/19

【小説の感想】Andrew Taylor, "The Ashes of London" (HarperCollins, 2016)

Andrew Taylor, "The Ashes of London"
(HarperCollins, 2016)  482 pages.

☆☆☆☆ / 5

ロンドンの書店の棚で見て買った本。アンドリュー・テイラーという作家は始めて読むが、クライム・フィクションの分野では既に大変よく知られたベストセラー作家のようだ。これは私の好きな歴史・犯罪小説のジャンルに入る。

小説の舞台は1666年9月のロンドン大火とそれに続く日々。旧市街の多くが焼け落ち、当時からロンドンのランドマークだったセント・ポール寺院もほぼ消失した大災害。またこの時期は1642年から始まった清教徒革命と共和国時代という怒濤の時代が終わりを告げて、1660年に王政復古がなされ、処刑された前王の息子チャールズ2世がその治世を始めて間もない時代であり、イングランドは政治的にも不安定な時期でもあった。

ストーリーはふたりの男女を軸にして進行する。ひとりはジェイムズ・マーウッド(James Marwood)。急進派清教徒グループ、「第5の君主主義者」(The Fifth Monarchists)に属していた印刷職人の父を持ち、王政復古によって非常に難しい処世を迫られており、また認知症で世話が必要になっている父を守りつつ、何とか生活の糧を得ようと奔走している。その彼が大火災の最中に偶然出会い、炎から命を救ったのが若い女性のキャサリン・ラベット(Catherine Lovett)だった。しかしその時は大火災の混乱の中であり、2人はすぐにはぐれてしまう。彼女もまた「第5の君主主義者」の中心人物、トマス・ラベットを父に持ち、その父は前王の殺害者のひとりとしてチャールズ2世に追われる身で、どこにいるか分からない。彼女自身は叔父夫婦の世話になっているが、非常に居心地の悪い思いをしている。

マーウッドは勇ましいスパイや刑事でも、頭の切れる弁護士や学者でもなく、政治や宗教の嵐の中で何とかサバイバルしようとする庶民に過ぎない。しかし彼の父が過激派であったことに加え、偶然王殺し(a regicide)として追われる大罪人ラベットの娘を救ってしまったために役人達の手足として無理矢理利用されることになり、ラベット父娘の行く方を追うことになる。一方、まだ子供のような心を持ったキャサリン・ラベットは、政治にも宗教にも関心はなく、ただ自分の好きな建築デザインの夢を見、紙に建物の図を書いて過ごしている。しかし世話になっていた叔父オルダーリーの息子、つまり彼女のいとこのエドワードからレイプされ、彼女はエドワードの片目をナイフで刺して逃亡する。ジェイムズ・マーウッドもキャサリン・ラベットも、静かに生きたいと願うにもかかわらず、運命の歯車の回るままに、半ば焼け野が原になったロンドンや、廃墟と化したセント・ポール寺院を走り回る。

ジェイムズ・マーウッドは一人称の語りで登場し、彼自身は純朴な若者だが、それほど個性的な人物ではなく、むしろ他の登場人物を結びつける狂言回しみたいな役回りだ。一方、キャサリンはこの時代の女性には考えられないことだったとは思うが、ある叔母の影響で建築に興味を持ち、夢中で建物の絵を描いている間は辛い事も時間も忘れるというユニークな人物。しかし、レイプにあったり、父による宗教の押しつけに苦しんだりして、自分に合った生き方なんて夢のまた夢だ。しかし、彼女の才能に気づいた建築家で、クリストファー・レンの同僚ヘイクスビー(Hakesby)によってしばし匿われる。

歴史的に大変興味深い時代設定と、大火災の後のロンドン、特にセント・ボール寺院の廃墟を舞台にして、歴史小説としての濃密な雰囲気が楽しめる。マーウッドはその役柄から、やや個性に乏しいが、キャサリンやその他の登場人物は良く書き分けられている。特にジェイムズの父が認知症で、昔の過激派活動家時代の事を口走ったり、突然行く方が分からなくなったりして息子が冷や汗をかく場面は、現代の作家らしい工夫で、大変効果的。

エンターティンメント小説として手慣れた筆致だと感じたので、作者アンドリュー・テイラーの他の作品もそのうち読んで見よう。和訳の出ている小説もあるようだ。

(注) "The Fifth Monarchists"という急進派清教徒のグループは作者が作り上げたフィクションではなく、実際に存在し、革命期のイングランドで大きな勢力を持っていた。リンクをはった英語版ウィキペディアに解説がある。「第5の君主主義者」という和名は私が勝手に訳した名称なので、歴史の本では別の名前になっているかもしれない。この名称は元々旧約聖書のダニエル書におけるネブカドネザル王の夢で出てくる過去の王国に由来しており、それらの王国は、バビロニア、ペルシャ、ギリシャ、ローマと解釈された。そして第5の君主主義者達は、次の王国として、この地上にイエスが治める千年王国がやって来ると信じていた。第5の君主主義者の有力メンバー、トマス・ハリソン(Thomas Harrison)やジョン・ケイリュー(John Carew)は共和国政府がチャールズ1世に死刑宣告をした裁判の裁判官(comissioners)であり、王政復古の後は王殺し(regicides)としてむごたらしい手段(絞首刑の後、馬で引きずられ、手足に綱をつけて4つに引き裂かれる)で処刑された。こうした実在した人々がトマス・ラベットのモデルなのだろう。

2018/08/22

チョーサーとガワーが出てくる中世ミステリ、Bruce Holsinger, "The Invention of Fire" (Harper, 2015)

Bruce Holsinger, "The Invention of Fire"
(Harper, 2015) 480 pages.

☆☆☆☆ / 5

作者のBruce Holsingerはアメリカのバージニア大学の中世英文学の先生。既に数冊の研究書を出版しており、専門家としてもかなり知られている方のようだ。一方で、近年は中世イングランドを舞台にしたミステリを書き始め、これが2冊目。最初の作品は "A Burnable Book" (2014)でかなり好評を博したようで、今回の本が2冊目。私は、ブログに感想を書きそびれたが、最初の本も去年読んでいて、結構面白かった。私の様に中世英文学に関心のある読者にとっては、彼の本は特に面白い。というのも、主人公が、チョーサーの友人で、今も読み継がれている詩人、ジョン・ガワーに設定されているからだ。そして、チョーサー自身もガワーの友人として出てくるし、14世紀末の世相も色々と細かく反映されていて、日頃勉強してきたことが頻出し、かつ知らない事も多々学べるので楽しい。巻末には筆者が参考にした書籍も書かれている。

さて、小説の場面設定は、1380年代、リチャード2世の治世におけるイングランド、特にほとんどはロンドン市中とその近郊で起きる事件を扱う。ワット・タイラーの乱の後、イングランドの政局は極めて不安定で、若い王の治世の存続が危うくなりつつある。エドワード王時代の終わりには最有力者であったジョン・オブ・ゴーントは、イベリア半島に遠征したまま。権力の空隙を縫って、グロースター公トマス・オブ・ウッドストックが王室を牛耳りつつある。そうした中、糞尿も流れるロンドンの下水用の溝で16人の死体が一気に発見される。ガワーは彼の友人で、ロンドンの治安を預かる司法官の、Common Serjeant of Londonである、ラルフ・ストロード(この人は現実に存在した人で、やはりチョーサーの友人)、及び、王の側近の貴族で大法官(The Lord Chancellor)のサフォーク伯、マイケル・ド・ラ・ポールから、この殺人事件の捜査を依頼される。

何故詩人ガワーがそんな捜査を依頼される設定になっているかというと、当時は文筆で生計を立てることは出来なかったので、公務員であったチョーサーみたいに、ガワーは何らかの生計の手段を持っていたと思われるが、それがはっきり分かってないからだ。但、ガワーがイングランドの法や政治に関心が深かったことが作品からうかがえるので、彼は法律に密接な関係がある職を持っており、ロンドンにかなり存在した法律家のひとりではないかという推測もある。Holsinger先生は、そこで、ガワーが一種の私立探偵として活動し、ロンドンの様々な情報源を操りつつ、事件を解決していくという設定にしているわけ。Holsinger版ガワーは、現存する作品から受ける印象よりもかなりいかがわしい人物で、有力者の弱みを握って情報や譲歩を引き出したり、コインをばらまいて情報を買うと言った、公の司法官ではやりづらい手段を使って活動する。でも当時の役人にとっては、賄賂と正当な収入の差は紙一重だったから、これが実情かも知れない。とにかく、興味深い人物設定だ。

さて、タイトルになっている"The Invention of Fire"だが、この時代、それ以前から戦争で使われてきた火薬を使った砲(canon) が小型化し、近代初期になって戦争の主な武器となっていく火縄銃へと開発が進んでいく時代。14世紀後半から15世紀にかけて使われたのは、hand canon (当時の綴りで、handgonne)と呼ばれ、個々人が携帯可能だったが、いちいち着火しなくてはならず、非常に手間のかかる「銃」で、着火を担当する助手が必要だった。それが助手なしでも操作でき、連続して発射できる火縄銃タイプへと変わっていく時代を背景に、王を脅かす陰謀と、その陰謀で使われる小型の銃器の開発を組み合わせて、ミステリに仕上げているわけである。

