2013/08/18

"Othello" (Olivier, National Theatre, 2013.8.17)


現代的なアイデアに溢れた
"Othello"

National Theatre公演
観劇日:2013.8.17  19:15-22:30
劇場: Olivier, National Theatre

演出:Nicholas Hytner
脚本:William Shakespeare
デザイン:Vicki Mortimer
照明:Jon Clark
音響:Gareth Fry
音楽:Nick Powell
音響:Gareth Fry

出演:
Adrian Lester (Othello)
Rory Kinnear (Iago)
Jonathan Bailey (Cassio, Othello's lieutenant)
Tom Robertson (Roderigo)
Olivia Vinall (Desdemona)
William Chubb (Desdemona's father)
Lyndsey Marshal (Emilia, Iago's wife)
Rokhsaneh Ghawam-Shahidi (Bianca)

☆☆☆☆☆ / 5

Hytner演出作品らしい、政治的で現代的な"Othello"。私はとても楽しめた。しかし、シェイクスピアの台詞の美しさとか、リリカルなシーンを味わいたいという観客は失望するだろう。

Vicki Mortimerのデザインでは、この公演の舞台を、建前は地中海のキプロスでも、おそらくイラクかアフガニスタンに派兵した英軍の陣地とだぶらせつつ設定している。Desdemonaとベニスのセネター、Biancaなどを除き、Othelloを始めとするほぼ全員が迷彩色の軍服やカーキ色のTシャツを身につけている。異色だったのはEmiliaも軍服を身にまとい、そうした兵士の1人として位置づけられていることだ。更に現代の英国軍であるから、人種も性も多様である。兵士の中には数名の黒人や中東系の外見の男も、Emiliaを含め、約3名の女性兵士も混じる。これにより、Othelloが差別に苦しむ黒人将軍という視点は明らかに薄くなった。彼は確かにムーア人ではあるが、その事で際立つのは肌の色ではなく、彼がアウトサイダーの成り上がり者であるという点だ。この方がむしろシェイクスピアの同時代の視点に近いのではないかと思った。20世紀後半の"Othello"はあの時代の雰囲気を映し、白人の中のただひとりの黒人将軍という点を際立たせ、人種差別の問題に焦点を当ててきたが、今回の公演を見て、そうした解釈が決して普遍的なものではないと分かった。

多くの公演では、舞台はキプロスらしく地中海的な明るさで始まると思うが、この舞台の場面設定は、土気色のモノトーンの乾燥地帯だ。外の世界から遮断され、分厚いコンクリートの壁で囲まれ、ゲート付近は金網と鉄条網が張り巡らされ、衛兵によって厳重に警備されている。現在のイラクやアフガニスタンにおいても、西側政府や国際機関関係者は、セキュリティーのために、外部の者が入れない特殊な地域で閉鎖的生活を送る人が多いと思うが、Othello将軍率いる軍隊も同様の環境に置かれている。しかし、その中で、ナイーブで、異民族、アウトサイダーの成り上がり者で、しかも貴族の娘を妻にしたばかりの将軍の孤立は際立つ。彼の精神状態は、若く美しい妻を手に入れたことの喜びと、昇進や戦勝とで、極度の高揚感に包まれているが、それが他の兵士の面前で、妻を抱擁したりするときに特に目立つ。しかし、妻とのそうしたプライベートな生活を軍の規律の中に持ち込むことに対する部下の兵士達が感じる違和感、不快感と自身の孤立を彼は理解していない。彼のナイーブさは、それに輪をかけて子供っぽいDesdemonaのナイーブさによって増幅される。しかし妻の浮気の疑いというひび割れを通じて、自分の孤独が明らかになると、仕事上の副官Iago以外に悩みを打ち明ける者も、頼る者もいないOthelloの内面の崩壊は一気に進む。

Rory KinnearのIagoは、やはり彼がナショナルでHytner演出の下で演じたHamletを大いに思い出させた。劇の始まるベニスでの場面、美しい新妻を得、また軍の会議を主宰する将軍の傍らで、Iagoは、結婚の祝宴で浮かれるClaudiusとGertrudeのそばで鬱屈するHamletのように、憂鬱な、不満一杯の面持ちで立ちつくす。こういうシーンのKinnearは実に絵になり、私は大好きだ。自分が軍内の昇進において、Cassioに先を越されたことで、Othelloを酷く恨み、Cassioを妬んでいる。Iagoが後にOthelloに警告する有名な台詞、「ああ閣下、緑の目をした嫉妬心にご警戒を。あれは人の心を食い散らし、あざ笑うのです・・・」 (O, beware, my lord, of jealousy; / It is the green-eyed monster which doth mock / The meat it feeds on . . . .) 、あれは若いCassioに役職を奪われたことに憤る彼自身の嫉妬心を注ぎ込んだ言葉のような気がした。彼は最終的には悪魔の化身であり、同情すべきところのほとんど無い人物であるが、しかし、Kinnear演じるIagoはHamletのような懊悩するアンチ・ヒーローの一面も見せ、『失楽園』のサタンを連想させる。

