このブログにコメントをいただいたことのあるBookwormさんのブログでJane Austinなどの小説に頻繁に出てくる"entail"という語のことが書かれていた。私は法律を専攻しているわけではないが、英単語とその背景という視点から興味を感じたので私もコメントを書き込ませていただいた。そのコメントを加筆修正して、ここにも載せておく。
"entail"は一般的には、「伴う、引き起こす、必要とする」などの意で使われることが多い:
"This project entails a great financial risk."
しかし、法的な文脈で使われることの多い用法として、「(不動産の)相続人を限定する、〜に限嗣(げんし)不動産権を設定する」という意味もある(名詞でも使う)。
より詳しくは、http://www.thefreedictionary.comの中に入っているAmerican Heritage Dictionaryの定義は次の様なものだった。まず動詞:
1. To have, impose, or require as a necessary accompaniment or consequence . . . .
2. To limit the inheritance of (property) to a specified succession of heirs.
3. To bestow or impose on a person or a specified succession of heirs.
ここで関係するのは2と3の定義。次は名詞:
1. a. The act of entailing, especially property.
b. The state of being entailed.
2. An entailed estate.
3. A predetermined order of succession, as to an estate or to an office.
4. Something transmitted as if by unalterable inheritance.
また、同じ上記の辞書サイトの法律事典、West's Encyclopedia of American Lawの定義:
To abridge, settle, or limit succession to real property. An estate whose succession is limited to certain people rather than being passed to all heirs.
In real property, a fee tail is the conveyance of land subject to certain limitations or restrictions, namely, that it may only descend to certain specified heirs.
こういう相続の限定は、Bookwormさんも書いておられるように、長子相続権 (promogeniture) を強化する意図で用いられることが多かったのだろう。つまり、相続者を長男男子に限定して、一家の財産が分散しないようにするわけである。西欧の身分制度は大土地所有に基づいているから、不動産の細分化を避けるためには、次男以下の息子や娘達が多くの不動産を相続することは、家の破滅を意味しかねない場合も多い。また、その家の領主から見ても、配下の家族の土地が他の領主の配下の家族に移ることは、軍事上、また経済上、避けるべき事であり、土地譲渡や土地譲渡を伴う結婚に介入することもあり得るだろう。
現在はどうなのか分からないが、伝統的には、イギリスの(そして多分他の西欧やアメリカの)不動産は所有権が複雑のようである。土地建物を所有していることと、借りていることとの間には、色々なバリエーションがあるようで、期間限定とか、条件付き所有、という形態も多かった。そういう事が決定されるのは、多くは相続の時であるが、土地を相続で授与する時に、お世話になった人とか、借金のある人に一代限り授与するということもよくあった。つまり相続人が亡くなったら、また自分の子とか縁者に所有権を戻す条件で相続させる、という遺言を作ったりする。これは、"conditional fee"などと呼ばれる他に、上の定義にもあるように、"fee tail"という呼び名もある。それに対して、条件のない絶対的な所有は"fee simple"と言う。
条件付き所有は、所有権に関する問題が起こりやすい。例えば、AさんがBさんに土地を授与する場合、Bさんの生前のみの授与として、死後はAさんの子供に戻される、という条件をつけるとする。ところが、Aさんの子供が亡くなって、相続者が居なくなったりしかねない。その場合、土地はBさんの子孫に行くのか、Aさんの妻や兄などの縁者に行くのか、争いが起きたりする。普通はそれを予想して、色々な不測の事態を予想した付帯条件をつけるのであるが(この場合、Aさんの子供が死んでいたら、Aさんの妻に相続させるなど)、そうした付帯条件でもカバーしきれないことが起きたりする。あるいは、そういう元々の遺言にある相続条件の妥当性について係争が起きたりするかもしれない。
私が調べようとしたことを全てまとめてくださったので、もうなにもやることがないです(笑) このポストはいつかリンクさせていただきます。また、続きの記事も読んで参考にしようと思います。
返信削除Bookwormさま、コメントありがとうございます。先回りしてブログの材料を使ってしまった面もあるかもしれず、その点で申し訳なく思っております。本文にも書いておりますが、考える素材を提供してくださりありがとうございました。Yoshi
返信削除80年代に信託制度研究会という信託銀行OBの方が作った研究会のために中世の遺言の翻訳などをしていました。そのときにイギリスでは、不動産取引のなかで100年とか長期の所有権の売買が結構あるのに驚いた記憶があります。
返信削除おはるさん、こんにちは。
返信削除この土地の概念、日欧では大分違うな、と思いました。日本でも長期借地権付きの家やマンションなどが売り買いされるようになり、やや柔軟になっていますが、イギリスでは特に昔は非常に複雑な権利が入り組んでいる場合があったようですね。こういう事を、歴史学の学者が比較研究をすると面白いのではないかと感じます。
チョーサーで出てくるfee simpleという言い方がいまひとつ理解出来ていなかったんですが、今回納得できました。Yoshi