チョーサー自身も、ケント州の治安判事(Justice of Peace)という名誉職をやっており、その資格でガワーと共に捜査に加わる時もある。ガワーは使用人はいても一人暮らしの孤独な男で、フィリップ・マーローみたいな一匹狼なんだが、チョーサーは公務員で、形ばかりとは言え家族持ち。ガワーが事件にどんどんのめり込んでいくのに対して、チョーサーにとって人生の主な関心は詩作にあるようだ。こうしたHolsingerの描く二人のキャラクターの違いも面白い。

私にとって特に印象に残ったのは、登場人物のひとりで重要な目撃者、ロバート・フォークがかってケントの海辺の町New Romneyの聖史劇で役者を務めた、というような記述があったこと(Haper社版167頁)。New Romneyの聖史劇の脚本は残っていないが、上演史料が発掘されてはいて、それについて論文がいくつか書かれている。こういうことを書くあたり、さすが専門家、と感心。

色々と興味深い作品だが、ストーリー展開の面白さでは、同じ歴史ミステリでも、C. J. Sansomのマシュー・シャードレイク・シリーズや、エリス・ピーターズの修道士カドフェル・シリーズ等と比べ、いまひとつという印象。スピード感があって息を飲む、という様なところはない。しかし、それを埋め合わせるだけの情報豊かで濃密な雰囲気作りがあり、特に中世ヨーロッパ好きにとっては大変楽しめる作品だ。

2018/03/19

C. J. Sansom, "Lamentation" (2014; Pan Books, 2015)

チューダー朝探偵小説、Matthew Shardlakeシリーズの最新作
C. J. Sansom, "Lamentation"
(2014; Pan Books, 2015)  737 pages.

☆☆☆☆ / 5

イギリスに来てからWaterstonesですぐ買って、それ以来ずっと読んでいた。軽い内容の歴史小説ではあるが、737ページもあるので、私の英語力と読む遅さではあまりに長すぎる。日本にいたら読み終わらないだろうけど、こちらではあまりする事も無いので、ひたすら読んだ。主人公はロンドンの法曹学院 Lincoln's Inn 所属で、一番格の高い法廷弁護士(サージャント)であるMatthews Shardlake。彼を主人公にした小説の6冊目。私はすべて読んでいて、どれも非常に満足しているが、今回もとても楽しめた。

今回Matthewが取り組んだのは、彼が王妃になる前から仕事を与えられ、そして命をかけて忠誠を尽くしてきたヘンリー8世の最後の王妃、Catherine Parr が巻き込まれた新たな事件。舞台は1546年のロンドン。王は足に出来た潰瘍が悪化し、常に痛みに苦しみ、車椅子なしでは動くことが出来ない。翌47年の1月には亡くなるので、その直前である。ヘンリーは自らの離婚をきっかけにイングランドの宗教改革を進めたが、英国国教会は、カトリックに近い、ミサを行い聖体のパンをキリストの肉体と信じる教理を保って、ルターやカルヴァンなどの大陸のプロテスタントは違った道を歩んでいる。王の周辺では、ローマ教会に近い、あるいはカトリックに戻りたいと願う保守派と、一層改革を進めたい者達が争ってしのぎを削っている。物語の始まりでは、保守派が優勢のように見え、Ann Askewなど数人の過激なプロテスタントが異端者として火刑に処せられ、MatthewもLincoln's Innの代表としてその残虐でドラマチックな処刑に立ち会うことを強いられる。

この頃、彼はCatherine Parrとその叔父Lord Parrに呼ばれてホワイト・ホール宮殿に赴く。王妃は彼女の改革派としての信条を綴った告白本、'Lamentation of a Sinner'(『罪人の嘆き』)、を密かに書いており(歴史的にも実際に書かれた本で、ヘンリーの死後出版された)、改革派のThomas Cranmer大司教以外には誰にも見せず自室のチェストに鍵をかけてしまっていたが、それが突如消え失せてしまった。チェストの鍵は彼女が肌身離さず持っており、合鍵はなく、鍵の制作は王室御用達の職人により厳しく管理されていたはずだった。一体誰が盗んだのか、そしてどう利用されるのか?最悪の場合、CatherineもAskewのように異端者として処刑されるかも知れない。また、そこまで行かなくても、王に秘密でこのような告白本を書いたことで、ヘンリーの怒りを買うことは必定だとCatherineの忠臣たちは恐れる。Matthewはこの本を探し出して取り戻すために奔走するが、これまで同様、彼の最大の敵、枢密院顧問のSir Richard Richが暗躍して、Matthewの仕事の邪魔をする。

歴史ミステリだが、謎解きをするというより王妃の書いた本の盗難をきっかけにして繰り広げられる歴史ロマンとして読むのが正しいだろう。今までのSansomの作品同様、一人一人のキャラクターが大変個性豊か。Matthew、彼の忠実な助手のBarak、長年の友人で医者のGuy、宿敵Rich等々に加え、新しい執事のMartin Brocket、Matthewの下で修行を始めた見習い法学生Nicholas、サブプロットを成す遺産相続裁判の当事者Isabel Slanning(カトリック)とEdward Cotterstoke(プロテスタント)の姉弟、その裁判の相手方弁護士Coleswyn、その他魅力的なキャラクターが一杯だ。また1546-47年頃のイギリス史もある程度分かり、巻末にも歴史的背景を説明したセクション('historical note')もあり、勉強にもなる。

このシリーズは集英社文庫で翻訳されつつあるので、この本も待っていればやがては日本語でも出版されると思うが、時間をかけて英語で読む価値が充分あった。

2017/05/21

【英語の小説】Teju Cole, "Open City" (faber and faber, 2011)

Teju Cole, “Open City“

(London: faber and faber, 2011)  259 pages.

☆☆ / 5

留学から日本に戻って以来、英語の小説を読むことが少なくなってしまった。元々大した読解力はないのだが、歳を取って英語を読むのが一層遅くなりつつある気がする。また、暇な時間がありそうで、何かしら細々した用事が気になって、まとまった時間をかけてフィクションに向き合うことが少なくなったのかもしれない。それよりも、買い物に行ったり、掃除したり、もちろん勉強したり、などを優先してしまう。

さて、それでもこの250ページ強の小説を読み始め、終わりまでたどり着いたのは、幾つかの魅力があったからだ。そもそも読むきっかけになったのは、SNSであるアメリカの大学の先生が、この小説は中世英文学の最高傑作のひとつ、ウィリアム・ラングランド作『農夫ピアズ』(Piers Plowman)に影響を受けている、と書いていたからだ。確かに、そういう先入観念で読み始めると、『農夫ピアズ』の夢物語としての構造をある程度踏襲しているようだ。更に具体的には178ページに、語り手で主人公のJuliusが午前1時、『農夫ピアズ』のプロローグを読んでいてそのまま眠ってしまい、ラングランドが人類の様々の行いに思いを馳せつつ世界をさまよい歩く様子や作品が始まるイングランド中部のモルバーン丘陵(Malvern Hills)などが夢の中に現れることなどが少しだけ出てくる。作品全体との特徴として、『農夫ピアズ』も”Open City”も、主人公の精神的、そして空間的な彷徨を描いている点で大変類似している。

”Open City”の語り手Juliusはニューヨークの病院に勤める精神科の若い研修医で研究者。彼はナイジェリア出身で、大学から米国にやって来た。父親は亡くなっており、母とは疎遠で行き来がない。可愛がられた記憶があるヨーロッパ系の祖母とも音信不通だが、ベルギーのブリュッセルに住んでいるらしい。彼はニューヨークという多国籍、多文化の街をひたすら1人でさまよい歩き、見聞きしたものを頭の中で反芻する。さらに自分のナイジェリアでの生い立ち、特に軍隊の幼年学校でのいじめの記憶を詳細に物語る。また彼は祖母の痕跡を捜してブリュッセルに旅をし、そこでもニューヨークにいるとき同様に彷徨い歩く。カフェの店員をしているモロッコ出身の若いインテリと親しくなり、延々と政治談義を聞かされる。文化や宗教、政治の対立がこれらの若者の心中を常に寄せては返す波のようにかき乱している。

この作品にはJuliusと様々な人々との出会いと対話はあるが、特に一貫したプロットらしきものはなく、主人公の心象風景を軸として、印象的なスキットを並べた変奏曲のように続いていく。20世紀後半から21世紀にかけての欧米の知識人を捉えた様々のトピックや芸術作品が、そうした対話や主人公のモノローグで触れられていて、それだけでも知的な面白さを感じる人もあるだろう。ブリュッセルでの出会いや、ナイジェリアの学校での苦労話は、個々の話としてはとても生き生きとして説得力があったが、それらが更に作品全体としてのまとまりに繋がって、納得できる結末に達するわけではない。エピソードとエピソードの間の文章は、ニューヨークやブリュッセルの街角を延々と歩くJuliusのモノローグで、私はかなり退屈した。全体としては、伝統的な小説のまとまりを期待したい私にはあまり説得力はなかったし、思想家や芸術家の名前が散りばめられた知的議論を消化するには私は無知過ぎる読者だった。

最初に戻って、『農夫ピアズ』との関係を考えると、ラングランド作品では、圧倒的な倫理的で宗教的な関心が作品全体を貫いているが、この作品では、そういう面はあっても、それほど強くはなく、若い知識人の知的漂泊を物語形式で綴った作品と言えるだろう。現代思想などに関心がなく、知的議論が特に好きなわけでもない私個人としては、分かる人には分かれば良い、と言う感じのする気取った作品に感じられ、満足のいく読後感は残らなかった。

2015/09/04

Sara Paretsky, “Critical Mass” (2013)

Sara Paretsky, “Critical Mass”

(2013; New York: Hodder & Stoughton, 2014)  465 pages.