乾燥した占領地の、牢獄のような塀と金網の中、潤いのかけらもないプレハブの宿舎や娯楽室、そして男性用トイレなどで、Othello、Iago、Desdemonaの一種の三角関係が煮つまっていく。階級による上下関係が圧倒的に重要な軍人の世界と、繊細な機微が必要な男女の愛が、色々なシーンで不協和音を立てる。カジュアルな大学生のような格好で跳ね回るDesdemonaと、回りの人々の軍服、敬礼、直立不動が対照的。Othello自身、妻と話す時も軍服で、ずっと拳銃をベルトに下げ、更に、しばしば腕を後ろで組んで軍人の姿勢でDesdemonaに命令するように話す。一旦戦争が始まれば、武器をふるい敵を殺すことを仕事とする軍人が、精神のバランスを壊した時の難しさは、ベトナム、イラク、アフガニスタン戦争などでの兵士の暴発行為や帰還兵のトラウマなどで良く知られている。実際、Desdemona殺害のシーンは、ドメスティック・バイオレンスの暴走とも映った。しかし、その為に、最後のシーンのリリカルな悲劇性がガクッと失われてしまい、残念でもあった。そういう意図のプロダクションだから仕方ないが。

この劇、シェイクスピア作品の中でもシンプルで、とても道徳劇的だ。エブリマンとしてのOthello、ヴァイスとしてのIago、道化的なRoderigo。最後にOthelloがDesdemonaを殺害するベッドは、道徳劇の代表作『堅忍の城』("The Castle of Perseverance") のベッドを連想させる。そもそも、このOthelloの陣地自体が、「城」と言えぬ事も無い。しかし、Othelloにとって不運なことは、種々の試練を経て魂の救済へと導く道徳劇と大きく違い、徳目 (Virtues) を示し主人公の誤りを正すキャラクターが見当たらない。ひとり孤立したOthelloはヴァイスの言いなりになるばかりで、焦燥感にかられ悲劇的な自己破壊へと一直線に突き進む。

Adrian Lesterは悩める普通の夫で、かつ現代の軍人を巧みに演じ、身近に感じるOthelloだった。Rory Kinnearと共に、このプロダクションの意図を良く伝えていた。Olivia Vinallは普通すぎるくらいの若妻。いつもロンドンの街角で見かける奥さん、という感じ。プロダクションの性格故か、EmiliaやCassioなどの影は薄かった。

2 件のコメント:

  1. ライオネル2013年8月19日 11:32

    Yoshi様
    2人の名優のオセロ、劇評もいいですね。
    私はエイドリアン・レスターが好き!
    華がありますよね~
    内面を表現するのはローリー・キナーの方が上手いですが、ちょっと陰気な感じが、どうも・・・・
    どちらにしても、素敵な組み合わせのオセロ、公演日延長のお陰で、ぎりぎり見ることが出来ます。
    ますます。楽しみです!!

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  2. ライオネルさま、コメントありがとうございます。

    イギリスでしか見られないような、そして特にハイトナーのナショナルらしい現代的で政治的な上演でした。どうか楽しんでください。

    レスター、黒人俳優としては一般的な知名度でもイギリスを代表する俳優のひとりとなりましたね。オーソドックスな演技で、どんな役でも出来、これからも楽しみです。彼がビクトリア朝の黒人俳優、アイラ・オールドリッジを演じた"Red Velvet"が見られず、大変残念でした。

    ローリー・キニア、すっかり頭も禿げてきて、冴えない中年男になっちゃいました。上目遣いの目つきも悪いし、陰気な役ばっかりやっていますよね。でも私のフェイバリット・アクターのひとりです。私、不細工な男やひねくれた男がぴったりの俳優ほど好きなんです(^_^)。何だか共感しやすいからかな。Iagoにぴったりの役者ですね。

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