2013/08/11

Ian Rankin, "The Complaints" (2009; Orion Books, 2010)


刑事Malcom Foxシリーズの第一作
Ian Rankin, "The Complaints"

(2009; Orion Books, 2010) 452  pages.

☆☆☆☆★ / 5

Ian Rankinと言えば、現役で活躍中のUKのクライム・ノベリストの中で、一二の人気を争う作家だが、彼の主なシリーズ、Inspector Rebusシリーズは、Rebusの警察の定年と共に一応"Exit Music"というタイトルで終わりを告げた(その後、何かの作品で復活させたらしいが)。私はこの"Exit Music"は読んでいて、ブログでも感想を書いている。しかし、作家としてのRankinはまだまだ油ののりきった歳であり、創作意欲は旺盛だ。その彼が始めたのが、このInspector Malcom Foxを主人公とした新シリーズ。この主人公とセッティングがいささか風変わり。Foxはエジンバラ警察の"Complaints and Conduct"という部門のチーフで、二人の部下を率いている。この部門は、警察官の汚職とか、その他の不適切な行動を捜査する部門のようだ。前のシリーズのRebusは一匹狼で、非常に個性の強い、謂わばはぐれ者の刑事だったが、Foxは概して穏やかでバランスの取れた人格を備えている。介護施設に入っている父に対しては模範的なやさしい息子。家庭で問題を抱える妹のJudeにもとても親切な兄。上司やチームの同僚との関係も良いようだ。捜査手法も丁寧で、事件の詳細を細かく解きほぐしていく。但、RebusとFoxに共通しているのは、全てが明るみに出るまで妥協せず、権力にも屈せず、徹底的に捜査を進める執拗さだ。

このシリーズ第一作は、まずFoxのチームによるGlen Heatonというベテラン刑事の汚職に関する捜査が終わろうとしているところで始まる。関係者の聞き取りも終わり、まもなくHeatonの告発書類を提出しようという時になって一連の無関係のように見える事件がFoxの回りで起こる。職場では、Jamie Breckという新進気鋭の優秀な若手刑事が児童ポルノのシンジケートに関わっているという疑いをかけられていて、Foxのチームは、児童ポルノ捜査チームと協力してBreckを取り調べるようにと命じられる。ところがBreckに近づいたFoxは彼が思っていたような人物とは全く違い、優秀なだけでなく、真っ当な正義感を備えた刑事に見えることに当惑させられる。BreckはFoxが自分のことを捜査中とは知らず、Foxに親愛の情を見せ始め、二人の関係は複雑化する。もし仮にBreckが無実だとすると、彼は何故捜査の対象になっているのか、そこに警察内部の何らかの作為が働いているのだろうか・・・。

一方、Foxの妹Judeのパートナーであり、前科もあるやくざっぽい男でFoxとは常々仲の悪かったVince Faulknerが死体となって発見される。FoxはVinceが嫌いではあったが、嘆く妹の気持ちを少しでも慰めたいと、自分の担当ではないVince殺害の捜査に口を突っ込むが、その捜査を担っているのが、ちょうど彼が告発しようとしているGlen Heatonの同僚達であり、大変気まずいことになる。Heaton自身は謹慎中であるが、特にHeatonと仲の良い刑事のGilesは、ことごとくFoxと妹のJudeに嫌がらせをして苦しめる。更に状況を複雑にするのは、Jamie Breckもこのチームのひとりであるという事実だ。FoxはBreckと仲が良くなったので、彼を利用してVince殺害の捜査に関わろうとし、Breckは警察の規則に反してFoxを助けるが、やがて彼らはこうした越権行為をとがめられ、ふたりとも謹慎を命じられる。しかし、それにも関わらず、ふたりは個人的に捜査を続ける。そうしているうちに、エジンバラの事業家Charles Broganが行く方不明になるが、彼はリーマンショック以降の金融危機による不況のため、不動産取引で大失敗をして破産状態にあったらしく、自殺したのではないかと疑われる。しかし、このBroganと殺されたVince Faulknerは関係があったらしい・・・。Broganの事業への投資者には、大物ギャングの影も垣間見え、事件は大きく広がっていく。

Rankinは、かなり込み入った事件と人間関係を複雑な織物のように実に巧みにより合わせていき、終盤を除いては特に息をつかせないドラマが展開するわけでもないのに、私みたいなスロー・リーダーでも、飽きずに読み終えることが出来た。Rebusシリーズは一匹狼の刑事を主人公にした、スコットランド版ハードボイルドとでも言えるだろうが、Malcom Foxはタフガイ・タイプではなく、それどころか部署は殺人課でもなく、極めて地味な、サラリーマン的な部署に所属する。同僚の汚職を調べるので他の刑事からは白い目で見られ、日頃から組織内では村八分状態という、孤独な仕事だ。様々の警察小説が試みられてきたが、こういう刑事を取り上げたシリーズはこれが初めてではないだろうか。変人の一匹狼ではなく、地味だが優秀な刑事が、大きな組織の中で孤独な戦いを強いられるという設定は、企業で働く会社員などにも共感しやすい主人公ではなかろうか。彼の老いた父親や出来の悪い妹に対する優しさも、小説に暖かみを沿えている。

何故私はRankinが好きなのか考えてみると、どうも登場人物の会話を特に面白く感じているようだ。とても間が良い。比較的短い会話が淡々と続くが、その行間の雰囲気が豊かだ。そういう意味で、演劇的な魅力のある作家だと思う。

Rebusシリーズもかなり好きだが、この新シリーズもRankinが書き続ける限り読んでいきたいと思わせる第一作だった。既にシリーズ第二作も出版されている。

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