☆☆☆☆ / 5

私にとって、ParetskyのV. I. Wawshawski シリーズは、どの作品も楽しめる定番ミステリ。2回読んだ作品もあり、今回も期待を裏切らない。ナチス時代のウィーンで原子力を研究していた科学者達と現代のシカゴのハイテク企業の間にある繋がりは何か、シカゴの女性私立探偵V. I. がいつもの様に全力で、体を張って追及する。

V. I. は親友の医者、Lotty Herschelから行く方不明の麻薬中毒患者(ジャンキー)Judy Binderの捜索依頼を受ける。Judyは消息を絶つ前に、助けを求める必死の電話をV. I. にかけていた。Judyの母親KätheとLottyは、戦前のウィーンで一緒に育った幼なじみ。Judyには息子Martinがおり、コンピューターやセキュリティーを扱うハイテク企業Metargonの研修生だったが、彼もまた消え失せてしまった。Judyに麻薬を売っていた売人Ricky Schalaflyの繋がりから、V. I. が麻薬工場と化していた打ち捨てられた農場に行くと、そこにはカラスに食い荒らされ、腐敗した売人の死体があった。更にそこに残されていた古い写真には、戦前のウィーンにあった放射線化学研究所という原子力研究機関の研究チームが写っていた。そのチームのひとりが、Kätheの母親で、天才的科学者Martina Saginorだった。Lotty、Käthe、Martinaはユダヤ人であったので、ウィーンを脱出し、アメリカに流れ着いた。その過程で、Martinaは才能を搾取され、発明を盗まれてしまう。一方、ウィーンの研究所の同僚達も、ナチスの信奉者だった者も含め、米国の「ペイパークリップ作戦」(The Project Paperclip)と呼ばれる作戦により、アメリカに移民して、立派な研究職を得ており、その中には後のMetargon関係者も含まれていた。Martinaのアメリカでの足取りは全く分かっていなかったが、V. I. は Judy BinderとMartinを捜すうちに、ウィーンの研究所におけるユダヤ人や女性科学者達の搾取と迫害、軍需ハイテク企業やアメリカ政府の国土安全保障省(The Department of Homeland Security)の暗黒部に分け入ることになる・・・・。

ミステリとは言え、リベラルな視点からアメリカの社会問題を扱うParetskyらしい作品。軍事関連のハイテク企業と、通常の法律や個人のプライバシーを国家の安全の名の下にいとも容易く踏みにじる国家安全保障省の闇。それらをたどると、ナチスによるユダヤ人迫害によって破壊された人生や、今昔の科学界の女性差別に行き着く。Project Paperclipは実際に行われた作戦で、このおかげで沢山のドイツの研究者が太平洋戦争の為の武器開発、特に原爆の開発や、その後のロケット開発の為にアメリカに連れてこられた。その中には、おそらく、ナチスの一員として残虐行為に荷担した者もかなり含まれていたのではないか、とParetskyは末尾の「歴史的ノート」に書いている。表題の”Critical Mass”とは、原子力における「臨界量」(核分裂の連鎖反応が持続する核分裂物質の最少質量)のことだそうだ。

V. I. はいつもながらエネルギッシュ。Paretskyはアクション・シーンの書き方が上手くて、息もつかせない。但、戦前のウィーン、戦後のシカゴ、そして今のシカゴと、3つの時代を行きつ戻りつするストーリーを英語で読むのは、かなり集中力を要し、私の読解力や英語力を越えている時もあった。Mr Contreras、Lotty、Max、彼女の愛犬たちなど、いつものV. I. ファミリーとの和やかなシーンが込み入ったプロットや目まぐるしいアクション・シーンを適度に和らげてくれる。全体として、大変満足感ある小説に仕上がっている。

(追記)以上を書いた後で検索して見たら、『セプテンバー・ラプソディー』というタイトルでハヤカワ・ミステリ文庫から和訳が出ていた。和訳が早々に出ているのは結構だし、短期間で翻訳された山本やよいさんにも敬意を表したい。私も、最初にパレツキーを読んだのは翻訳を通してだった。それにしても、出版社の意向だろうけど、このヤワなタイトルには不満。シリアスな社会問題を扱った内容の雰囲気をぶち壊し。女性の探偵だから女性読者が多いだろうと考え、そうなるとハードな社会小説風のタイトルだと売れない、という想定だろうか?だとしたら、パレツキーの女性ファンを馬鹿にしてないか? そもそも、訳本のパステル色の表紙のイラストが本の内容にそぐわないんだけど。英語版とえらい違いだ。

2013/09/09

Ian Rankin, "The Impossible Dead" (2011; Orion Books, 2012) 423 pages


スコットランド独立運動過激派を背景にしたミステリ
Ian Rankin, "The Impossible Dead"
(2011; Orion Books, 2012)  423 pages.

☆☆☆☆ / 5

スコットランドのミステリー作家、Ian Rankinの新しいシリーズ、The Inspector Foxシリーズの第2作目。Rankinはまだまだ若いが(1960年生まれ)最近のインタビューで、これからしばらくお休みを取ると言っているので、このシリーズが今後どうなるか分からないが、既に出た2冊とも読んで見てとても気に入った。今後Rankinが書いてくれるなら、続けて読みたいシリーズになった。

エジンバラ警察で、不祥事などを捜査する部門"Complaints and Conduct"のチーフ、Malcolm Foxは、今回、エジンバラ近隣のFife郡の警察署に勤める3名の刑事の汚職の嫌疑を捜査するために派遣される。この3名は、不祥事を起こした同僚のPaul Carterをかばい、情報を隠しているらしい。この事件の中心にいる刑事Carterは既に逮捕され、公判を待つ間留置されていた。彼を汚職の嫌疑で警察に告発したのは、元刑事でPaul Caterの叔父でもあるAlan Carterであった。FoxがAlanの話を聞いた頃、Paulは突然保釈される。ところが、Paulの保釈のすぐ後で、彼の叔父のAlanは何者かに殺害された。当然、恨みを抱いていると見られる甥のAlanに疑いが及ぶ。しかしそれではあまりにも台本通り、と言う気がしたFoxは、Carterが調べていた80年代のスコットランド独立運動の大物の事故死と何らかの関係があるのではないかと疑い、自分もAlan Carterの調査した後をたどって、過去の記録を洗い、証人達に話を聞き始める。そうすると、スコットランド独立運動の過激な一派に関わった者達の、その後の様々な生き方が明らかになってくる・・・。

事件の捜査中、養護施設に預けてあったFoxの父親が倒れて意識不明になり入院し、彼は忙しい仕事の間を縫って病院に通う。父の看護をめぐって、Foxは、やさしく繊細だが劣等感が強く精神不安定な妹Judeとの関係で苦労する。また、昔、警察の研修会で知り合って一晩を共にした人妻、Evelyn Millsとも再会し、相手が今も好意を抱いていることを知るなど、事件の捜査と並行して、彼のプライベートな生活にも波風が立つ。

2013年の今現在、連合王国ではスコットランドで、Scottish Nationalist Party(スコットランド国民党)が安定した政権を続けており、来年にもスコットランドの独立を国民投票にかけると公約しているが、どうなりますか。

非常に複雑に入り組んだプロットを作り上げ、それが登場人物のキャラクターと深く結びついて展開するのは、Rankinのどの作品にも言える特徴だと思うが、この作品でもその腕は全く鈍っていない。更に、ごく普通の常識人のようでありながら、相当に執念深く相手を追い詰めるMalcolm Foxという人物が大変魅力的。煙草も酒もやらず(彼はかってアル中で、大失敗している)、Millsにも惹かれるが相手の家庭を壊すようなことはしない。同僚のKayeを除いては友だちと呼べる人も無いようだ。真面目な警察官であり勤め人で、周囲の同僚や上司には信頼されているようなんだが、何故か、かなり孤独な男。また新しい作品で出会いたい。このシリーズはまだ日本語では出版されていないようだが(?)、当然翻訳されつつあると思うので、読めるのは時間の問題でしょうね。

Malcolm Foxシリーズ第1作目の"The Complaints"についても感想を書いています。

2013/08/11

Ian Rankin, "The Complaints" (2009; Orion Books, 2010)


刑事Malcom Foxシリーズの第一作
Ian Rankin, "The Complaints"

(2009; Orion Books, 2010) 452  pages.

