中世・ルネサンス演劇に出てくる処刑人の姿は同時代の実際の処刑人をどのくらい反映しているのだろうか。キリストを処刑した処刑人の像と、実際に盗賊や異端者を処刑した人々との関係は? 中世の仏・独語圏では処刑人が職業としてあったが、イングランドの場合、そういう職業は私は寡聞にして知らない。
中世の独・仏語圏における処刑人の家系は、一種の被差別民として存在していたようであるが、そう考えると、受難劇の見方も変わってくるかもしれない。ただ、イングランドは大陸とは違う点が多いから、そのままあてはめることは出来ないなあ。今日は関連ありそうなフランス語の文献を苦労して読んでいたが、ほとんど役に立たなかった。
お考えのある方はコメントをお願いします。
0 件のコメント:
コメントを投稿