2013/06/07

ローズ座の遺跡で『ハムレット』を見る(2013年2月17日)


前回のブログで書いたように2月から3月にかけてロンドンに勉強に行って来たが、その時、エリザベス朝に劇場があったローズ座の跡地に出かけた。観光客などで賑わうサウスバンク地区のテムズ川河畔からちょっと入った目立たない通りにある。今興業が行われている新しいロンドン・グローブ座の近くだ(アドレスは、56 Park Street, London SE1 9AS)。ここは、今Rose Courtというオフィスビルが建っているが、その地下室が、ローズ座の跡地として保存されている。さらにその場所にちなみ、地下室の一部が、劇場とまではいかないにしても、小さな上演スペースとして劇の上演やその他の演劇関連のイベントに利用されており、私は2月の寒い日曜日、ふるえながらここで若い俳優数人で上演する簡略版『ハムレット』の上演を見た。何しろ暖房も照明もない真っ暗な遺跡。2月にここで劇を見るのは相当にきつい。でも幸い短くしてあったし、演技も秀逸で、何の大道具小道具もないが『ハムレット』という劇の素の台詞の力を再認識した。この場所では、今はジョンソンの『錬金術師』を興業中で、その後、『マクベス』、『真夏の夜の夢』や『じゃじゃ馬慣らし』などを上演するようだ。真夏ならそんなに寒くないだろうね。今後のスケジュール。


私が見た『ハムレット』は次の様な監督とキャスト:
Director: Martin Parr
キャスト:
Hamlet: Jonathan Broadbent
Claudius / Polonius: Liam McKenna
Ophelia / Gertrude: Suzanne Marie
Laertes / Rosencrantz / Gravedigger: Jamie Sheasby

これだけでやるのだから、相当無理はある。時々見ていて誰をやっているのか分からなくなったりした。しかし、それでも面白かったのは、台詞の力ゆえか。Liam McKennaはテレビドラマの脇役としてお馴染みの顔。

以下の写真はそのローズの遺跡につながる入り口のところ。




エリザベス朝のローズ座について

ついでにイギリス演劇にそれほど関心のない方のためにエリザベス朝のローズ座について僭越ながらちょっと説明。この劇場は1587年に建設され、ロンドンで5つめに出来た演劇専用劇場。今回、自分で取った上の写真の青い飾り板を見て、「そうか!」と分かったんだが(今まで不勉強でした)、ローズ座って、バンクサイドに出来た最初の演劇専用劇場だった。劇場が出来る前の敷地にはバラ園と2つ建物があったらしく、そのうちひとつは多分倉庫というか物置。もう一つは売春宿。当時Roseというのは売春婦を指した言葉でもある。この売春宿を持っていたのがフィリップ・ヘンズロウ(Philip Henslowe)というビジネスマンにして興行主で、彼は食料・雑貨商(grocer)のジョン・チャムリー(John Cholmley)という男と共にこの劇場を建てた。勿論自分で金づち持って建てたわけじゃございませんが。大工の棟梁はジョン・グリッグス(John Griggs)という男だったと分かっている。ヘンズロウという男が書いた"Diary"、中味は会計簿のようなもの、が残っていて、当時の劇場経営の重要な資料となっているが、それにより、ローズ座のこともかなり分かっている。ローズ座の形態は、基本的なスタイルは今のロンドン・グローブ座に似ていたと思われるが、グローブ座よりもかなり小さく、また14面の多角形であったらしい。1592年に改築して、座席を増やしたりしている。主として有力劇団の海軍大臣一座(The Admiral's Men)が本拠地として使用。演目としては、マーローの『フォースタス博士』、『マルタ島のユダヤ人』、キッドの『スペインの悲劇』、シェイクスピアの『ヘンリー4世、第1部』、『タイタス・アンドロニカス』等々が上演された。

しかし、ローズは収容人数が少なく、その後出来たグローブ座とかスワン座に客を奪われたらしい。1600年には海軍大臣一座は新しく出来たロンドンの北の郊外にあるフォーチュン座に本拠を移す。ローズは17世紀に入った1603年頃にはほぼ使われなくなったそうで、その後、1606年迄には取り壊されてしまったかも知れない。

現在の場所がローズの跡地であると分かったのは1989年。その後、ローレンス・オリビエやペギー・アッシュクロフトなどそうそうたる面々も加わった運動の甲斐あって、ローズの跡地が保存されることになった。ロンドン博物館のスタッフによって発掘がなされ、現在のように保存されている。出土した物はロンドン博物館が保存しているそうだ。敷地のほとんどは、ひび割れを防ぐために水が張ってある(だから冬は一層底冷えする)。2007年からは、その敷地の一部を使って劇の上演などが行われている。ローズの跡地を管理し、そこで行われる行事を運営しているのは公益団体、ローズ座トラスト(The Rose Theatre Trust)である。

ローズ座の歴史について、より詳しくはこちらのロース座トラストのサイトをどうぞ(英語)。

ちなみに、『恋におちたシェイクスピア』("Shakespeare in Love", 1998)という映画で使われた劇場のセットはローズをモデルにしていて、当時の劇場の雰囲気を良く伝えている。あの映画は、シェイクスピアが貴族の女性と恋をしたという作り話に基づいているが、劇場のレプリカは当時の資料を良く検討して作られたようで、大変貴重だ。あのセットはジュディ・デンチが買い取ってそのまま保存されていたそうだが、その後、The British Shakespeare Companyという旅回りの劇団に寄付されたとのこと(ウィキペディア英語版による)。ただし、実際に興業に使われたというニュースは聞いていない。

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