☆☆☆☆★ / 5

Ian Rankinと言えば、現役で活躍中のUKのクライム・ノベリストの中で、一二の人気を争う作家だが、彼の主なシリーズ、Inspector Rebusシリーズは、Rebusの警察の定年と共に一応"Exit Music"というタイトルで終わりを告げた(その後、何かの作品で復活させたらしいが)。私はこの"Exit Music"は読んでいて、ブログでも感想を書いている。しかし、作家としてのRankinはまだまだ油ののりきった歳であり、創作意欲は旺盛だ。その彼が始めたのが、このInspector Malcom Foxを主人公とした新シリーズ。この主人公とセッティングがいささか風変わり。Foxはエジンバラ警察の"Complaints and Conduct"という部門のチーフで、二人の部下を率いている。この部門は、警察官の汚職とか、その他の不適切な行動を捜査する部門のようだ。前のシリーズのRebusは一匹狼で、非常に個性の強い、謂わばはぐれ者の刑事だったが、Foxは概して穏やかでバランスの取れた人格を備えている。介護施設に入っている父に対しては模範的なやさしい息子。家庭で問題を抱える妹のJudeにもとても親切な兄。上司やチームの同僚との関係も良いようだ。捜査手法も丁寧で、事件の詳細を細かく解きほぐしていく。但、RebusとFoxに共通しているのは、全てが明るみに出るまで妥協せず、権力にも屈せず、徹底的に捜査を進める執拗さだ。

このシリーズ第一作は、まずFoxのチームによるGlen Heatonというベテラン刑事の汚職に関する捜査が終わろうとしているところで始まる。関係者の聞き取りも終わり、まもなくHeatonの告発書類を提出しようという時になって一連の無関係のように見える事件がFoxの回りで起こる。職場では、Jamie Breckという新進気鋭の優秀な若手刑事が児童ポルノのシンジケートに関わっているという疑いをかけられていて、Foxのチームは、児童ポルノ捜査チームと協力してBreckを取り調べるようにと命じられる。ところがBreckに近づいたFoxは彼が思っていたような人物とは全く違い、優秀なだけでなく、真っ当な正義感を備えた刑事に見えることに当惑させられる。BreckはFoxが自分のことを捜査中とは知らず、Foxに親愛の情を見せ始め、二人の関係は複雑化する。もし仮にBreckが無実だとすると、彼は何故捜査の対象になっているのか、そこに警察内部の何らかの作為が働いているのだろうか・・・。

一方、Foxの妹Judeのパートナーであり、前科もあるやくざっぽい男でFoxとは常々仲の悪かったVince Faulknerが死体となって発見される。FoxはVinceが嫌いではあったが、嘆く妹の気持ちを少しでも慰めたいと、自分の担当ではないVince殺害の捜査に口を突っ込むが、その捜査を担っているのが、ちょうど彼が告発しようとしているGlen Heatonの同僚達であり、大変気まずいことになる。Heaton自身は謹慎中であるが、特にHeatonと仲の良い刑事のGilesは、ことごとくFoxと妹のJudeに嫌がらせをして苦しめる。更に状況を複雑にするのは、Jamie Breckもこのチームのひとりであるという事実だ。FoxはBreckと仲が良くなったので、彼を利用してVince殺害の捜査に関わろうとし、Breckは警察の規則に反してFoxを助けるが、やがて彼らはこうした越権行為をとがめられ、ふたりとも謹慎を命じられる。しかし、それにも関わらず、ふたりは個人的に捜査を続ける。そうしているうちに、エジンバラの事業家Charles Broganが行く方不明になるが、彼はリーマンショック以降の金融危機による不況のため、不動産取引で大失敗をして破産状態にあったらしく、自殺したのではないかと疑われる。しかし、このBroganと殺されたVince Faulknerは関係があったらしい・・・。Broganの事業への投資者には、大物ギャングの影も垣間見え、事件は大きく広がっていく。

Rankinは、かなり込み入った事件と人間関係を複雑な織物のように実に巧みにより合わせていき、終盤を除いては特に息をつかせないドラマが展開するわけでもないのに、私みたいなスロー・リーダーでも、飽きずに読み終えることが出来た。Rebusシリーズは一匹狼の刑事を主人公にした、スコットランド版ハードボイルドとでも言えるだろうが、Malcom Foxはタフガイ・タイプではなく、それどころか部署は殺人課でもなく、極めて地味な、サラリーマン的な部署に所属する。同僚の汚職を調べるので他の刑事からは白い目で見られ、日頃から組織内では村八分状態という、孤独な仕事だ。様々の警察小説が試みられてきたが、こういう刑事を取り上げたシリーズはこれが初めてではないだろうか。変人の一匹狼ではなく、地味だが優秀な刑事が、大きな組織の中で孤独な戦いを強いられるという設定は、企業で働く会社員などにも共感しやすい主人公ではなかろうか。彼の老いた父親や出来の悪い妹に対する優しさも、小説に暖かみを沿えている。

何故私はRankinが好きなのか考えてみると、どうも登場人物の会話を特に面白く感じているようだ。とても間が良い。比較的短い会話が淡々と続くが、その行間の雰囲気が豊かだ。そういう意味で、演劇的な魅力のある作家だと思う。

Rebusシリーズもかなり好きだが、この新シリーズもRankinが書き続ける限り読んでいきたいと思わせる第一作だった。既にシリーズ第二作も出版されている。

2013/06/19

C. J. Sansom, "Heartstone" (2010; Pan Books, 2011)


 ☆☆☆☆★   725 pages

前回のブログでRory ClementsのJohn Shakespeareシリーズの一冊について書いたが、チューダー朝ミステリーとしてClementsの「先輩」にあたるのがこのC. J. SansomのMatthew Shardlakeシリーズ。小説の技量ではこちらの方が明らかに一枚上という印象を持つ。それは主として人物像がより深く、立体的に描き込まれているからだろう。Clementsの"Prince"を読む少し前に、Sansomの近作"Heartstone"を読んだところだったので、大分時間が経ったが、想い出しつつ紹介と感想を書いてみる。

今回の舞台はヘンリー8世の晩年、1545年のイングランド。王はフランスとの戦争を行っており、イングランド軍は南部の港湾都市ポーツマスに集結して敵艦隊の攻撃に備えつつある。主人公Matthew Shardlakeはここ数年、静かに弁護士稼業に専念して、富や権力を持たない一般市民を法律で助ける仕事を行ってきた。彼の主な仕事場はそうした名もない、貧しい市民にも開かれたThe Court of Requests。彼は今ならさしずめ"a legal aid lawyer"というところか。

ある時、Matthewはヘンリー8世の奥方、キャサリン・パーに呼ばれて宮殿に向かう。王妃の侍女Beth Calfhillの自殺した息子Michaelが生前家庭教師として教えていた姉弟EmmaとHugh Curteysの苦境について調査するようにと王妃に依頼される。彼ら二人はSir Edwin Hobbeyという豊かな新興の大地主(商人上がりのジェントリー)の被後見人(wards)であったが、Michael Calfhillの残した言葉によると、姉弟は'monstrous wrongs'(恐るべき不公正)をこうむっている、ということらしい。

Matthewと助手のBarakは、Hobbey家の顧問弁護士で、法律家としての良心は棚に上げて金儲けと地位にばかりこだわるDyrickと共に、Hobbey家の地所のある南部に旅立つ。ところが、南イングランド、ポーツマス近くのHobbey邸に着いてみると、Emma Curteysはすでに天然痘で亡くなっており、Hughと言えば、別段、虐待も不正もこうむっていない、と断言する。しかし、MatthewとBarakは、EdwinもHughも何か隠していると確信し、関係者の聞き取り調査を進める。

わき筋として、Matthewは、かって大きなトラウマを生むような事件を経験しロンドンの精神病者収容所Bedlamに入れられているEllen Fettiplaceという女性が、過去に受けた心身の暴力についてもボランティアで調査をする。彼女は、やはりポーツマスの近くの出身で、強姦の被害者であることが分かるが、これが、Curteys姉弟の件の関係者と重なることをMatthewは突き止め、2つの事件が絡み合ってくる。

この2つの事件の背後には、フランスとの不毛な戦争が暗い影を投げかけている。Matthewはヘンリーの大義なき戦争にへきえきし、またその為に多くの国民が無理矢理徴兵され、命を落とそうとしていることに悲しみと憤りを感じている。彼が以前扱った事件で遭遇した軍人、Captain Leacon(リーコン大尉)に道中偶然再会するが、Leaconがその前年のフランス遠征で見た戦場の悲惨さや、彼の受けた心の傷が生々しく語られる。小説全体から見るとマイナーな役ではあるが、この大尉と彼の率いる庶民達から徴集された兵隊の描写は大変印象的だ。

Hugh、Leacon、Ellen Fettiplace、Edwin、Dyrickなど、多くの登場人物が陰影深く描かれていて、読み応えがある。これが、Sansom作品の大きな魅力だ。

私は当時のイギリスの裁判制度に関心があるので、Matthewが仕事をするThe Court of Requests、そしてDyrickが主に仕事をするThe Court of Wardsという、ふたつのマイナーな裁判所について、少し知るきっかけになり、大変良かった。

