2013/06/17

Rory Clements, "Prince" (2011; John Murray, 2012)


☆☆☆★★     420 pages

このブログでも以前に感想を書いているRory Clementsのエリザベス朝諜報員("an intelligencer")、John Shakespeareシリーズの2011年の作品。主人公のJohnは、お馴染みWilの兄ということになっている。勿論、William Shakespeareにスパイの兄がいたという史実はない。

今回の作品は、冒頭、Christopher Marloweの死体とそれを取り囲む4人の男の場面で始まる。チューダー朝の大劇作家Marloweはスパイとして活動していたことでも知られている。彼は1593年、ロンドン郊外の宿屋で喧嘩の末、殺害されたということになっているが、その死が単なる酒場の喧嘩故か、または彼の行っていた諜報活動と関連した殺人か、議論があるところらしい。この史実を、架空の探偵John Shakespeareが捜査し始める。

しかし、Marloweの死を遙かに超える重大な事件が起こりつつあった。ロンドンを始めとするイングランド諸都市は、大陸からカトリック勢力の迫害を逃れてきたプロテスタントの移民が増えつつあったが、資本や技術を持ったこれらの移民の多くがイングランド人の職を奪っているという反移民、反外国人感情が高まっていた。その中には、実際に移民達への暴力や犯罪行為を行う者も出て来た。オランダからの移民が集まっているにぎやかな商業地区で、時限装置の付いた大きな爆薬が爆発し、大惨事が起きるが、Shakespeare個人も、それによって大きな喪失を味わうことになる。悲しみを癒やす間もなく、Shakespeareは犯人達の手がかりを求めて奔走する。

更に、海外のカトリック勢力が、こうしたイングランド国内の不穏な情勢を利用しようとし、チューダー王家存続を脅かす一大事になりかねない大きなテロも計画される。これがタイトルの"Prince"と関わってくるのだが・・・・。

幾つもの犯罪や、政治の流れを、そして歴史的事実とフィクションを巧みに織り合わせて、かなり面白い歴史ミステリに仕上がっている。チューダー朝の演劇や歴史に関心のある読者には特に楽しめる小説だ。ちらっとだが、Williamも出てくるし、物語の終わり近くのパーティーでは、Philip Henslowe、William Kempe、Richard Burbage等々の著名な演劇人も名前だけだが、顔を出す。このシリーズではお馴染みのJohnの敵役で、歴史上でも悪名高きカトリック聖職者の迫害者、Richard Topcliffeも憎まれ役らしい活躍をする。

本の末尾に歴史の説明が少しあるのだが、そこに1585年4月4日にスペイン艦隊によるアントワープの攻略で、アントワープ軍の反撃手段として使われた"hellburners"という武器について述べられている。この武器は、最初の「大量破壊兵器」(a weapon of mass destruction)とも呼ばれる恐るべき殺人兵器らしい。Clementsによると、この武器で一瞬にして1000人近い人が殺害されたとのこと。当時からそんな恐ろしい武器が考案され、実際に使われたなんて始めて知った。スペイン無敵艦隊がイギリス海軍に敗れたのも、この時のトラウマが一因ではないかとのことだ。

この作品には外国人への迫害や、大量破壊兵器の使用など、現代に通じる問題もあって、気楽に読める歴史ミステリとは言え、考えさせる面があるのも魅力だ。ただ、Johnには大きな不幸が襲いかかるにも関わらず、私から見ると、人間ドラマにおいてインパクトが足りない気がした。その点で、ほぼ同じ時代を扱ったC. J. Sansomの弁護士Matthew Shardlakeシリーズと比べると、幾らか見劣りはする。

なお私はRory Clementsの以前の作品についての感想も書いています。

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