私はこれでSansomのMatthew Shardlakeシリーズの感想を書くのは5回目のようだ。このブログでこれが3冊目。右のサイドバーにある旧ブログで2冊。関心をお持ちの方は、Sansomなどの語でサイト内の検索をして下さい。最初の作品は"Dissolution"。この作品はすでに『チューダー王朝弁護士、シャードレイク』というタイトルで集英社文庫から和訳が発売されています。


2013/06/17

Rory Clements, "Prince" (2011; John Murray, 2012)


☆☆☆★★     420 pages

このブログでも以前に感想を書いているRory Clementsのエリザベス朝諜報員("an intelligencer")、John Shakespeareシリーズの2011年の作品。主人公のJohnは、お馴染みWilの兄ということになっている。勿論、William Shakespeareにスパイの兄がいたという史実はない。

今回の作品は、冒頭、Christopher Marloweの死体とそれを取り囲む4人の男の場面で始まる。チューダー朝の大劇作家Marloweはスパイとして活動していたことでも知られている。彼は1593年、ロンドン郊外の宿屋で喧嘩の末、殺害されたということになっているが、その死が単なる酒場の喧嘩故か、または彼の行っていた諜報活動と関連した殺人か、議論があるところらしい。この史実を、架空の探偵John Shakespeareが捜査し始める。

しかし、Marloweの死を遙かに超える重大な事件が起こりつつあった。ロンドンを始めとするイングランド諸都市は、大陸からカトリック勢力の迫害を逃れてきたプロテスタントの移民が増えつつあったが、資本や技術を持ったこれらの移民の多くがイングランド人の職を奪っているという反移民、反外国人感情が高まっていた。その中には、実際に移民達への暴力や犯罪行為を行う者も出て来た。オランダからの移民が集まっているにぎやかな商業地区で、時限装置の付いた大きな爆薬が爆発し、大惨事が起きるが、Shakespeare個人も、それによって大きな喪失を味わうことになる。悲しみを癒やす間もなく、Shakespeareは犯人達の手がかりを求めて奔走する。

更に、海外のカトリック勢力が、こうしたイングランド国内の不穏な情勢を利用しようとし、チューダー王家存続を脅かす一大事になりかねない大きなテロも計画される。これがタイトルの"Prince"と関わってくるのだが・・・・。

幾つもの犯罪や、政治の流れを、そして歴史的事実とフィクションを巧みに織り合わせて、かなり面白い歴史ミステリに仕上がっている。チューダー朝の演劇や歴史に関心のある読者には特に楽しめる小説だ。ちらっとだが、Williamも出てくるし、物語の終わり近くのパーティーでは、Philip Henslowe、William Kempe、Richard Burbage等々の著名な演劇人も名前だけだが、顔を出す。このシリーズではお馴染みのJohnの敵役で、歴史上でも悪名高きカトリック聖職者の迫害者、Richard Topcliffeも憎まれ役らしい活躍をする。

本の末尾に歴史の説明が少しあるのだが、そこに1585年4月4日にスペイン艦隊によるアントワープの攻略で、アントワープ軍の反撃手段として使われた"hellburners"という武器について述べられている。この武器は、最初の「大量破壊兵器」(a weapon of mass destruction)とも呼ばれる恐るべき殺人兵器らしい。Clementsによると、この武器で一瞬にして1000人近い人が殺害されたとのこと。当時からそんな恐ろしい武器が考案され、実際に使われたなんて始めて知った。スペイン無敵艦隊がイギリス海軍に敗れたのも、この時のトラウマが一因ではないかとのことだ。

この作品には外国人への迫害や、大量破壊兵器の使用など、現代に通じる問題もあって、気楽に読める歴史ミステリとは言え、考えさせる面があるのも魅力だ。ただ、Johnには大きな不幸が襲いかかるにも関わらず、私から見ると、人間ドラマにおいてインパクトが足りない気がした。その点で、ほぼ同じ時代を扱ったC. J. Sansomの弁護士Matthew Shardlakeシリーズと比べると、幾らか見劣りはする。

なお私はRory Clementsの以前の作品についての感想も書いています。

2012/11/10

Ian Rankin, "A Question of Blood" (Little, Brown, 2003)


Ian Rankin, "A Question of Blood" (Little, Brown, 2003)  522 pages.

☆☆☆ / 5

今まで何冊も読んでいるRankinのRebus刑事シリーズの小説をまた手に取った。ベッドタイム・リーディングなので、ゆっくりしか進まなくて、そのうちストーリーが何が何だか分からなくなってきたが、まあ楽しめた。

タイトルの『血の問題』というのは、ひとつは殺人事件の現場に残された重要な証拠となる血液を指すが、もうひとつの意味は、事件の被害者のひとりがRebusのいとこRenshawの息子だったこと。つまり血縁者が被害に遭ったわけだ。このいとこの一家とのRebusの感情的な関わりがじっくりと描かれる。

2つの事件が同時に捜査される。メインとなるのは、あるイギリス軍特殊部隊(SAS)の元兵士、Lee Herdman、が高校で銃の乱射事件を起こしたという事件。彼は高校生2人を殺害し、ひとりに怪我を負わせ、そして自分は自殺した。この元兵士が、戦場や特殊な訓練などがトラウマとなり精神的な問題を抱えていたのではないか、ということが徐々に明らかになる。彼は他の人間とのコミュニケーションに困難を感じていたようだが、唯一彼が親しくしていた人々が高校生達だった。にも関わらず、彼がその高校生達を銃撃したのは何故か。調べていくうちに、彼が付き合っていた高校生達の間にも問題があったのが分かってくる。怪我を負ったが唯一生き残った尊大な男子高校生、James Bell、も何故か詳しくは事件の事を話そうとしない。RebusはRenshawとの血縁関係を隠し、古い同僚で友人でもあるBob Hogan刑事の下で捜査に関わるが、実は被害者家族がいとこであるので、捜査をしてはいけないはずなのである。

高校生の殺害の事件が起こっていた同じ頃、Fairstoneというごろつきの死体が、火事となった自分の家で焼死体となって発見された。Fairstoneは、Rebusの長年のパートナーの刑事、Siobhan Clarke(シボン・クラーク)を職務上の事から恨みを抱いて追い回し、嫌がらせをしていた。RebusはFairstoneが焼死したその晩にFairstoneに会い、嫌がらせを辞めるようにと警告しており、更にその晩(彼自身の説明によると)、酔っ払って誤って熱湯を手にかけてしまい、火傷をしていた。警察内部でも彼に重大な嫌疑がかけられるが、勿論彼はやっておらず、自分へかけられた疑いを晴らさなければならない。

Rebus自身、かって兵士でありしかもSASに志願して特殊な訓練を受けていた。しかし、正式に採用される直前で訓練に堪えられなくなり精神的な問題を起こして不適格となっていた。そういう自身の経歴もあって、彼はHerdmanの背景を追体験するように細かく調べていく。いとこやその妻などRenshaw家の人々への感情的な関わりも加わり、ふたつの事件関係者へのRebusのパーソナルな肩入れがこの物語のひとつの魅力だ。社会から孤立していて、まともな人間関係が作れなかったHerdman、Herdmanの知り合いで露悪的行動に走る女子高生のTerri、Rebusが共感するように見える人物は社会に順応できない人達であり、それは離婚し子供とも疎遠になっており警察の中では厄介者扱いされているRebus自身の姿でもある。しかし終盤で、彼がおそらく誰よりも大事に思っているパートナーのClarke刑事が危険に晒され、いつも冷静なRebusも頭に血が上る一幕があった。家族に加えて仕事場でも疎外されているRebusも、本当に深い絆を感じているのは数人の同僚との関係なのだ。

Rankinの小説は、現代スコットランドを舞台とし、犯罪を主たる材料としつつも、伝統的なキャラクター小説。ひとりひとりの人物に付された陰影を楽しむ事が出来、オースティンとかディケンズを読む時似た面がある。クライム・ノベルにつけるには変な修飾語だが、「安心して読める」小説という感じがする。私がもっと集中して読んでおれば、更に楽しめたと思う。

2012/07/11

Inspector Rebusシリーズのクライム・ノベル、Ian Rankin, "The Falls"

Ian Rankin, "The Falls"
(2000; Minotaur Books, 2010) 467  pages.

☆☆☆ / 5

毎日寝る前、眠くなるまで数ページ、いや2、3ページの夜も多かったか、その位ゆっくり読んでいたので、もういつ読み始めたのかも思い出せないくらいだが、最後は結構息詰まる展開もあり、読み終わってみるとかなり面白かった。但、途中はかなりスローな展開というか、停滞した感じというか、読むのがとても遅い私には細かい字で467ページというミステリは長すぎ。

Rankinの刑事、John Rebusは、連合王国の刑事物の主人公としては、Ruth RendellのInspector Wexford、P. D. JamesのChief Inspector Adam Dalglieshと並ぶ、最も有名な刑事のひとりではないだろうか。この小説も、いつもながらの手練れの技で、Rankinを幾つか読んでいる人を失望させない。今回の事件は、金持ちの銀行家の一家、Balfour家の娘、Philippaの失踪で始まる。手がかりは乏しく、唯一奇妙な遺留品としては、小さなミニチュアの棺が現場近くで発見されたこと。ところが過去の未解決失踪事件や殺人事件でも同様の玩具のような棺が発見されていたことが分かり、Rebusは連続殺人事件ではないかとの疑いを抱く。もうひとつの手がかりは、Philippaのパソコンに送られていたQuizmasterという匿名の人物からのメール。このメールを追っていくとPhilippaは失踪する前にこのQuizmasterが作り上げたゲームに参加していたことが分かる。棺はRebusが、そしてQuizmasterのゲームはJohnの変わらぬ相棒、Siobhan Clarke刑事が追いかける。QuizmasterはPhilippaの失踪後も謎のメールを送り続け、ゲームのキーを与えて警察を挑発する。Siobhanは段々このゲームに深入りしていき、寝ても覚めてもゲームのことが頭から離れなくなってしまう。一方、Rebusは棺の由来を調べるためにスコットランド博物館の学芸員のJean Burchill博士の意見を聞くが、その縁で彼女と親しくなる。

この小説、警察関係者以外にあまり印象的な人物がいないのがやや不満と言えば言えるだろうか。Balfour家やその周辺の人々に、仮に悪役であってもあまり深みある個性が感じられない。しかし、警察内部の人間関係がかなり良く書き込まれていて、その点には興味を引かれた。特に上役のGill Templer、キャリア指向の強いEllen Wylie、そしてRebus的な一匹狼の生き方と、警察内での出世を目ざすTemplerやWylieのような生き方の間で迷うSiobhanの姿が面白い。

後に余韻が残る小説ではないが、読んでいる間はかなり楽しんだ。色々とエジンバラの地名が出て来るが、John Rebusシリーズを読んでからエジンバラを旅すると楽しいだろうな。

2012/05/12

『ロビンソン・クルーソー』を知らない時代


あるところで20歳前後の大学生60〜70人に近代英文学について話している。私の専門ではないので、極めて初歩的な話しかできない。何十年も前の学生時代の読書に基づいた話で、おそるおそるといったところだ。潰されかねないような英文科で働いていると、専門なんか関係なくTOEIC講座でも現代文学でも英語史でも、言われたものは何でもやらなきゃならん、という癖というか変なモラル(笑)というか、そういう考えが身に染みついてしまっているもので。しかし、貧しい知識しかないのに無責任と言えば言えるなあ。

その講義で先日、ダニエル・デフォーについて触れた。『ロビンソン・クルーソー』くらい、イギリス植民地主義とか、プロテスタンティズムと労働倫理を説明するのにわかりやすい教科書(?)はない。その際、『ロビンソン・クルーソー』を、子供向きに書かれた話でもアニメや絵本や漫画でも、とにかく読んだり見たりしたことがある人?、と聞いたら、手を挙げたのは1人だった。1割くらいはいるかなと安易に思っていたのだが、私もずれてたねえ・・・。私の話を聞くベースが欠けているようなので、今までよりももっと基本的な事から話さないと。私の世代だと、特に本が好きな子でなくても、少年少女文学全集の1冊とか、童話版や絵本なんかでたいてい接しているのではないかと思うが、今の若者の多くは名前も聞いたことがないのだろうね。まあ、デフォーというのが特殊なのかも知れない。『ロビンソン』はフランス語版の映画があるのは知っているが、有名な映画はないと思う。冒険小説的な興味で男の子には面白くても、女の子の興味を引きにくいかもしれない。『ロビンソン』を読んでないと、『蝿の王』なども読者としての前提に欠けることになるなあ。同じ時代でも『ガリバー旅行記』だったらどうだろうか?次回、思い出したら同じ人達に聞いてみよう。

2012/04/03

Ariana Franklin, "The Assassin's Prayer" (Bantam Books, 2010)

中世の女性検屍医アデリアのシリーズ4冊目 
Ariana Franklin, "The Assassin's Prayer"

(Bantam Books, 2010)

☆☆☆ / 5

中世のスカーペッタのような女性検屍医を主人公にしたシリーズ。これは4冊目だそうだ。私はこのシリーズの最初の一冊を読んでいて、ブログにも感想を書いている。鋭い知能と、当時の女性としては並外れた博識を武器に犯罪に立ち向かうところは、修道女フィデルマ・シリーズと似ているが、あちらは法律家、こっちは科学者(医師)である。このAriana Franklinという作家は、良く知られているDiana Normanという歴史小説家の別名だそうだ。

さて今回の作品では、主人公、Adelia Agularは、ヘンリー2世に無理矢理命じられて、王の娘Joannaがシチリアの王Williamに嫁ぐ旅に同行することになる。日本の大名行列と同じく、かなりノンビリしたスピードで、あちこち迂回したり、病人が出て長逗留したりする。更に一行の中から自然に亡くなる人だけでなく、殺害される人まで出て、Adeliaの医学や犯罪捜査、そして検屍の知識も必要とされることになる。また一行の中には、過去にAdeliaが捜査した事件で仲間が死に、Adeliaに八つ当たりの恨みを抱いている者が潜んでいて、”Adeliaの命を付け狙っていることが判明する。

今回の作品では、重要な登場人物として中世の異端、カタリ派の人達が出てくる点が私の興味を引いた。カタリ派については何も知らなかったので、楽しみながらちょっとだけかじった気分になれた。Adeliaと彼の愛人で聖オールバンズの司教Rowleyとの関係も、読んで楽しい。愛人がおり、ハンサムで強く、極めて世俗的で騎士のような司教の存在は、中世西欧らしい。シチリアのノルマン王国が、この頃転機を迎えつつあったというのも勉強になったかな(?)。この王国について、ちゃんとした歴史書を読んでみないと。

2012/03/03

修道女フィデルマ・シリーズの1巻、Peter Tremayne, "The Haunted Abott"

Peter Tremayne, "The Haunted Abott"
(2002; Headline, 2003) 360 pages

☆☆☆☆★ / 5

中世初期、紀元666年、アイルランド人修道女で法律家、そしてアイルランドの王国Cashelの王の妹でもあるSister Fidelmaと彼女の連れのイングランド人修道士Eadulfは、カンタベリーでの仕事を終えてアイルランドに帰国する前にEadulfの故郷の村に寄ろうとする。ところが最寄の修道院の修道士でEadulfの幼馴染であるBotulfから、是非自分の修道院、Aldred's Abbey、に寄ってくれ、との知らせが届き、激しい雪の中、真夜中に到着する。しかし着いてみるとBotulfはその日に何者かに殺害されていた。更に、その修道院を支配する院長、Abbot Cild、は何かに呪われたかのような鬼気迫る様子で、二人に敵意を剥き出しにし、Botulfの死は、異国の魔女、Fidelmaの仕業だと決め付ける。二人は否応なく事件の真相を解明するために奔走することになる。しかし、次々と殺人事件が起こる。Cildの兄弟でアウトローのAldhereとCildの兄弟間の憎悪、Cildの死んだ妻、Gelgeis、の亡霊の出現、隣国の領土的野心や、更にアイルランドの部族まで巻き込んだ争い、等々がこれらの事件の背後にあった。

この修道女フィデルマ・シリーズはこれまでも何冊も読んできたが、今回は特に興味を引いた。というのも、舞台がイングランドで、丁度異教とキリスト教がせめぎあっている7世紀という面白い時期だからだ。Cild率いる修道士が武器を取って犯罪者を追いかけたりなど、この頃は修道士と言っても結構おっかない、僧兵みたいな連中も居たのかなとも思わせる。フィクションだから鵜呑みに出来ないが、時代背景を想像しつつ読むと面白かった。

このシリーズで一貫して表現されている中世アイルランドにおける女性の地位の高さだが、これはどの位歴史的真実を反映しているのだろう(どなたか、お教えください)。当時のアイルランドについてはまったく無知なのだが、そのうちこの点についてちょっと勉強してみたい。

中世イングランドを舞台にした軽い歴史捕物帖、そしてフェミニスト・ヒロインのお話として、楽しい娯楽小説だ。

2012/02/20

Sara Paretsky, "Body Work" (Signet Books, 2011)

イラク戦争の裏側を描くクライム・ノベル
Sara Paretsky, Body Work

(2010; Signet Books, 2011)  517  pages.

☆☆☆☆★ / 5

サラ・パレツキーのV I Warshawski series。今手に入る一番新しいペーパー・バックスだと思う。ハードカバーではこれよりも新しい最新作が出ているようだ。今回も失望せず、楽しく読めた。ただ、パレツキー作品は、最初の頃に比べると、ヴィックの年齢が高くなると共に、がむしゃらに正義の実現に向けて突進する女性主人公の話ではなくなり、年齢に伴う人生の憂いを感じるようになってきた。ヴィックも、体だけでなく、気持ちの疲れとか経済的不安を見せることが多くなっているようだ。また、近年アメリカ社会が保守化するにつれて、極めてリベラルな作家であるパレツキーの苛立ちが表面に出ることも多い。そう言う点がこの作品、いや幾つかの近作の魅力でもあり、しかし、単純にエンターテイメントとして楽しみづらい感も残った。


タイトルになっているbody artistというのは、シカゴのいかがわしいナイトクラブでボディ・ペインティングのショーをしている女性のこと。彼女は自分の体に、クラブの客に絵を描かせるのを売りものにしている。このナイトクラブに、ヴィックの姪のペトラがアルバイトで雇われていて、ヴィックもクラブに顔を出した夜、殺人事件が起こり、否応なく彼女も巻き込まれることになった。body artistの体に絵を描いていた男が殺され、その罪を着せられたのは戦争でPTSDを負ったイラク帰還兵、チャドだった。殺人事件の背後には大がかりなギャング組織、そしてそうした組織とからんで資金を稼ぐ企業や豊かな弁護士達がいる。更に、大きな背景をなすのは、道義なきイラク戦争。パレツキーが、ミステリとアメリカ社会の今を見事に組み合わせている。特に、戦争でもうける死の商人と言うべき企業については、パレツキーの書くとおりだと思った。また、チャドの父親の息子への愛情には感動させられる。更に、もう一つのポイントとしては、信心深い家庭に生まれたレズビアンの女性の苦しみにも触れている。

強いて言えば、色々な社会問題を盛り込みすぎたのか、筋書きがやや込み入って分かりにくくなっている気がした(私の飲み込みの悪さや英語力不足もあるが)。また、姪のペトラ、body artist、その他の脇役達もあまり魅力が感じられなかったのも残念。私の方も、パレツキー作品にあまりにお馴染みになってしまったのかも知れないが。また、最初の頃のヴィックの作品も読み返してみたい。

2011/07/22

Rose Tremain, "Trespass" (2010; Vintage, 2011)

南仏の憂鬱
Rose Tremain, "Trespass"
(2010; Vintage, 2011) 373 pages.

☆☆/ 5

これまでにこの作家は4冊くらい読んでいる。特に"The Colour"やオレンジ・プライズを受賞した"The Road Home"には大変感動した。好きな作家である。しかし、今回はあまり引き込まれないまま読み終わった。

物語の起こる場所は主として南フランスの寒村。よく英米人のエッセイや小説で取り上げられる爽やかで陽気な雰囲気ではなく、さびれ、外国人などが土地建物を買いあさっている。Mas Lunelという人里離れた農家にAramon Lundという男が、そして彼の土地の直ぐそばの粗末な家に妹のAudrunが住んでいる。Aramonは獣のような男で、かっては亡くなった父親と共にAudrunを虐待しており、Audrunにはその事への恨みが根深くくすぶっている。しかし、Aramonは酒に溺れ、自堕落な生活をし、農場は荒れ放題で、哀れな状態になっていく。

少し離れたところに、一定の成功をしつつあるガーデン・デザイナーのVeronica Vereyが、レスビアンのパートナーであるKittyと住んでいる。Kittyは水彩画の画家志望者であるが、平凡な才能しか持ち合わせておらず、Veronicaの収入に頼っている。Veronicaにはロンドンに高級アンティック家具のディラー、Anthony Vereyという弟がいる。彼はかっては大変羽振りが良く、様々の有名人を顧客に抱えていたが、今はすっかり落ちぶれ、店を訪れる客も少ない。彼は人生をやりなおそうとVeronicaのところを訪ね、南仏の農村が気に入り、自分も家を探し始める。Aramon Lundの住むMas Lunelが大変気に入り、商談を進める。KittyとAnthonyはVeronicaを取りあって、非常に仲が悪く、お互いに相手をどうやって遠ざけるか算段をする。また、AudrunはもしMas Lunelが売られたら、自分の住むところが無くなりかねないと大変心配になる。そういう時、Anthonyが売りに出た物件を見にに出かけたまま行方不明になる・・・。

Anthonyの失踪をプロットの中心に据えた一種ミステリー仕立ての小説。AramonとAudrunの兄妹、VeronicaとAnthonyの姉弟、というふたつの関係、それにKittyとVeronicaのカップルという3組の愛と孤独の物語。これらの5人の人々は、奇妙に地域や友人から孤立し、大変孤独な人々である。更にAramonとAudrunは虐待した者、された者であるが、しかし奇妙な依存関係で繋がっている。VeronicaとAnthonyは堅い姉弟愛で結ばれているが、それは他人を寄せ付けない排他的なものであり、Kittyを限りなく不幸にする。それぞれ自分の必要に応じて他者を愛したり、利用したりするが、5人とも人間としては魅力に乏しい、閉鎖的で自己中心的なキャラクター。カラカラに乾燥した南仏の大地が、彼らの荒れ果てた人生をくっきりと浮かび上がらせる。彼らの孤独感、疎外感が大変よく書けているが、しかし、それは感動を与えるようなものではなく、むしろ彼らのいびつなメンタリティーを掘り下げて見せる。

魅力的なキャラクターもおらず、特に感動的でもなく、私にはあまり楽しめなかった。但、登場人物の孤独感は良く書けている。農村でありながら、精神の孤島に住む人々という感じであった。

Veronica, Anthony, Kittyの共通点として、全員独身で、子供もおらず、地域のコミュニティーとの結びつきもない根無し草。皆、文化的な人々で、自由に人生を変えられるし、いつでも再出発が可能だが、自分の世界に凝り固まっていて、わびしい心象風景。自分の世界を壊されることに恐怖を感じて、何かと自己防御し、心を閉ざす。場所や環境は違っても、こういう人物って現代人に多いのではなかろうか。私自身も他人から客観的に見るとそう見えるかも知れない。そう言う点では大変考えさせられた。

2011/06/14

Rory Clements, "Revenger" (2010: John Murray, 2011)

エリザベス朝を舞台にしたスパイ小説
Rory Clements, "Revenger"
(2010; John Murray, 2011)   420 pages.

☆☆☆☆/ 5

Rory Clementsのチューダー朝スパイ小説、John Shakespeareシリーズ第2作目。Clementsは既に3冊目の"Prince"をハードカバー版で出版している。私はこういう歴史捕物帖が大好きだが、C. J. SansomのMatthew Shardlakeシリーズと並んで、このClementsのシリーズはとても面白く、今後もペーパーバックスが出る毎に読みたいと思う。Matthew Shardlakeは弁護士で、知的で穏和、体に故障も抱えている男であり、色々な事件に関わるのは全く本人の意に反している。一方、John Shakespeareはそれが本職の、心身共にたくましいスパイ(intelligencerと呼ばれている)。Sansomが今までのところヘンリー8世の時代を扱っているのに対し、Clementsのシリーズはエリザベスの治世である。どちらも、君主のまわりで渦巻く権力闘争、宗教問題、スペインなどのカトリック教国との闘争、要人暗殺計画、当時の学問など、クライム・ノベルの要素と歴史的背景が絶妙に組み合わされていて、歴史エンターテイメントとしては満点に近い。

今回の物語ではエリザベス1世晩年において女王の寵愛を受けたRobert Devereux*, Earl of Essexが、老齢となり徐々に衰えていく女王の後継を狙って、王家の血を引くArbella Stuart(別の綴りではArabella Stuart)に近づき、あわよくば結婚しようと画策する。また、Devereux一家の母、Lady Lettice Knollys、Robertの姉で絶世の美女Penelope Richなどの暗躍により、王室に反抗する野心的勢力が結集する。EssexとArbellaの結婚を阻止し、エリザベスを守ろうとする若き政治家Robert CecilはEssex側と、諜報戦を繰り広げる。物語の始まる時、かってspymasterのSir Francis Walshinghamに使えていたShakespeareは、スパイ業を引退して貧しい子供達のための学校を営んでいる。しかし、プロテスタント急進派の迫害に苦しみ、また妻のCatherineは頑固にカトリックの信仰を守っていて、前作でも出て来たカトリック・ハンターのRichard Topcliffeらに付け狙われており、一家は危険な状態である。そうしたことで、夫婦の仲も危機に瀕している。そんな時に、ShakespeareはEssexとその手下の残忍で富裕なアイルランド人Charles McGunnに無理矢理雇われ、アメリカのRoanoak植民地の全滅と、その生き残りと見られ、ロンドンで目撃された女性Eleanor Dareの消息についての調査を命じられる。しかし、彼がEssexに雇われたのを知るRobert Cecilは、John Shakespeareに、女王の世を守るという大儀のために二重スパイとして働くよう説得する。Shakespeareは、彼の本心を見破られないように細心の注意を払いつつ諜報活動をするが、McGunnとその手下のSlyguffは、Shakespeareを疑ってつけ回す。

Devereux家のPenelope RichとLettice Knollys、そしてArbella Stuartの後見人、Beth of Hardwick (Elizabeth Talbot, Countess of Shrewsbury) など、チューダー朝の歴史において著名な女性達、更に、カトリックの宣教師Father Robert Southwell、カトリック・ハンターのRichard Topcliffe、そして勿論、架空のJohn Shakespeareの実在した兄Williamなど、カラフルな歴史上の人物が次々と出て来るのもこの小説の大きな魅力だ。

だからといっても伝記文学を読んでいるような感じではない。終幕はどんなクライム・ノベルと比べても引けを取らないくらい緊迫感があり、魅力的な主人公とその意気盛んな妻、そしてワトソン役の忠実なBoltfootなど、探偵小説としても一級である。C J Sansomの作品と共に、日本語に翻訳されればきっと多くの人が魅了されると思うし、映画になっても面白いに違いない。

Sansomの作品とは違い、やや古い言葉を使ってあり、チューダー朝の雰囲気を伝えている点を高く評価したい。しかも親切にも、巻末にはグロッサリーと、あまり知られていない歴史上の人物に関する解説、歴史的背景の説明もあり、歴史小説としてかなり楽しめる。シェイクスピアに兄がいたという設定なので、シェイクスピアなどのルネサンス劇ファンにも楽しい作品だ。更に、Arbella Stuartの家庭教師で、Christopher Morleyという実在の人物が出てくるのも面白い。スパイとしても活動していたルネサンスの天才劇作家Christopher Marloweは、私の記憶するところでは、幾つかの記録において、Christopher Morleyと記載されている。学問的にどのような評価かは分からないが、MarloweがArbella Stuartの家庭教師と同一人物であったかもしれないという仮説は1930年代から唱えられている、とWikipedia英語版も触れている(この点については、後で何かの本でもっと詳しいことが分かれば、加筆修正したい)。

しかし、一番大事なのは、ここに描かれた事件を動かす大きな原動力が、タイトル"Revenger"でも示されているように「復讐」であるということだ。政治、宗教、権力闘争の狭間で慎ましい庶民が意味もなく惨殺され、彼らが復讐の鬼となり、復讐の連鎖が始まる——現代にも当てはまる悲劇でもある。

なお最近の作家は、出版社により立派なウェッブサイトを開設しているが、Rory Clementsのサイトには、小説に登場する人物や場所の解説があり、小説を読みつつ見ると参考になるし、歴史の知識も豊かになる。

* "Devereux"の発音は、Merriam-Webster Collegiate Dictionary (online ed.)では、「デヴァルックス」という発音が最初に載っており、「デヴァルー」という発音もあるらしい。日本版ウィキベディア等では後者が記載されている。Rory Clementsのウェッブサイトでは、前者が記されている。おそらく、前者が元々の発音ではないか。詳しい方がいらしたら、コメント欄で教えて下さい。

私はRory Clementsの第1作目、"Marytyr"についても感想を書いています。

2011/06/02

Ariana Franklin, "Mistress of the Art of Death" (Bantam Books, 2008)

中世イングランドのスカーペッタ
Ariana Franklin, "Mistress of the Art of Death"

(2007; Bantam Books, 2008)   507 pages.

☆☆☆(3.5位) / 5

数日前から風邪で熱を出して寝ていて、最初は苦しくて本を読むどころじゃなかったが、段々探偵小説くらい読めるようになってきたので、一気にページがはかどった。

現代の南イタリアからシチリアにかけて、12世紀頃にあったノルマン王国は、アラブ世界の先進的な科学や思想が流入し、西欧の文化大国であった。特にその中心都市のひとつサレルノでは、医学が栄えた。主人公のAdelia Aguilarはそのサレルノからイングランドに派遣された医師、それも"mistress of the art of death", 即ち中世版の検屍医、サレルノからやって来たケイ・スカーペッタである。

その時、イングランドのケンブリッジでは連続幼児殺害事件が起きていた。ユダヤ人がスケープゴートとして迫害され、町の人々は彼らを皆殺しにしかねない勢い。ケンブリッジに住むユダヤ人は全員、州代官(sheriff)の城に1年間も籠城を迫られる。王ヘンリー2世にとって、貸金業を営むユダヤ人は資金源として無くてはならない存在である。ヘンリーは、サレルノ王に名探偵Simon of Naplesと検屍官の派遣を要請する。しかし、やって来たSimonはユダヤ人、Adelia Aquilarは、イングランドでは診療を許可されていない女性、そして彼女のお付きのMansurは肌の黒いイスラム教徒であるから、大っぴらに捜査をすれば、彼らは無知で偏見に満ちた町の人々の反感を買うのは必至。Mansurが医師で、Adeliaは彼の通訳という口実で診療所を開きつつ、密かに犯罪捜査を遂行する。

中世イングランド版捕物帖というと、Ellis PetersのBrother Cadfaelシリーズ始め数多い。女性探偵ものでも、Peter Tremayne (Peter Berresford Ellisの筆名)のSister FidelmaシリーズやCandace RobbのApothecary Roseシリーズなど面白かった。そうした中で、本書の新味はAdeliaが検屍医であること。又、彼女がイタリアのサレルノという特殊な国からやって来たという事だろう。中世の南イタリアにあったノルマン王国の先進的な学術や自由な思想を身につけたAdeliaが、西欧でも辺境にある片田舎ケンブリッジの環境や人々と悪戦苦闘する様が面白い。またこの作品では、1290年にエドワード1世によりイングランドから永久追放される前のユダヤ人社会の一端が描かれている点でも興味をそそる。

娯楽小説の割りに、前半、なかなか作品の中に入って行きづらく感じた。この小説は、作者にとって第1作だそうで、不慣れなところもあるのだろうか。前半、Simon of Naples とAdeliaのキャラクターのイメージがつかみづらく、魅力に乏しい。しかし、後半では思いがけない展開もあり、ピッチが上がる(それとも、私自身の風邪のおかげでまとまって読めたからか?)。私の好みからすると、そこまで書かなくても、と思える大変けばけばしい描写が幾らかあって、興ざめに感じた時もある。しかし、犯人に追われ、やがて追い詰めるアクション・シーンは、たたみかける迫力があり、この作家の実力がうかがえた。

中世はもともと現代人にはエキゾチックな香のする時代であるが、更にサレルノからやって来た女性検屍医という要素が加わり、なかなか楽しい娯楽小説に仕上がった。かなりのリサーチの努力もうかがえる。又、中世の物語でありながら、現代社会の重大な課題、例えば、人種問題、異種の宗教の共存、女性の自立や結婚と仕事、死刑制度の可否等を上手く加味している点も評価できる。中世の司法に興味のある私には、裁判シーンも面白い。探偵小説を読みつつ、自分も色々知らない事が多くて、勉強しなくちゃと気づかせられた。

なお、当時のケンブリッジは、13世紀に大学が出来る前で、中部の片田舎の町に過ぎなかった。Cam川を動脈としての人々の暮らしの臭いや、近くの"fen"の様子など幾らかうかがえ、ローカルな味わいも良い。

この作者はこのシリーズをその後も続々と出しているようだが、他の作品も読んで見ようと思える出来だ。南仏のノルマン王国については、権威者による一般向けの本として、高山博『中世シチリア王国』(講談社現代新書)がある(私はまだ読んでない。本棚で眠っている)。

2011/04/30

クライム・ノベル、Val McDermid, "A Place of Execution" (1999)

工夫豊かなクライム・ノベル
Val McDermid, "A Place of Execution"


(1999; HarperCollins , 2010) 603  pages.

☆☆☆ / 5

書店で何となく手にとって買った本。Val McDermidは、大変有名な犯罪小説作家でたくさん出版している。これは第一作のようだ。作家本人がBBCの討論番組に登場して見たことがあり、また、サラ・パレツキーが何処かで言及してしていたため、試しに買ってみた。

話はイングランドの片田舎の、かなり孤立した寒村で起こる少女誘拐・殺人事件のミステリ。誘拐されたAlison Carterという十代の女の子の血の付いた服や犯行に使われたと思われる拳銃や弾丸など種々の痕跡が発見される。怪しい人物が浮かび、数多くの状況証拠が積み重ねられ、死体が発見されないまま、婦女暴行と殺人の罪で男が起訴される。この死体が発見されないという事実が、警察にとって捜査や裁判を大変難しいものにする。

上記のように、他ではまず見ない(と思える)工夫のある小説。また、大変サスペンスあるシーンが多くて、読むのが非常に遅い私でも引き込まれる時が多かった。最近、これまで以上に体調が悪いのだが、横になってこの小説を読むことで、数日気をまぎらわせることが出来た。『処刑の方程式』という題で翻訳も出ており、テレビドラマにもなっているので、評価は高いのであろう(日本でもケーブル局で放映されたようだ)。このドラマには、Juliet Stevensonが出ていて、その点でちょっと興味あり。

しかし、全体としてみると、それ程感心しない。今のところ、この作家のものをまた近々読みたいとは思えない。というのは、主なキャラクター、主人公の警察官コンビ(D I George BennettとD S Thomas Clough)、が特に個性豊かとか、深みあるキャラクターとは言えず、魅力を感じないためだろう。また、パレツキーとか、Sansomに見られるような政治・社会に関するメッセージ性も無い。田舎の人々の軋轢とかゴシップなどがわんさか出てくるところは、バーナビー警部もの("Midsomer Murders" series)とちょっと似ているが、あのシリーズよりはかなりシリアスではある。

私には向いてないが、純粋にクライム・ノベルがお好きな方にはおおいに楽しめる作品だろうと思う。